第47話 コミカライズ5巻 発売記念SS


 今回も今回とてユンボが描いてきたコミックが一冊の本となり、本の宣伝のための絵画が配布され……そうしていつものようにユンボへの報復を計画していたアルナーだったのだが……今回はなんとも珍しいことに行動を起こすことなく、ただ計画するだけに留めて……実行一歩手前の段階でぐっと堪えていた。


 ぐっと堪えながら竈場で祝宴などに出す、米や果物、砂糖などをたっぷりと使った料理を作っていて……そしてそれらの料理は出来上がり次第にユンボのユルトへと運ばれていく。


 一体全体どうしてアルナーがそんな風に我慢をしてまで料理をしているのかと言えば、今朝からユンボのユルトに客人達が……ユンボのコミック作りを手伝っている多種多様な獣人達がやってきているからで……そんな客人達がユンボと共に、本が出来上がったことを祝っているがためにアルナーは、その祝いの席を盛り上げるための料理を作っていたのだった。


 ユンボが描いた何枚かの絵に対し思う所はある、色々とやってしまいたいこともある。

 だがそれはそれとして、客人達を歓迎するというのはこのイルク村の長の妻としては当然のことであり義務でもあり、ユンボが普段頑張っていることも知っていたこともあってアルナーは……その義務を果たすため、ユンボの頑張りに報いるために竈場に立っていたのだった。


 竈場に立ち懸命に鍋を振るい、少しでも美味しくなるように調味料や薬草をたっぷりと使い……そうして料理が出来上がったなら、普段使っているものよりもしっかりとした作りの食器を使用して盛り付けて……アルナー自らの手でユンボのユルトへと持っていく。


 すると客人達は歓喜の声と感謝の声を上げながらその食器を受け取り……そしてユンボもまたそんなアルナーに対し感謝の声を上げる。


 ユンボはユンボでアルナーがそうしてくれている理由をしっかりと察していた。

 そして今の状況があくまで、仕事仲間達が滞在している間だけの、執行猶予期間であることも当然のように察していた。

 

 それがゆえにユンボは自重し、アルナーにしっかりと感謝も示し……素直な気持ちで仲間達との祝宴を楽しんでいた。


 最初は自分の料理にだけ何らかの毒が盛られているのではないかとか、変な味付けがされているのではないかとの警戒をしていたのだが、勇気を出して料理を口にしてみればそんなことはなく、いつも以上に美味しい料理がそこにあり……そこからアルナーの気持ちと気遣いを感じ取ったユンボは、素直に祝宴を楽しむことにしていたのだ。


 一時休戦、今だけの平和協定、同じ村に住まう者としての暗黙の了解。


 そういったものの重要性をよく理解していたアルナーとユンボの、珍しい歩み寄りが発揮された瞬間であった。





 ……そんな二人にとって全くの想定外であったのは第二の報復者の存在だった。


 村の広場にある畑に植えられた二本の若木、そこに宿る父と母の魂というまさかの存在だった。


 事態を察し報復を計画したそれらの魂からセナイとアイハンに……二人には理解しきれない言葉が伝えられ、セナイとアイハンは魂から指示されるままにその難しい言葉を二人の良き教師であり良き友人でもあるエイマへと伝える。


 セナイとアイハンにとっては難しい……理解しきれない意図が込められた言葉であっても、経験豊富な大人であり相応の知恵者であるエイマであれば理解することが可能で、その意図を汲むことが可能で……そうしてエイマは、動くことが出来ず歯がゆい思いをしている魂の想いを汲み取っての行動を開始する。


 片手にはこれがアルナーではなく自分達が仕掛けたことだという声明文を持って、もう片手には香辛料の中でも特に辛い、真っ赤な香辛料が詰まった袋を持って……こそこそと移動し、祝宴を楽しんでいるユンボ達に気付かれないように、ユルトの壁から……そこにあるちょっとした隙間から侵入して……。


 ユンボを含めたその場にいた全員が祝宴と料理に夢中になる中、ユンボが使っていたコップへと接近することに成功したエイマは……誰にも気付かれることなくその中に香辛料全てを流し込むことに成功し、そうした上で声明文をコップに付着していた水分を利用してコップ自体にぺたりと貼り付ける。


 もしかしたらコップの中身を飲む前にその赤さに気付くかもしれない……もしかしたらそこに貼り付けられた声明文に気付くかもしれない。


 ……かもしれないが、そうなったらそうなったで警告にはなるだろう。

 自分達の存在を知らしめることにはなるだろう、全くの無意味ではないだろう。


 そんなことを考えながらエイマは……静かにその場を離れ、誰にも気付かれることなくユンボのユルトからの脱出に成功する。


 そうしてユルトの外に立ち、賑やかな声が響き渡るユルトのことを眺めて、そうやってエイマが一仕事を終えたという達成感に浸っていると……楽しげな声が響き渡っていたユルトの中から絹を裂くような、あるいは喉を焼くような、悲鳴としか言えないような声が響き渡ってくる。


 それを受けてエイマは「ふっ」と小さく笑い……踵を返し、軽快に飛び跳ね……依頼人への報告をしようと、畑の方へと駆け飛んでいくのだった。

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