第65話 蠢いていた悪意

「学園を襲撃したドラコ・セプテンバー他1名に関しての処分は、現在検討中よ。彼らはこの城の地下牢に抑留しているの。医師によれば精神を魔力で操作された可能性があるということだけれど……」


 お母様はそこで一度、言葉を区切った。その意味は何となく察せてしまう。もう一人の方はともかく、ドラコ君は……。


「目立ちすぎたのがよくなかったですね。精神操作の可能性を理由に甘い処分をすれば、オクトーバー派の貴族からの反発は避けられないですし」


「かといって、厳しい処分を下せばセプテンバー派からも不満が出るでしょう?」


「オクトーバー派はアメリアの派閥でしょう? 何とか上手く言い包められないですか?」


「私の娘を襲った糞餓鬼に配慮しろって?」


「うーわ、派閥の急先鋒目の前にいたわ」


「貴女の判断には従う。それがセプテンバー家当主として、そして娘たちを守るべき母としてとれる最大限の譲歩。期待しているわ」


「あー、うん。考えときますねー」


 シユティ様はそう言ってそっとお母様から視線を逸らす。問題を先送りにした……わけじゃないと思う。ここで安易な判断を下さず、しっかりと状況を見極めるつもりかな。シユティ様は普段のお茶目な人柄とは別に、そういう思慮深さを持ち合わせている人だ。


 だから、お母様もシユティ様を信じて判断を委ねたんだと思う。


「ロザリィ、アリシア。そしてニーナさん。あなたたちの勇気ある行動のおかげで、大きな被害を出さずに襲撃犯を捕らえることが出来ました。そして、特にニーナさんには重ねて感謝いたします」


 シユティ様は真面目な口調で感謝の言葉を口にすると、ニーナちゃんに向かって頭を下げた。


「あなたのおかげで、わたくしは大切な親友と大切な臣民たちを誰一人失わずに済みました。この国の王として、そして国民を代表してお礼を言わせてもらいます。本当にありがとう」


「い、いえっ! わたしは、そのっ、当然のことをしたまでですっ!」


 ニーナちゃんは緊張に声を震わせながら、それでも胸を張ってそう答えた。


「素晴らしい心がけですね。まるでアルミラ教の聖典に出てくる聖女様みたい」


「そ、その例えはシャレにならないです……」


 ニーナちゃんは顔を青くして、緊張とは別の理由で声を震わせていた。どうしたんだろう? 聖女様みたいって、すごい誉め言葉だと思うけど……。


「貴女たちのおかげで被害を最小限に食い止めることができたわ。本来このような事態を解決するべき王立魔法師団長としては少し複雑だけれどね。……それに、アリスが来てくれなければおそらくわたしは魔人クロウィエルに殺されていたでしょうから」


「お母様……」


「ありがとう、アリス。私が今こうして立って居られるのはあなたが来てくれたおかげよ」


 お母様からこんなに面と向かって感謝を伝えられたことは、たぶん今までの人生で一度もない。だからどんな返事をすればいいかわからなくて、わたしは「えへへ」と照れ笑いをすることしかできなかった。


「そこで一つ目の質問なのですけれど、結局その魔人クロウィエルとやらはどうなったのかしら?」


「それはわたくしたちも気になっていましたわ。まあ、ミナリーが倒したのは何となく予想がつきますけれど」


 みんなの視線がミナリーに集まる。ミナリーは一度小さく頷いて答えた。


「クロウィエルは私が無力化しました」


「ほほぅ、さすがはスークスの神童といったところですね。アメリアを追い込んだ相手を倒すなんてねぇ」


「アリスが危ないところを助けてくれたようね。母として感謝するわ、ミナリーさん。本当にありがとう」


「いえ、弟子として当然のことをしたまでです」


 そう言ってミナリーは誇らしそうに胸を張る。師匠として弟子が褒められたり感謝されたりするのは嬉しいけど、今回に関してはちょっと不甲斐なさも感じてしまうわけで。


 うん、ミナリーの師匠としてもっと頑張らないと……!


「魔人クロウィエルが討伐されたとなれば、残る問題はやはり……」


「ええ。王立魔法学園学園長……アルバス・メイがどのタイミングで魔人クロウィエルと入れ替わっていたのかですね」


「……っ!」


 わたしと、そしてアリシアとロザリィ様が息を呑む。学園長……アルバス先生の姿にクロウィエルは化けていた。アルバス先生の姿でお母様を襲ったことからもそれは明らかで、けれどそれが一体どのタイミングからだったのかがわからない。


 アルバス先生が学術調査で学園を離れたタイミング? それとも、入学式で壇上に上がった時にはもう?


「魔法師団が学園関係者に聞き取り調査をしたところ、アルバス・メイが学園長に就任した5年前から、学園の様子が変わり始めたそうよ」


「様子が変わり始めた、ですの……?」


「ありていに言えば質の低下ですね。本来なら学園の教員として相応しくない能力の者が採用され、しかもそんな人物に限って要職に就いて権力を持つようになった。在校生のあなたたちなら何人か思い浮かぶんじゃないかしら?」


「それは……」


 確かに何人か、教頭先生を始めとしてパッと思い浮かぶ先生たちが居る。学園に通い始めてしばらくして、ミナリーとわたしが感じていた物足りなさ。それが1年生の基礎を学ぶ時期だからという理由じゃなくて、教える先生たちの能力不足だったとしたら……?


「アルバス・メイには故意に能力の低い者を教員に採用して、王立魔法学園の……ひいては王国の魔法使いの能力を低下させようとした疑惑がありますね」


「アルバス先生が…………」


 そんなの嘘だと信じたい。だけど、お母様やシユティ様が何の根拠もなくそんな話をするとも思えないし……。


「たぶん、それだけじゃないですよね?」


 そう尋ねたのはミナリーだった。


「学園の教師陣のレベルを下げただけではなかったはずです。違いますか?」


「…………ええ、そうよ」


 お母様はシユティ様と目配りをして、苦虫を噛み潰したような表情で頷く。


「王立魔法学園には魔法王様が作った、入学資格を持つ者を選別する魔道具があるのは皆も知っているでしょう? それに細工がされた形跡が見つかったの。……正確には、選別後に入学試験への招待状を送る仕組みね。それが改悪され、一部の資格者に入学試験への招待状が届かないようにされていた」


「それって……っ!」


「まさかっ!」


 みんなの視線がわたしに集まる。


 あぁ……、そっか。


 そういうことだったんだ。


「アリス、あなたには本来なら5年前の時点で王立魔法学園の入学試験を受ける資格があったのよ」

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