第66話 使い魔クロウィエル
「師匠……」
ミナリーがわたしを見つめる。その瞳は決して憐憫が込められたものではなくて、しいて言えば不安や後悔を孕んでいるようで。
わたしはそんな目を向けてくるミナリーに微笑む。
「本当はこんなこと言っちゃダメかもだけど、わたしは良かったって思うよ。5年前に王立魔法学園の入学試験を受けられなくて、本当に良かった」
だって、そうじゃなかったらわたしはミナリーに出会えて居なかったから。
みんなより5歳お姉さんなわたしは入学試験に合格出来ていたらもうとっくに学園を卒業している年齢で、そしたらアリシアやロザリィ様、ニーナちゃんと一緒に学園で学ぶことも出来なかったはずだから。
「だからわたしは気にしないよ。でも、それとこれとは話が別! お母様、魔道具の細工も本当にアルバス先生がやったことなの……? 先生に化けたクロウィエルじゃなくて……?」
「それを証明することは難しいわ。アルバス・メイは依然として行方不明。そして、魔人クロウィエルはミナリーさんによって討伐された。後は状況証拠を揃えていくしかないけれど……それだとハッキリしたことはわからないでしょうね」
お母様はそう言って溜息を吐く。真相は闇の中。事ここに至っては事実を知る術はない……わけじゃない。お母様もシユティ様も、一つ勘違いをしてしまっている。
「師匠、構いませんか?」
ミナリーがわたしに尋ねる。本当はお母様やシユティ様には隠しておきたかったけど、私はミナリーに頷いて見せた。わたしも今は真実が知りたい。
「シユティ様、お母様。この事は他言無用でお願いします。ミナリー」
「はい。〈
ミナリーの手に魔力が集中する。それはやがて人の姿を形作って、やがてミナリーの掌の上に赤髪の小さな少女が現れた。
「魔人クロウィエル……っ!」
「へぇ、この子が」
お母様は驚きに目を見開き、シユティ様は口角を釣り上げた。
「このちっこいのが、母様を襲った魔人……?」
「……随分と可愛らしい姿をしていますわね」
「お、お人形さんみたいです」
ミナリーが召喚した魔人クロウィエルは、ニーナちゃんの言う通りお人形のような見た目だった。身長は15センチほどで、体型も2頭身。どことなく、出会った頃のミナリーが大切にしていたお人形さんに似ている気がする。
みんなからの注目を浴びたクロウィエルはパチパチと目を瞬かせて、自分の顔や体をペタペタと触っていく。そして、
「なんじゃこの姿はぁああああああっっっ!?」
ミナリーの掌の上で膝から崩れ落ちた。
「あ、あんまりじゃ……。魔人として恐れられたこの儂が……っ、魔人クロウィエルがこのような醜態を晒すじゃと……っ!?」
「魔力をコントロールすれば姿形も変えられると思ってやってみましたが、大成功です」
むふぅ、とミナリーは満足そうに頷く。ミナリー、けっこう可愛い物が好きだよね。
「ミナリーさん、これはいったい……?」
困惑した様子でお母様はミナリーに尋ねる。
「クロウィエルは魔力の肉体を持つ魔力人間です。仮に肉体を消し飛ばしたとしても、魂を殺すことはできません。魂だけとなったクロウィエルは、いずれ魔力を得て再び受肉します」
「つまり、魔人クロウィエルは殺せないということですね」
シユティ様の理解にミナリーは頷く。
「なので魔力を掌握して使い魔にしました。今のクロウィエルは私の思うがままです」
「わ、儂に何をさせるつもりじゃ小娘っ! これ以上の辱めは許さぬぞっ!?」
「別に辱めているつもりはないですが……」
酷い言い草です、とミナリーは不満そうに呟く。
「クロウィエル、あなたに聞きたいことがあるの」
「むっ? なんじゃ、アリスも居ったのか。ふむ……、よくよく見れば小娘どもが大勢集まっておるのぅ。この国の女王に、アメリアまで。随分と仰々しい集まりではないか」
「魔人クロウィエル。アリスの言葉通りよ。アルバス・メイの居場所を知っているなら答えなさい」
「嫌じゃ」
「次はもっと可愛らしい服装にチャレンジしたい気分です」
「――と言いたい所じゃが、仕方がないのぅ。アルバスの居場所じゃな? 儂に答えられる範囲で答えてやるのじゃ」
クロウィエルはそう言って、ミナリーの手の平からわたしの方へ飛び乗ってくる。わたしはそれをキャッチすると、クロウィエルを抱えてあげることにした。ミナリーがちょっぴり寂しそうな表情をしたけど、今はクロウィエルの話が優先かなぁ。
「アルバスの居場所じゃが、儂も知らん」
「ちょっと、答えると言っていなかったかしら?」
お母様が鋭い目つきでクロウィエルを睨む。わたしだったら小さく悲鳴を上げてしまいそうな迫力だけど、クロウィエルはまったく意に介した様子がない。
「答えたじゃろ。アルバスの居場所は儂も知らぬ。奴は儂に学園の運営を任せて雲隠れしおったからのぅ」
「なんですって……!?」
「なるほどなるほど。ちなみにそれはいつのことです、魔人クロウィエル?」
「ちょうど今年の入学式前のことじゃ」
入学式前……。つまり、学園で行われていた数々の工作はクロウィエルの仕業じゃなくて、アルバス先生がやったってこと……?
「それは、本当なんですの……?」
「嘘よ、アルバス先生がそんなっ!」
「この期に及んで嘘なんぞついてどうなるのじゃ。ミナリーよ、お主ならば儂が嘘なんぞついておらぬとわかるじゃろう?」
「……はい。クロウィエルの言葉に嘘はありません」
「……そっか」
ミナリーが言うなら間違いない。これでハッキリした。
「どうやら、アルバス・メイがこの国の魔法使い育成システムを破壊しようとしたのは間違いなさそうですね」
シユティ様の言葉に、ロザリィ様とアリシアが唇を噛む。わたしも、胸がギュッと痛くなるような感覚に歯を食いしばった。
アルバス先生はわたしたちに魔法や様々な知識を教えてくれた恩人だ。先生の教えがなければわたしは家出なんて出来なかったし、ミナリーを導くこともできなかった。
アルバス先生、いったいどうして……?
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