第33話.暗闇

割り当ての雪洞に入る。

夕飯には、餅を湯に放り込んで柔らかくしてから喫食した。その後、ひと段落する頃にロウソクの明かりで日誌を書きはじめる。

かじかんだ手では上手く鉛筆を握るのが難しいが、仕様がない。



本日入山するも、想定より雪深く徒歩での移動は困難を極めた。特に先頭を歩く者は、疲労が甚だしい。

8:00に出発する。天候が悪化して来たために目標の野営地到着を諦め、15:00に露営の決定を下す。

日が暮れる前にそれを決めたのは英断であった。作業は順調に進み、16:00に雪洞完成。

この時点で、体調不良者が数名発生した。

中でも霧島学生が、重篤な低体温症とみられる症状を起こす。

彼は木綿のシャツを下に着用していた。また生真面目な性格で、雪洞掘りに力を入れるあまり多量の汗をかいた。それらが重なり、休憩時に大きく気化熱を奪われたものと思われる。

肌が触れる部分に羊毛(ウール)素材の物を着用している者は凍傷が軽微な傾向にあった。有事の際には、目に見えぬ部分の防寒装備も重要になるだろうと予測できる。

日が沈む頃には全員が雪洞に入る。全員が所持する餅を、湯に入れて柔らかくする事で食事をする事ができた。凍りついた餅では喫食する事はできなかっただろう。食事にも火が必需である事は明らかである。

私達は酒も所持していたが「呑んで、寝いってしまうと目覚めない」と言う噂が広まり、それを消費するものは少なかった。雪洞内の温度は摂氏零度付近に保たれている。

しかし、このような状況下でも煙草を呑むものは居た。煙草は身体を冷やすために感心ししないのだが……。



「お前は何書いているんだ」


その時、同じ雪洞(ホテル)の同期(ルームメイト)が私に言った。


「日誌だよ、合宿中の記録を残そうと思ってね」

「記録?」


鉛筆を置いて、手を摩擦しながら言った。


「そう記録。この合宿は何の為にあるのか考えた事はあるか」

「そりゃあ俺たちの訓練だろう。いつルシヤが攻めて来ても良いようにって、銃剣先生も言ってたろ」

「それは半分正解だろうな、しかしもう一つ意図がある」


彼は、もう一つ?と怪訝な顔を見せる。他の学生(ルームメイト)達もなんだと顔を見合わせて話を聞く体勢だ。


「つまりは実験、予行演習だ。その有事の際に、この山は超えられるのか?装備はこれで十分なのか?そういう実験だ」

「戦時中にこんな札幌に近い山なんて歩くのかよ。ルシヤが攻めて来るなら北部だろうし、鉄道も通ってる」


確かに雑居地の北部にはルシヤ人が多く、その影響が大きい。逆に札幌近郊は日本人が多いのだが。


「そうだな、ここらには鉄道もある。しかし戦争状態では必ずしもそれが使えるとは限らないからな」


雪が溶けて水滴がぽたりと一つ落ちた。天井の湾曲具合が悪かったか。もう少しなだらかに作れば良かったな。そんな事を考えながら、続けて言った。


「線路が破壊されたり、また海路は封鎖されたり。いろんな要因で徒歩での山越えをしなければならない場合がある。そういう場合の予行演習だよ」


まず陸軍ではルシヤ帝国との武力衝突を想定している。それも北部雑居地(ここ)が戦場になるという想定で。

だからこそ北部方面総合学校という施設を作ったのだろうし、こんな合宿などという名の雪中行軍を実施するのだ。

メモ紙に水滴が付かないよう、背嚢にしまった。


「それで日誌はお上に提出して冬季の装備の重要性を訴える。見直すキッカケになってくれれば良いが」


同期達は「ほう」と人ごとのような声を出す。


「熱心だな。お前がそんなに陸軍の装備に興味があるとは思わなかった」

「何を言っている。有事の際にそれを持って山を歩くのは、わしらかもしれんのだぞ」


「陸軍の装備」ではない。「明日の私達の装備」なのだ、必死にもなる。


「……それは」


彼は「そうか、そうだよな」と言って下を向いた。これは他人事ではない、私達のほんの少し先の話なのだ。



その夜。

なるべく睡眠を取るように心がけたが、寒さで一、二時間おきに目が覚めた。

それでも何度か、うとうとしながら朝を待っていると、外から何者かが呼びつける声が聞こえた。

何事かと外に出ると、私の班の雪洞の前に一人の学生が立っていた。まだ外は暗く風も強い。


「穂高。岩木教諭が呼んでいる」

「うん」


簡単に返事をして、岩木教諭の雪洞に足を向けた。まだ皆は眠っているはずだが。

ああ、嫌な予感しかしない。

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