第23話 弟子と妹(ミナリー視点)
「これ以上、社交界の笑いものになるようなことはしないで。もう家にも王都にもあんたの居場所はどこにもない。辛い目に合わない内に退学をお勧めするわ」
「……っ! アリシア、わたしは――」
なおも食い下がろうとする師匠に、アリシアの目つきが鋭くなる。彼女の手には既に杖が握られている。魔力が彼女の杖に集まりつつあった。
「私の師匠に何をするつもりですか?」
「――ッ!?」
魔法が行使される直前、私は物陰から飛び出してアリシアに肉薄し、杖を持つ手を抑え込みます。いきなり勝負を仕掛けてきたロザリィといい、この国の王族や貴族は血の気があり過ぎです。そういえば師匠も、出会ってすぐに実力を見せろとか何とか言っていた気がします。
「み、ミナリー……!?」
「……っ!」
アリシアはすぐさまバックステップを踏んで距離を取り、杖を構えなおしました。かなりの魔力量ですね。ロザリィよりもやや多いくらいの魔力量で、この学園で見かけた生徒の中では断トツです。さすが師匠の妹と言うべきでしょうか。
「誰よ、あんた。見たところ新入生みたいだけど」
「ミナリー・ポピンズ。この人の弟子です」
「弟子ですって……?」
アリシアはさらに目つきを鋭くして、奥歯を噛みしめて犬歯を剥き出しにします。
「どれだけあたしを失望させれば気が済むの……? 家から逃げ出して5年も音信不通になったかと思えば、その年でまだ師弟ごっこ? ふざけるのも大概にしなさいよ!!」
「聞き捨てならないですね」
確かに私と師匠の関係はごっこ遊びに近かったかもしれません。何せ、私が師匠から魔法を教わったことが一度もありません。むしろ私が教えたことで、師匠が魔法使いとして大きく成長したくらいです。もはやどっちが師匠でどっちが弟子かわかったものじゃないですね。
……けれど。
師匠はこの5年間、私と真剣に向き合ってくれました。どこまでも貪欲に、どこまでもひた向きに、師匠は私と共に魔法の深淵を目指し歩き続けてくれたんです。
ふざけてなんていません。今の師匠があるのは、今の私があるのは、あの日々があったからです。
「師弟ごっこだったかどうか、今ここで試してみますか?」
「調子に乗るんじゃないわよ、一年のくせに」
制服の胸ポケットに挿していた、師匠がくれた杖を構えます。
どちらが先に仕掛けるかの読みあい。入学試験でロザリィと戦った時とは比べ物にならない緊張感が漂います。あの時は初めから手加減すると決めていましたが、今回は手加減するつもりはありません。
全力で制圧します。
「だめ、ミナリー」
私が魔法を放とうとした直前、背中に柔らかな膨らみが押し付けられました。師匠が私の背中に抱き着いて、ぎゅっと前に手を回してきたのです。
「師匠、放してください」
「お願い、ミナリー。わたしは平気だから。だから、戦わないで」
「…………」
師匠にそう言われたら、杖を収めないわけにはいきません。
私が杖を胸ポケットにしまうと、アリシアも構えを解いて杖を収めました。仕掛けてくればすかさず反撃してやろうと思っていたんですが、そこまで血気盛んというわけでもないらしいですね。
「両者、そこまでですわ」
と、このタイミングで建物の陰からロザリィとニーナが姿を見せます。ロザリィの登場にアリシアは驚いた様子で目を見開いて、それからすぐに溜息を吐きます。
「王女殿下ともあろうお方が盗み聞きなんて。趣味が悪いわよ、ロザリィ」
「あら、わたくしたちは散歩していたら偶然このような場面に遭遇しただけですわ。そうですわよね、ニーナ?」
「へっ!? あ、はい。そうです! その通りですっ!」
「……そんな偶然あってたまるかっての」
アリシアは頭を掻きむしると、私たちには見向きもせず歩き出して、
「相変わらず素直じゃありませんわね」
「お節介な王女殿下ですこと」
ロザリィと短く言葉を交わして立ち去って行きました。
師匠がロザリィに対してまだかしこまった態度を崩せていないのに対して、アリシアのほうはロザリィと気心知れた間柄のようです。ロザリィもアリシアの台詞に気を悪くした様子はなく、呆れた様子で肩をすくめるだけでした。
「…………ごめんね、ミナリー」
一方、師匠は私の背に顔を押し付けたまま、謝罪の言葉を口にします。
「何に対して謝っているんですか、師匠」
「何って、色々。……うん、そうやってハッキリ言えないのがわたしの悪い癖だね。アリシアとのことに、巻き込んじゃってごめんなさい。わたしがもっとしっかりしていたら、こんなことにはならなかったよね」
師匠は私に謝りながら、私を抱きしめる力を強め続けていた。私の胴に回された師匠の手に触れる。指先は氷のように冷たくて、震えているように感じるのは気のせいではないと思います。
「師匠のせいじゃ、ないですよ」
「……ううん、わたしのせいだよ。わたしが自分のことだけ考えて、アリシアのことを何も考えてあげられてなかったから。手紙くらい書けばよかったし、何なら顔を見せに帰ってもよかったのに。それをしなかった、わたしが悪いの」
違う。そうじゃないです。師匠は何も悪くないです。
「だからごめんね、ミナリー」
師匠は何も悪くありません。だって、師匠はその気になればいつだって帰れたんです。
それが出来なかったのは、私が一緒だったから。私が師匠の弟子になったから、師匠はいつも私にかかりっきりで、私が魔法に夢中になるのをずっと見守ってくれていたからで。
師匠を縛り続けていたのは私。
アリシアから師匠を奪っていたのも、私。
悪いのは、私じゃないですか。
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