第60話.迎エ撃ツ

一服の休憩が終わった頃、ルシヤが動き始めた。追撃だろうが、今というのはどういうわけか。

さて慎重なのか鈍間(のろま)なのか、来たからには我々を排除する必然性を感じてくれたという事だが。

声のトーンを少しばかり落として、天城小隊長に話しかけた。


「動き始めましたね。ゆっくりこちらに向かって来ている」

「見えるか?」

「木々の合間故に、はっきりとは見えませんが多分そうだ」

「俺には全く見えんが、そうか」


彼はそう言いながら、皆に小銃の準備を命令する。銃剣使った後だからと言って、動作不良ですでは困るのだ。

残弾の確認と、各部の動作確認を徹底させる。


「しかし奴ら。慌てて追撃という訳ではなかったな。ケツを向けたらすぐに追いかけて来るかと思ったが」

「誰の判断でしょうね、踏ん切りの悪いことだ」


言いながら、ふんと鼻で笑った。いかん爺様のクセがうつったか、これも遺伝だろうか。


「まあ。おかげで一つ、息をつけた」

「はい」

「それで、数はわかるのか」

「いえ。そこまではわかりません」


小隊長は「そうか」と短く言ってルシヤが登って来る下手の方と、上手の方を交互に見た。どちらも道などない、完全な山の藪だ。


「あそこで迎え撃つ」


彼は少し登った先の、窪地の岩場を指して言った。

そこは身を隠すための大きな岩がゴロゴロしているし、付近には背の高い樹木が少なく、隠れて接近するのは用意ではない。

先立って陣取る事が出来れば、有利に事が運ぶかもしれないが。


「はい。防御にはうってつけだ」

「うん、兵に伝えよ」


防御にはうってつけ、か。本当にそうか。

囲まれたらどれだけ持つ?弾薬も、何の補給もないまま、孤立して。潰されて確実な死を待つだけではないのか。


いっそ少数に分かれて木々に潜んで、散発的な攻撃をするか?

いや、だめだ。連絡手段もないまま、兵を細分化しても指示できない。事前に打ち合わせできれば良いが、そうもいかない。

ひとかたまりになって防御するならば、やはりそれが一番、効率が良いのか。


任務達成の為に、命(コスト)を最大限に有効に使うということならば、そうか。

天城小隊長。やんごとなき生まれだと聞くが、それを感じさせない采配だな。


我々は小隊長の指示の元、素早く岩場に移動した。



……



配置についた後、小隊長は兵を集めて言った。皆、真剣な顔つきでそれに注目している。

ついこの間までは新品の、輝くような軍服を纏っていた我々だが。今となっては泥にまみれ、血にまみれたひどい姿だ。


「諸君。我々は日本国の為に人柱となり、ここに骨を埋めよう。されば我らが十一特設聯隊がルシヤ兵を排撃し、必ずや我が国に勝利をもたらすであろう!」


小隊長の言葉に、ぐっと皆の口の端が引き締まった。

彼は私に目配せをする。何か言えという事か。静かに頷いて、見えないマイクを引き継いだ。


「良いか。もしも我々がこの場ですぐさま陥落、または降伏の憂き目にあえば、かのルシヤ兵どもは後顧の憂いなく中隊主力に殺到し、それらを圧し潰す。これは必然だ」


兵らは黙って、話を聞いている。

鼻の頭をこすりながらも、視線だけは上を向いて。


「そうなれば村々は焼かれ、略奪され。そして我々の父兄が開拓(ひら)いた田畑は踏みにじられて、日本人はこの地を去る事となるだろう」


一言一句聞きもらすまいと、その瞳は全て私の挙動とともにあった。

さらに一呼吸置いて続ける。


「だから、我々十二人は必ずや生き残らねばならない。最後の一兵となっても戦い続け、後の兵の助けとならなければならない」


一人一人の目を見て、言った。


「良いか、安易に死ぬな!我らが一人でも生き残り、一分一秒でも長く敵を釘付けにすることが、家族兄弟の為、ひいては皇国の為に貢献する事となる!」


そうだ、生きて。


「世界が、日本国中がこの戦端に注目している。恥ずべき屍を晒すな、生きて国を支える柱となれ。小隊長殿はこう仰っているのだ!」


私の言葉を聞いた彼らの瞳に、炎が宿った。

生命力を燃料に、気高い心を燃やしたのだ。その火は何者にも掻き消されない、真紅の色をしている。


「わかったか!」

「「はい!」」


そして威勢の良い返事が教えてくれた。我が方の士気は、盤石であると。

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