行かないで、凛

「何か用?」


俺は、凛を傷つけてるのをわかっていながら、優しく出来なくて、冷たく吐き捨てるように言う。


「ごめんね、私。空気読めなくて」


凛の足が、ガタガタ震えてるのがわかる。今すぐ、抱き締めてやりたくて堪らなくて…。


「凛?」


と優しく名前を呼んでいた。


「今、帰るから!そうしたいんだけど、ごめんなさい。ごめんなさい」


凛の目から溢れ出る涙を見つめてると、その涙を拭って抱き締めたくなった。


「大丈夫?」


俺は、そう言って凛に触れようとした。


「触らないで!」


凛は、俺を涙目で睨み付けてしまった。俺は、どうして?って顔を凛に向けた。だって、凛は俺を好きなんだろ?


「優しくされたら、勘違いしちゃうの。星村さんともっと居たいって!失ったら生きていけないって!だから、優しくしないで下さい」

 

そう言われて、もう他人だよって言われてるみたいで胸が痛くて堪らない。


「凛」


俺は、力強く凛の名前を呼んだ。


「星村さん、ありがとう!私、幸せでした。色々忘れられたから」


その言葉に、俺は我慢していた涙を止められなかった。


「凛」


凛は、不思議そうな顔をしていた。何で、俺が泣いてるのかがわからない顔をしていた。


「星村さんと過ごせた日々は、忘れません。さよなら」


そう言って、いなくなろうとする凛の腕を掴もうとした。


「待って、凛」


そう言ったけど、聞いてくれなくて…。この手に凛を引き寄せる事が出来なかった。俺は、忘れ去られた虹色の傘を見つめていた。


「凛」


その傘を拾って、玄関に入った。追いかけたかった。だけど、美紗を呼んだのは俺で…。美紗を放ってなどおけなかった。玄関の鍵を閉めて、トボトボとリビングに向かった。昔見たドラマでは、主人公がこんなシチュエーションになったら追いかけていた。だけど、現実は違う。美紗を置いて、凛を追いかけるなんて出来ない。


「たっちゃん」


ベッドに美紗が座っているのが見える。


「ごめん。遅くなって」


「隣人さん、大丈夫だった?」


「ああ、うん!もうちょっと静かにしてってだけ」


「そう!じゃあ、静かにしなきゃね」


俺は、美紗の隣にいく。


「さっきの続きしたいの?」


したくないとは、言えなかった。だって、言えば美紗を傷つけるから…。

俺は、ゆっくり頷いた。


「いいよ!美紗は…」


『星村さん……さよなら』


俺は、凛の言葉を思い出して涙が流れてきた。


「あんな女、忘れたらいいの」


「えっ?」


「忘れたくて、呼んだんでしょ?美紗を…」


一瞬、美紗が凛との会話を聞いていたのかと思って背筋が凍った。


リリリリーンー


「電話鳴ってるよ!」


ポケットに入ってるスマホが、鳴り響いている。


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