第116話.狙撃隊隊長

兵器の性能か、兵の練度か。それとも兵員の数になるか。ともかく会戦でルシヤとぶち当たった我が軍は、正面戦闘を諦め後退を選択した。


言うまでもなく、ルシヤ帝国は大国だ。

人口は一億五千万人。

平時の開戦前総兵員数は百六十五万人。

それに対して、日本皇国は

人口五千万人、開戦前総兵員数は僅か十五万人。

人口は三倍、兵員は十一倍。

その領土面積は我が国の五十九倍に達する。平成のロシアよりもさらに領土が大きいのである。そんな大国のルシヤに、我が国はどんな勝算があるのだろうか。


我々に一つだけ勝機があるとすれば、奴らの唯一の弱点を突くこと。

そしてその弱点とは、彼らのその広大な領土だ。無二にして最大の武器であり、それが彼らの弱点でもある。


人口と、兵員の数を見比べて見れば状況が見えてくる。人口が三倍しかないのにも関わらず、兵数が十一倍もある。これは日本皇国の兵隊が少ない、それだけのデータではない。

ルシヤは平時から戦争態勢なのだ。

考えてみれば、あの列強ひしめくヨーロッパに面しており、南には史実よりも遥かに強大な力を持った清国もある。

それら陸続きの国々に睨みを効かせるために、広大な領土を守るために、どうしても兵隊の数が必要なのである。

四方を海に囲まれている日本皇国とは、前提からして違う。ルシヤ帝国は強大で広大であるがゆえに、その力を全て極東の島国に向ける事などできるわけがないのだ。

そして補給の問題。

ルシヤは武器弾薬食料いわゆる兵站を本国から輸送する必要がある。九千キロ離れた本拠地から、鉄道や海路を使ってえっちらおっちら運ぶのだ。対して我が国は、津軽海峡を挟んで目視できる距離にある。


これらを鑑みると、もし我が軍が破竹の勢いで勝利を重ねたとしても、ルシヤ本国に攻め入ることなどは事実上不可能だ。局所的な戦闘では勝利もできようが、帝国本体に打撃を与えるのは難しい。

我々の目指すは一つ。

ともかく彼奴等を消耗させて、雑居地を占拠するのは面倒で割りに合わないと思わせる事だ。そして然るべきタイミングで講和に持ちこむ。

そう考えると早々に会戦での撃滅を諦め、後退の決断をした阿蘇将軍は正しかったのかもしれん。


会戦に動員されたルシヤ兵およそ四万名。

士気は十分、我々を撃滅せんと追撃を試みるであろうと考えられる。

打撃を受けた我が軍は本隊の二個師団を後退させ、根拠地の札幌まで移動。そこで布陣して防衛線を張る算段である。

予期される敵の追撃を急遽編成された二個大隊及び、狙撃隊が防御に当たる。

第一独立防衛大隊、四百六十五名。軍馬三匹。

第二独立防衛大隊、四百七十五名。軍馬三匹。

狙撃隊二十五名。狙撃銃八梃。狙撃隊の隊長には私が任じられた。


各大隊及び狙撃隊は良く連携し、或いは各個の判断によって敵の追撃部隊を撃滅。もしくはその侵攻を著しく遅延させるのが任務である。この千名弱の人員で、四万のルシヤ兵と戦うのだ。絶望的な任務である。


同日。

浅間中将は、札幌へ向けて出発した。私が書いた、明子に向けた手紙を持って。

閣下は我々、殿軍(しんがり)のことを憂いていたが。事ここに至っては、もはややるほかない。

すぐに第一、第二独立防衛大隊の大隊長らと打ち合わせをした。裂帛の気合と、緻密な作戦があれば必ずや任務を全うできるだろう。

気合いだけでは何ともならんしな。


ただで死ぬ気は無い。

生きて、我が国を守るのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る