第13話


 会場はたくさんの観客が入っていることもあって大変賑わっていた。


 僕は陽介と一緒に、観客席の空いているところに腰を下ろす。陽介は周りを見ながら感心しているような声を漏らす。


「しっかし、すげえ人だな。これ地区予選だろ?」


「うん。水泳の大会って初めてだけど、こんなもんなのかもよ?」


「俺も初めてだから何とも言えねえな」


 中には他校の学校ジャージを着ている人や、マスコミ関係者っぽい人、スカウトっぽい雰囲気を持っている人など、家族連れや友達以外にも観客席にはいろんな人がいた。


「水瀬先輩も、誰かの目に止まるかもしれねえな」


「いや、多分もう止まってるでしょ。再確認程度で来ているのかも」


 そんな感じでとにかく賑わっていた。

 今日は水泳の予選大会。今日の試合で勝ち残れば、無事全国大会への切符を手に入れることになる。千波先輩の実力ならば県大会程度ならば余裕で通過するだろうが、一度その姿を見てみたいと思い、陽介を誘ってここまでやって来たのだ。


「先輩に声掛けなくていいのか?」


「もうすぐ本番だし、変に集中切らすのもよくないでしょ。一応、今日見に来るってことは言ってあるけど」


「もうすっかりラブラブだな」


 くすくすと陽介が笑いながらからかってくる。


「だから、違うって言ってるだろ」


「さっさと告っちまえよ。この前阿澄先輩もじれったいって怒ってたぜ」


「うるさなあ」


 先輩が無事、大会を終えたら僕の気持ちを伝えようかなって感じで落ち着いているんだから、あんまり茶化さないでほしいな。でも、水泳部の人達にも言われたし、やっぱり周りからしたらそういうふうに思ってしまうんだろうか。


 僕が間違ってるのかな?

 分からなかった。


「お、あれ大亀じゃないか」


 陽介がいち早く大亀の姿を見つけた。

 帽子被っててゴーグルしてるから正直絶対にそうだという確信はないけれど、よく見ると確かに大亀に見えなくはなかった。


「陽介、大亀と仲良かったっけ?」


「別に、普通くらいだろ」


 まあ、うちの学校の連中が校内全員が知り合いみたいな空気さえあるしな。それが同じクラスメイトなんだから知っていて当然っちゃあ当然か。


 大亀が頑張って毎日練習してきたのを見ていたからこそ、勝ってほしいと切実に思う。


 でも、練習してきたのはみんな同じだ。大亀だけが特別ということはない。だけど、それでも、彼女に勝ってほしいと僕は祈った。


「お」


「いい感じだ」


 陽介も僕と同じ気持ちなのだろう。

 リアクションがおおよそ一致した。


 大亀は大きく水を掻き他の選手との差を広げていた。このままいけば大亀の勝ちだ、と僕と陽介は楽観的に喜んでいた。しかし、そのまま試合が終わるはずもなく、後半の追い上げにより大亀は追いつかれてしまう。


 先頭で大亀と他の選手が並んだ。

 ゴールまではあと僅かだ。


「頑張れ! 大亀!」


「行けーッ! 勝てるぞ!」


 気づけば、僕も陽介も必死に声を上げていた。

 大きな歓声の中で、僕らの声が彼女に届いているのかは分からないけれど、それでも叫ばずにはいられなかった。


 そして。

 パン! パン! と銃声が響く。


「おお、やった!」


「うん、やったよ!」


 大亀は見事、その組で一位を勝ち取った。僕らは自分が勝ったわけでもないのに、どちらからでもなくハイタッチをした。


 すごいな、大亀は。

 毎日練習していたからな、その努力が報われて僕まで嬉しくなってしまう。今度何か奢ってあげよう。


「あ、千波先輩」


 大亀の勝利に喜んでいたのも束の間、いよいよ千波先輩が登場した。


「でも、水瀬先輩は予選通過は余裕なんだろ?」


「そりゃ、そうだよ。でも、やっぱり気になるんだ」


「トイレ行ってる間に勝ち取ってくれてるだろうし、俺ちょっとトイレ」


「変なフラグ立てて行くなよ」


 そんな言葉を残して陽介はトイレに行ってしまった。

 でも、今のもそうだけどめちゃくちゃ変なフラグ立ってないか? 大丈夫だよね、先輩負けたりしないよね。ああ、ダメだ。これさえも先輩の負けに繋がるフラグになるような気がする。


 もう何も考えないでおこう。

 ただ、先輩の勝利だけを祈るんだ。


「頑張れ!」


 そして、選手が一斉にスタートする。

 その中でも軍を抜いて速いのが千波先輩だった。大亀のように追いつかれることなく、僕の不安なんて吹き飛ばすように、先輩は問題なく一位を勝ち取った。それだけではなく、今回の大会の最速タイムを叩き出したらしい。


 本当に、あの人はやっぱりすごい。


「お、やっぱり勝ったか」


 僕が感心していると、後ろから間の抜けた陽介の声がした。

 確かに勝ったけど、お前が変なフラグを立ててしまったから僕は不安で不安でしょうがなかったんだぞ。


「そんな顔すんなよ」


 はっはっは、と笑いながら陽介は横に座り直す。


「水瀬先輩の試合は見どころあった?」


「先輩の圧勝だったよ」


「フッ、やっぱりトイレの行き時だったか」


 こうして、千波先輩は難なく全国大会への切符を手に入れた。

 全国大会がどこで開かれるのか知らないけど、応援に行こうかな。父さん、お小遣いくれたりするかな、なんていうどうでもいいような心配をしながら僕は残りの試合を観戦した。


 それでも一番記憶に残ったのは、颯爽と一位を勝ち取った千波先輩の姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る