第76話 比較癖(アリシア視点)

◇◇◇


 小さい頃からずっと姉さまと比べられてきた。だからとは言わないけど、あたしはよく自分と他人を比較する。自分の何が相手より優れていて、自分の何が相手より劣っているかを考える。


 これはあたしが自然と身に着けた処世術の一つだ。この処世術であたしはそれなりに社交界での地位を築いて、オクトーバー家の名誉回復に努めてきた。


 今は必要ないかもしれないけど、これはもう癖みたいなものだ。


 だから湯船に肩までつかりながら、隣に座ったニーナの胸部と自分の胸部を比べてみるのも仕方がない。


「ふぃ~。大きなお風呂って気持ちいいものですねぇ。……って、アリシアさん? どうかしましたか?」


「……意外と着やせするタイプだったのね、ニーナって」


「ふぇぇっ!? ど、どこ見てその感想を口にしたんですかぁっ!」


 ニーナはバシャーンッ! と水飛沫をあげながら立ち上がって自分の膨らんだお腹の肉をつまむ。


「た、確かにちょっとむにってなってますけど!」


「それパフェ食べ過ぎただけでしょ?」


「あ、明日からダイエット頑張りますぅ~っ!」


 ニーナはそう言いながらブクブクと湯船に沈んでいく。行儀が悪いからやめなさい。


「一緒にお風呂入るのって久しぶりだね、アリシア」


 姉さまとミナリーが近づいてくる。二人ともあたしじゃ遠く及ばないものを持っている。特に姉さまのそれは、服の上から見るのと生で見るのとでは破壊力が段違いだった。


「ん? どうしたの、アリシア?」


「ううん、何でもないわ。ただちょっと、どうして人って平等じゃないのかしらって考えていただけよ」


「て、哲学的だ……! 邪魔しちゃったかな……?」


「別にいいわよ。たいしたこと考えてなかったし」


 自分の胸と他のみんなの胸の大きさを比べていたなんて、本当にたいしたこと考えてなかったわ。疲れてるのかしら、あたし。


「アリシア、大丈夫? ごめんね、せっかくのお休みなのにいっぱい働かせちゃって……」


「姉さまが謝ることじゃないわ。確かに大変だったけど、貴重な体験だったと思うもの。……それに、あたしもロザリィほどじゃないけど、ちょっとだけ憧れてたのよね」


 貴族として生きるんじゃなくて、どこにでも居る普通の町娘として生きてみたい。そう思った経験は一度や二度じゃなくて、どこか遠くの町で姉さまとカフェを経営しながら慎ましやかに生きるなんて夢を見た事が何度もある。


「だからむしろ、今日はありがとう、姉さま。外に連れ出してくれて。良い休みだったわ。また明日から頑張れそうよ」


「それならよかったけど……」


 姉さまはどこか煮え切らない様子で頷く。ったくもぅ、姉さまったら心配性なんだから。


「少しのぼせてきちゃったから、先に上がるわね」


「あ、うん。また後でね」


 あたしは姉さまに一言告げて、湯船から出ようとした。


 だけど、腕をミナリーに掴まれて引き止められる。


「なによ、ミナリー?」


「本当に、それでいいんですか?」


「…………いいって、なにがよ」


 ミナリーは何も言わない。ただまっすぐに、あたしを見つめてくるだけだ。


 けれど、それなのに。


 ミナリーが言わんとしていることが、あたしには手に取るようにわかってしまう。


「……やっぱりあたし、あんたのことが嫌いだわ」


「奇遇ですね、私も今のあなたは嫌いです」


「ちょ、ちょっと二人とも! また喧嘩してるの!?」


 あたしたちの険悪な雰囲気を感じ取ったのか、姉さまがこっちに向かってくる。


 あたしはミナリーの手を振り払って、そのまま大浴場の外へ出た。さっさと脱衣場で服を着て、そのまま寮の自室へと向かう。


「わかってるわよ……」


 ミナリーはあたしにこう問いかけていた。


 簡単に諦めてしまっていいんですか、って。


 あたしの心はミナリーに見透かされてしまっていた。


 このまま飛箒祭に出場すればミナリーとの勝負になる。そしたらきっと、あたしに勝ち目はない。ミナリーは母さまや姉さまでも勝てなかった魔人クロウィエルを倒して使役してしまうほどの天才……規格外の魔法使い。


 そんな彼女に、凡人のあたしが勝てるわけがない。比較するまでもないことよ。

だったらいっそ、飛箒祭への参加を辞退してしまえばいい。だって、負けるとわかっている勝負ほど、無駄なものってないんだから。


「…………わかってるわよ。あたしも、こんなあたしが嫌いなんだから」


 自室に入ってすぐ、ベッドに倒れこむ。


 それからいったい、どれだけの時間が過ぎただろう。もしかしたら、ほんの少しだけ眠ってしまっていたかもしれない。意識がハッキリしたのは、誰かがあたしの部屋の扉をノックしたからだ。


「姉さまかしら……」


 だとしたらちょっと、顔を合わせづらいわね……。


 なんて考えながら、ふらふらとベッドから降りて扉に向かう。のぞき窓から扉の向こうを確認すると、そこにはロザリィが立っていた。


「どうしたのよ、……手に箒なんて持って」


 扉を開けて、あたしはロザリィに問いかける。


 ロザリィの両手にはそれぞれ一本ずつ、飛行用の箒があった。その内の一本をあたしに押し付けるように持ち上げて、ロザリィは言う。


「王女命令ですわ。校則違反に付き合ってくださらないかしら?」

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