第62話
「ダリル殿下に、お話ししたい事が沢山あるんです!」
「…………」
「あ、今日なんて何もないところで転んじゃったんですっ! みんなからはドジだって言われるんですけど、本当はそんな事なくて……!」
無視を決め込むダリルもダリルだが、マロリーもマロリーで鋼のようなメンタルである。
返事が返ってこないのにも関わらず、一方的に話しかけ続けている。
見ているコチラの方が、心が痛くなる。
「あ、コンラッド様も一緒に如何ですか?」
「……」
「みんなで一緒に食べた方が、ご飯は美味しいですよね!」
「「…………」」
Aクラスの教室の空気は氷点下である。
このままではダメだと気付いたのか、今度はマロリーを一切視界に入れようとはしないダリル。
しかしコンラッドはその逆で、一定の距離を保ちながらマロリーをじっ……と観察している。
二人とも能面のような顔をして、ピクリとも表情が動かない。
トリニティ含め、クラス全員が困惑している中、先程からプルプルと体を震わせて笑うのを我慢していたデュランが「ブハッ……!」と後ろで吹き出している。
その笑い声をきっかけに、此方に向き直ったダリルは、先程とは一転して優しい笑顔を浮かべると「愛するトリニティ様、また後で迎えに行きますね」と言って、頬に口付けてからドアへと歩き出す。
コンラッドは無言でトリニティの体を抱きしめて何かを補充してから、何事もなかったかのように教室から出て行ってしまった。
タイミングよく予鈴が鳴り「私も教室に戻らなくちゃ~」というマロリーの独り言が静まり返った教室に響いた。
最後に憎しみの篭った視線を向けてから、教室から出て行った。
(……これはこれで厄介なことになりそうね)
ケールとサイモンが離れて、少しは大人しくなったかと思いきや、マロリーはダリルとコンラッドを直ぐにでも引き入れる為に行動を開始した。
今までの余裕たっぷりな彼女とは違い、焦っているようにも見える。
望んでいた逆ハーは達成出来ないような気がするのだが、マロリーはこれからどうしていくつもりなのだろうか。
「大丈夫だ」
「へ……?」
「あの女の事で悩んでるんだろう? ダリルはお前以外に興味ないぞ?」
「違うわ、そうじゃなくて……!」
「コンラッドも全く心配なかっただろう?」
「それは心配なんだけど、そうじゃなくて!」
「ふーん、なら何だ」
「何か、すごく嫌な予感がするの」
「……それは同感だな」
こういう時の悪い予感は当たるものだ。
あのマロリー完全無視事件の後から、懲りもせずにダリルとコンラッドの元に毎日通っているらしい。
二人は此方に逃げてくるのだが、あまりのしつこさに日に日に顔がげっそりとしていく。
「…………こんなに人を嫌いになったのは姉上に会う前以来だ」
「こんなに人が鬱陶しいと思ったのは生まれて初めてだ…………話が通じない」
「……ゆっくり休んでいってね」
「くくっ……!」
「兄上!笑い事じゃありません」
目が死んでいるコンラッドの頭を撫でる。
「悪夢だ」と言って抱きつきながら、再び何かを補充している。
さすがのダリルもマロリーの粘り強さに疲労を隠せないのか、珍しくぐったりとしていた。
毎日昼休みの度に、マロリー特製ゴリ押し弁当を勧められるので、食堂でご飯を食べられなくなってしまったらしい。
最近は生徒会室でお昼を取っていた。
「コンラッド、大丈夫?」
「全然大丈夫じゃないよ。僕、もう耐えられない……あの人、怖すぎるよ。人間じゃない」
「…………トリニティ様、僕の心配もお願いします」
机に突っ伏しているダリルから、元気のない声が届く。
「あー……えっと、ダリル殿下も大丈夫かしら?」
「えぇ! 今この瞬間から大丈夫になりました」
「そ、そう……なら良かったわ」
「やっぱり、トリニティ様に会うと元気が出ますね」
これが冗談ではなく、本当に元気が出たダリルには驚くばかりだ。
彼の周囲には爽やかな風が吹いている。
最近、必死の思いでダリルとコンラッドにアピールしているマロリーは、トリニティに構っている余裕もないのか、彼女に絡まれることもなく、嫌がらせをされる事もない平和な日々を過ごしていた。
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