第6話五色五味五法

 キンコンカンコーン


 昼休みを告げるベルがなった。この音もなかなか古風だが、嫌いではない。今日から授業が始まった。内容も難易度が高かく、疲れた。


 大学までエスカレーターである分、落第には厳しい。落第すれば、容赦なく留年になるので気をつけなくては。


「お弁当を食べましょう」


 席が名簿順。俺達は席順が前後なので桜花くるりと机をくっつけた。俺と一緒に弁当を食べようというつもりらしい。



「他の女子と食べなくていいのか?」


「お兄様と食べたいのです。ダメですか? それとも、もう一緒にご飯を食べるお友達ができたのですか?」


「いや、いないけどさ」

 友達は、いないのではない。いらないのだ。


 それに、周囲の生暖かい眼も気になる。〝こいつら、ほんとうに仲いいな〟とか〝カップルか?〟とか、そういう目線だ。普通、年子の兄妹で同じクラスであっても、学校で一緒に昼飯を食わないだろう。

中学では、それぞれのグループで別々に食べていたのだが……。


「おうおう、お弁当ですかー」


「庶民的ー」


「我が応習学院は、学食も充実してますよー。一緒にどうですか? お近づきの印に奢って差し上げなくはないですよ?」


「変わりに、そのお弁当やらを頂こうかな?」


「桜花ちゃんの手作りだったりするのかな?」


「庶民の味を知るのも勉強だしなー」


「「「あはは」」」


 声をかけてきたのは、カラオケの時の悪代官様と越後屋さんご一向。



(ん?)


 お弁当は庶民的で応習学院生として相応しくないと??


 俺は周囲を見渡す。

 確かにお弁当は少数派のようだが……俺達以外、皆無というわけでもない。


 そして、(友達がいないなら、俺達が一緒に食ってやってもいいんだぜ?)みたいな上から目線も気にさわる。



「……田舎料理ですわ。確かに、あなた方のお口には合わないかと」


 桜花はすまし顔で謙遜しているが……。俺は、桜花が休日の間にせっせとおかずを作り置きしてくれているのを知っている。


 低血圧なのか、桜花は朝がとても弱いのも知っている。(朝一の桜花は髪もボサボサで顔も青白く、幽霊かゾンビのようである)


 だから、朝ご飯は俺が作って、片付けもするのだが。弁当だけは自分が作ると言って、頑張って作り置きのおかずを再加熱して予熱を冷ましてから美しく盛り付けているのも知ってる。俺が作ったら、真っ茶色になりそうな物だが、五色を意識した見事なお弁当だ。

 桜花の料理の腕前を知っている俺は、味も五味を意識した素晴らしい物であろうことも容易に想像できる。


 五感の鋭い俺の目と舌と嗅覚と触覚を最大限楽しませてくれる、至高のお弁当である。

 料理法として、五法の全てを網羅してるとはいかないだろうが。


(桜花の頑張りを汚すな!)


 俺は、怒りで顔が引き攣るのを自覚した。


 兄妹の2人暮らしなのである。家事は仲良く分担しているが……家事をいつも頑張ってくれる母親のありがたみはもう十分理解しているのだ。桜花がいなかったら俺も朝ご飯は平気で抜くし、昼はパンとかですますし、夜ご飯はカップ麺とかポテチと栄養補助ゼリーだけとか平気でやっていただろう。少し口うるさいが、妹がついてきてくれたことに既に少し感謝しつつある。


(それを……庶民的だと?)


 お前らのご飯は、お手伝いさんが作ってくれるのか? それとも、専属のコックさんでもいるのか?

 俺の実家にもお手伝いさんくらいいる。だけど、ご飯もお弁当も母がなるべく自分で作ることを誇りとしてる。桜花もそうだ! 朝ご飯は俺が作るが。


 どう言い返してやろうか、思案をまとめかねていると……


「ボクも、自分で作ったお弁当を食べようとしていたのだけど? ついでに彼ぴの分も作ったよ?」


 桜花よりさらに前の席で聞いていた女子が口を挟んだ。一条真夏である。


「へぇ。うちって、庶民だったんだ。 嬉しいなぁー♪」


 庶民と思われるの、嬉しいの??


「「「う」」」


 悪代官と越後屋一向に動揺が走る。



「ボクの手作り弁当も食べてみる?」



「けっ結構だ。行こうぜ」

 三人はしらけたように、おそらく食堂に向かった。


 ガラガラピシャンと教室の扉が閉まった後、


「それに先約もあるしね♪」

 真夏がボソッと言ったのが聞こえた。


「先約?」

 俺が問い返す。


「ボクの彼ぴを紹介してあげるって言ったじゃん。天気も最高にいいし、中庭でダブルデートしようよ?」


 ダブルデート?


 先生ー、質問です。妹と弁当を食べるのは、デートに入りますか??

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