第34話 報われぬ恋
二つに分かれたブリューナクの身体は、自然と縮小していき、身長3mの〈
どうにも息があるようで、本当に死なれてはそれはそれで社会を混乱に陥れてしまうことから、セレデリナは急いで魔法による治療を行った。おかげで気を失い、起き上がる気配こそないが一命を取り留める。
「パパを懲らしめてくれてありがとー、アノマーノー」
「こっそり見てたよ、アノマーノちゃん」
「〈返り血の魔女〉に続いて親父の〈魔王〉まで倒しちまうとは、あとは〈人王〉だけってところか?」
「「「「お疲れ様です、
親子対決が終わったところで、王座室にバードリー、ヴァーノ、クリスフィアの3人に加え、何故か〈バードリー義賊団〉の団員たちまでゾロゾロとやってきた。
「うそ……だろ」
しかも、バードリーに肩を担がれて、ロンギヌスまでいる。
会話から察するに、セレデリナが来てすぐぐらいには部屋の外で勝負を観戦していたのだろう。
「愚妹が父上を倒しちまった!? そんなワケねぇ!? そうだよな、な!?」
ロンギヌスは自慢の、世界最強だと信じて疑わない父が負けた事実を信じられず嘆き続けている。
実は、バードリーはどうしてもこの姿を見たく、わざわざここまで運んできたのだ。
アノマーノは有言実行しブリューナクを倒してくれたおかげでそれも成功した。バードリーは満足げな顔で笑っている。
「あぁ……にしても、アノマーノが本当に大人になっちゃった……アタシより背も大きい……なんか残念な気持ちになっちゃうわね……」
「な、セレデリナはそんな目で余を見ておったのか!? こ、このロリコンめが!」
「し、仕方ないでしょ、あんな小さいアンタと100年も一緒にいたら、ち、小さいこと自体を好きになる
に決まってるじゃない!」
「クリスちゃんもー、小さい方が嬉しいかなー」
「おねーちゃんもロリコンだったのだ!?」
そうして、事が済んだのもあってか皆が皆団欒としたムードになっている。
バードリーはロンギヌスを打ち倒し、アノマーノは〈魔王〉ブリューナクを倒した。これによって、皆の目的が達成されたも同然なのだから。
「ちょっと待つのだ、もしかして皆は余の大胆なプロポーズを全部聞いていたのだ?」
しかしここで、アノマーノは大きく不安に駆られる。
それもそうだ、自分自身の
あまり大勢の人間に聞かれたいモノではない。
「もちろんだよー。すっごい大声だったねー。なんなら城中に響いてたんじゃないのー。おねーちゃんもあんな風に告白されたいなー」
「オレちゃんは初々しくて大好きだぜ、ああいうのは」
「ノーコメントだ」
「き、聞こえてたぜ……愚妹が〈返り血の魔女〉を口説き落とす瞬間は……」
「「「「プロポーズ成功おめでとうございます」」」」
あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にする、肉体だけは大人で、心はまだまだ子供のアノマーノ。
「……ということは、ア、アタシの返事も?」
「セレデリナもすっごい気持ちよく快諾してたねー」
もちろんこの状況で恥を被るのはアノマーノだけではない。
ただセレデリナはどうにも恋愛慣れ自体はしているようで、どちらかといえば少し照れくさく顔の後ろを撫でる程度であった。
「ハハっ、結婚するようなことがあれば、式にはブリューナクも妾もちゃんと呼ぶのだぞ」
そうしてこの場は、まだまだプロポーズが成立した段階だというのに、早まったことを平然と言うシェリーメアの一言によって締め括られる。
同時にアノマーノの全身から黒い霧が噴き出した。霧が消えると、彼女の姿は元の幼い少女へと戻る。〈
「ぐぬぬ、結局余は大人になれぬというのか……」
「そのままの方が可愛いわよ。アンタにお姉さん姿は似合わないっての」
***
1ヶ月後。
ここはかつて〈第一ロンギヌス領〉と呼ばれ……現在再び〈ノワールハンド領〉の名を取り戻した地。
あの後敗北を認めたブリューナクは、アノマーノの要望通り〈第一ロンギヌス領〉を彼女の領地として明け渡した。なのでここは、〈マデウス国〉に属するひとつの領地として扱われる列記とした半径5km程度の広さを持つ街である。
本来はバードリーとロンギヌスの御前試合を持ってという条件であったが、バードリーは相棒と共に見事に彼を打ち倒したためにその話は省略されている。
そして現在は、元々セレデリナにとって安心して住める居場所となれる国を目指しているため、あまり領地拡大は意識せず今後何かの形で民が増えてもいいように準備だけは進めていく形となった。
何よりも過去に〈ノワールハンド領〉に住んでいた者達の中で戻る意思のある人間をかき集めて連れ戻さねばならない。そうなれば数百人は住む国となる、今後の運営に関しては議論を重ねていく予定である。
なので現在最優先としているのは、〈バードリー義賊団〉の団員たちを含めたアノマーノの配下達が一世帯一家所持している状態を目指すこと。〈マデウス国〉からある程度資金援助を貰えたこともあって、今は廃墟などを改装や新規で住宅を建てたりなど、街づくりが毎日のように進んでいる。
故に、彼らの拠点は領主であるバードリーが住むために優先的に建てられた貴族屋敷である。
***
ついに〈ノワールハンド領〉は書面上の処理なども済み、建領の日として式典が行われていた。
「みんな、本当にありがとう。ここまでこれたのはヴァーノちゃんやアノマーノちゃんだけじゃない。団員全員がオレちゃんの復讐に協力してくれたからたどり着けたんだ。感謝しきれてもしきれないよ」
ただこの日はかなり低予算で、バードリーが皆の前に立ち、今や民となった〈バードリー義賊団〉の団員達とセレデリナに拍手されただけで終わった。
しかも、〈バードリー義賊団〉は組織ではなく〈ノワールハンド領〉に住まう一市民となったために、クリスフィアから仕事を引き受けたり、資金支援をしてもらうことはできない状態となっている。よって、宴会をする予算は全て街の建設関係にあてており式が終わると直ぐに皆自身の持ち場へと去っていく始末。
「うぐぐ、宴会料理を食べたかったのだ。前も予算のせいでできなかったというのに」
「アタシだって我慢してるんだから、わがまま言わないの」
「まあなんだ、本当はアノマーノちゃんの要望に答えたいんだけど、無茶はできないんだよね」
頬を膨らませ拗ねるアノマーノには、流石に皆大人の対応を求めている。
もちろんそれはわかっているのだが、今までずっと足掻くような人生を送ってきたせいで子供らしく振る舞えた時間があまりにも少ない。無意味とわかっていても駄々をこねてしまうのは性分なのだろう。
ただ、そんなアノマーノに対して、バードリーはどうしても言いたい言葉があるようだ。
「そうだ、アノマーノちゃん。今回の一件は本当にありがとう。アノマーノちゃんがいなかったらここまで来れなかったよ。これからもずっと感謝させてもらうぜ」
「ああ。ようやく真に執事に戻れるってのは、今まで手が届かなかった、取り戻せなかった物でな、嬉しいってもんだ」
これには照れてしまい、アノマーノはどこか心がモゾモソしてしまう。
また、話にはまだ続きがある様子。
「あと、セレデリナちゃんもありがとう。アンタがアノマーノちゃんを育ててくれなきゃこうはならなかったでしょ」
「最初は〈返り血の魔女〉と関わるなんて寒気がしたが、今じゃ信頼できる仲間だよ。これからもよろしく頼むぜ」
それは、セレデリナへの感謝の言葉だ。
彼女は世界に畏れられている災厄たる存在。そうである原因も全て自覚しているからこそ、今までにないほどに、土地を代表してここまで称えてもらえるのは慣れていない。
ただ、彼女はどこか大人だ。照れたりせず、素直にこう返事をした。
「わかってるじゃない。ま、今はその一言で充分かな。欲しいものは手に入ったし」
その後、アノマーノとセレデリナも貴族屋敷から出ていき、式典は完全に終了した。
***
それから10分後、アノマーノはとある目的地へと移動した。
ここは町外れにある森の中。木々の中に聳える大木を前に、1人の女が立っている。
彼女はクリスフィア・マデウス、アノマーノの姉だ。
「んもう、5分も予定より遅刻ー。女の子を待たせちゃダメだよー。それに、こんな寂れた場所で待ち合わせなんてセンスないなー」
アノマーノは、彼女の元へと走って合流した。
今回の要件は……少し慎重な話である。
「喧嘩になってもいいようにと思ってな。お姉ちゃんと姉妹喧嘩なんでしたことはないが」
「クリスがアノマーノと喧嘩なんてするわけないじゃなーい」
最初は和気あいあいとした姉妹の会話だ。2人は仲良し。不穏な言葉なんて言い出すはずがない。
だが……
「で、何を言いに来たのー? 教えて欲しいなー」
腕を後ろに組み、ニコニコ笑顔のままクリスフィアがそう尋ねてきた。
妹が大好きなクリスフィアは本来、アノマーノに対して恐怖を煽るような態度を取らない。なのに、今日だけは尋問で他人を追いつめるかのように如く、顔を近づけ、薄ら開いた小さな目で睨みつける。
アノマーノはそんな姉の態度に対して一切引かないで言葉を返す。
「あぁ。もちろんあるぞ。余は……余は……姉上が向ける恋心に答えられないのだ。昔から余に向ける感情が単なる親愛ではないことを察してはいた。だが今の余は、自分の
本当に大事なのはこの話だった。
アノマーノは、クリスフィアの気持ちに答えられない。そんな情けない自分を告白しに来たのだ。
「……」
アノマーノの想いなど、クリスフィアは読心術で最初から知っていた。今日だってからかっただけのようなモノ。姉が妹の恋路を邪魔する権利なんてない。割り切れきれない心を噛み殺して、声音を漏らすように答える。
「いいよ。でも、絶対におねーちゃんは諦めないからっ! 何としてもアノマーノを自分のモノにしてやるんだからねー! 覚悟しておいてー!」
涙を流しそうにこそなったものの、今はその時じゃない。クリスフィアはそうだと何か心得た。だから、二言目にはむしろ元気のいい声が出ていた。
「うむ。それに、何かの拍子に余の気がかわるかもしれぬ。その時まで、余のことを好きでいてくれればいいのだ」
「んっもー、ずるい言い方ー」
アノマーノだって、もし仮にクリスフィアと恋愛関係になるらばその境遇を嫌には思わない。でも、今はその時じゃない。心に決めた“あの人”を優先したいのだ。
それに、お互い自分の気持ちを打ち明けられたおかげか、2人揃って笑い合っていた。
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