第78話 王女命令

「あたしが、憧れ……?」


 問い返すと、ロザリィは不思議そうに首を傾げる。


「気づいていませんでしたの? わたくしはずっとアリシアを目標としていましたのに。わたくしは、幼い頃からあなたのようになりたいと思っていましたのよ?」


「いや、知らないっていうか、あたし? 姉さまじゃなくて……?」


 姉さまに憧れていたっていうなら理解できる。姉さまは子供の頃から努力家で、ただひたむきに魔法と向き合っていた。そんな姉さまがあたしにとっての目標であり憧れで、ロザリィにとってもそうだと思っていたんだけど……。


「もちろんアリスさまにも憧れていましたわ。ですけど、わたくしに最も身近で、最も強い憧れを抱かせたのはあなたです。わたくしはずっと、アリシアのようになりたかった。誰よりも優しくて、誰よりも勤勉で努力家で、魔法の才能にも恵まれたあなたのように」


「……いや、誰よそれ。あたしぜんぜんそんなんじゃ――」


 ないと否定しようとしたあたしに、ロザリィは静かに首を横に振って見せる。


「わたくしから見たあなたはこんな人ですわ。いい加減、自分をちゃんと見つめ直したらどうですの? あなたはあなた自身が思っているより遥かに、魅力的な女の子ですわよ」


「み、魅力的って……っ」


 冷たい夜風を感じているはずの頬が熱い。さっきから心臓の鼓動が耳の奥でずっと鳴り響いている。ロザリィの言葉の一つ一つが、あたしの調子を狂わせる。


「わたくしは今日一日、ずっとあなたが羨ましいと感じていましたわ。テキパキと自分の仕事をこなしながら、わたくしたちに的確な指示を出せる視野の広さも、ニーナのために店主様と交渉してパフェを用意する気配りの良さも。わたくしには無いものですから。……そして何より、ミナリーに『負けたくない』と言わせるなんて」


「え……っ? ミナリーが、そう言ったの……?」


「確かに聞きましたわよ。『アリシアにだけは負けたくないです』と、アリスさまに言っているのを。あのミナリーにそこまで言わせられるのは、きっとあなただけですわね」


「――ッ!」


 ひときわ大きく心臓が飛び跳ねた。


 今までずっと、あたしだけが一方的にミナリーを意識していると思っていた。だけど、ミナリーもあたしを意識してくれていた……? じゃあ、大浴場であたしを呼び止めたミナリーの真意は……?


『本当に、それでいいんですか?』

『私も今のあなたは嫌いです』


 大浴場でのことを思い出す。


 あの時のミナリーはいつもと変わらないポーカーフェイスで……だけど、今にして思えば、ほんの少しだけ寂しそうな顔をしていた気がする。


「あんたも、ミナリーも、あたしに何を期待しているのよ……。あたしはミナリーにライバル視されるような魔法使いじゃない。魔力も才能も遠く及ばない。ミナリーに勝てる要素なんて一つもない!」


「それでも、わたくしはあなたを信じますわ」


「あたしはあたしを信じられない!」


「でしたら、あなたを信じるわたくしを信じなさい!」


「――ッ!」


 ロザリィは急加速してあたしの前に箒を割り込ませる。月の淡い光に照らされながら、ロザリィはあたしを見つめて微笑んだ。


「王女命令ですわよ、アリシア。もしも自分の可能性を信じられなくなったなら、その時はわたくしの言葉を信じなさい。あなたを信じるわたくしを信じなさい。……わたくしは入学試験でミナリーに手も足も出なかった。彼女の才能も、実力も、強さも、わたくしは知っていますわ。その上であなたならばと、思わずには居られないのですわよ。アリシアならば、あなたが得意とするこの大空ならば! ミナリーに負ける道理はありませんわ」


「ロザリィ……」


 気づけば、あたしは箒を両手で強く握りしめていた。


 あたしはやっぱり自分を信じることはできない。


 ミナリーに勝てるなんて思えない。


 けれど……信じたいと思った。


 ロザリィの言葉を、ロザリィが信じてくれるあたしを、ロザリィの期待を裏切りたくないっていうあたし自身の想いを。


「……もしもミナリーに勝てなかったら、ちゃんと責任取って慰めなさいよね?」


「ええ、もちろんですわ。膝枕をして頭をヨシヨシしながら赤ん坊をあやすように慰めて差し上げますわよ?」


「……悪くないわね、それ」


「えぇっ!? じょ、冗談で言ったつもりだったのですけれど……。あ、アリシア、意外と特殊な趣味をしていますのね……?」


「あら、親友なのに知らなかったの?」


「知りたくありませんでしたわよっ!」


 なんて冗談(?)を言い合いながら、あたしとロザリィは眠くなるまで夜の空中散歩を楽しんだ。


 その翌朝、あたしは食堂で見かけたミナリーをこう呼び止めた。


「勝負よ、ミナリー!」


 ミナリーはいつもと変わらない表情で、


 けれどほんの少しだけ嬉しそうに頬を緩めながら答える。


「はい、望むところです」

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