第40話 危機はすぐそこに
日本では、マンションの工事が着々と進んでいた。それに従って色々な雑務もあり、それが面倒だった。
しかし作ったモデルルームは本当に探索者に便利にできていて、ダンジョンにも徒歩で行けるとあり、申込者は多いらしい。ローンはどうにかなりそうだ。
「でも、ダンジョンが踏破されればおしまいなのかな」
「コアだっけ?あれを外したらただの洞窟とか原っぱとかになるんだよな。地下室みたいに」
幹彦が言い、僕は心配になった。
「明日とかに踏破されたらどうしよう?」
チビが子犬のフリをしながら呆れたように言う。
「それはない。我が家のはそうとうイレギュラーだぞ。そもそも、スライムばかりの特殊ダンジョンだったしな」
それを幹彦が聞きとがめた。
「そう言えば、スライムのみとかいうのは珍しいのか?確かに聞いた事もないけど、そもそもそれほどダンジョンについて知らないしな」
チビは小声で答える。
「珍しいだろうな。まあ、スライムは種類がたくさんあって、子供でも対処できるものや無害なものもあれば、国を脅かしかねないほど危険なものもある。ほかの魔物とは、少し条件が違うとも言える。
アリばかりのダンジョンとか、アンデッドだけのダンジョンってやつはあるぞ」
それに幹彦は嫌そうな顔をした。
「まあ、縦穴でもないし、色々なタイプの魔物がいるようだし、普通に手こずるだろうから、そう心配せんでもいいだろう」
チビが言うので、取り敢えずはそれで良しとしておく事にしよう。
地下室の底にも精霊樹の枝を植え、底を一面、畑にしている。そこには採って来た薬草や役に立つ木や果物、野菜を植えてある。通称プリンの木も植えられ、すくすくと育っていた。
「実が生るのはいつかなあ」
精霊樹のそばにある上魔術で出した水で育てているため、相変わらず地下室の家庭菜園は育ちがいい。プリンの実が生るのはまだでも、確実におかしな速さで大きくなっていた。
「これ、売り出したら流行りそうだよな」
言うと、幹彦も頷く。
「持ち運びもできるしな。
でも、少なくともこっちで見付からない限り、出せねえだろ。異世界に行き来してますとは、なあ」
それはあまり言いたくない。言うと、過去の植民地やアメリカ大陸発見後のような状態になるのは目に見えているからだ。
「まあ、それまでは私達だけで恩恵にあずかろう」
チビがそう言って、僕達は同時に笑った。プリンの実の事を考えると上機嫌になって来る。何も、スイーツが好きなのは女子だけではないのだ。僕達だけでなく、チビもプリンの実が好きらしい。
それで笑いながら、ダンジョンで魔物を狩って行った。
それを、「ミキ×フミを見守る会」のメンバーが見ていた。
「まあ。ミキ様、腕前が更に上がったのね。凄いわ」
「あれって硬くて、斧を叩きつけるとかしないと剣が歪むか折れるかでしょう?それをスパスパと」
「フミ様との連携も見事だわ。流石ね。
それにしてもフミ様、なんて楽しそうに殺戮を。うふふふふ」
「あの子犬もやるわね。小さいのにしっかりと」
「やだ。獣は、ちょっと」
「あら。そんな事は言ってないわ」
「ふふ」
「ふふ腐腐腐」
聞いてはいけない会話が交わされていた。
いや、聞いても理解できるかどうかは、わからない。
彼女達も、楽しく元気にやっていた。
そんな会話がなされていた事も知らず、ドロップ品と魔石を持ってダンジョンから出て、続きにある協会の買い取りカウンターへ向かうのを、彼女は見付けた。
野中亜矢、幹彦のストーカーである。
病院にいる間は看護師なり誰かしら監視の目があって抜け出すことができなかったが、自宅なので、どうとでもなる。
今日も、父親と兄が会社に出勤し、母親がトイレに入った隙に家を抜け出した。
(アパートは引き払っているし、自宅にも戻っていないみたい。引っ越したみたいだけど、自宅に郵便を出したりしないからどこかわからないわ。
でも、探索者になっているとは聞いたから、こうしていれば必ず会える。そう思ってダンジョンを張り込んでいたけど、やっと見つけたわ)
周川家のポストを荒らして郵便を盗み見たりしているが、悪いとは思っていなかったし、自分は幹彦を愛しているのだから当然だと思っていたし、教えてくれない人たちが悪だと思っている。
「見付けた」
ニタリと笑うのを偶然目にした探索者はギョッとして身を引いたが、野中には眼中になかった。
ゆっくりと近付いて行くと、仲間らしい青年と楽しそうに会話している声が聞こえた。
「ああ、もう、愛してるよ、サラディード」
そう言って刀を大事そうに拭いている。
(誰、それは)
野中は笑顔を凍らせ、幹彦の死角から出ないように気を付けながら後をついて行った。
「本当に、運命だったのかなあ」
「そりゃあそうさ」
(何ですって!?)
「何でもいけそうな気がするぜ」
「血まみれでニタニタしてると怖いぞ、幹彦」
「へへ。一緒に血塗れなら本望だぜ」
そう言って、もう一人のやはり返り血を浴びた青年に笑いかける。
(あら?うそ、どうして?あの人ってああ見えて女?)
野中は足を止め、遠ざかる背中を見送った。
(まさか。それよりも、血まみれがいいって、そういう趣味が?
いえ、愛してるもの。私も耐えられる……はず……かな……。でも……)
そして、溜め息をついた。
「ふう。ごめんなさい。さようなら」
野中は、急に目の前が晴れたような気分で踵を返した。
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