第4話

俺に分かること。

死んだ人の手の大きさとか温かみ。

そして、死んだ人が自分のいる所から30キロ圏内で死んだこと。

川の中から捜査員が引き上げてきた子供を見た時、ああ、やっぱりな、と思った。

川だと思った。

手が濡れていたから。

雨も降ってないのに、手がぐっしょり濡れてた。

子供が川か何か、水に落ちて死んだ。

それ以上のことは分からないが、それだけ分かれば充分だそうだ。


こういう時、俺はいつも迷う。

最期の言葉を伝えるかどうか。

俺の手が最期に聞いた言葉を、あの子の死体を前にした母親に伝えるかどうか。

迷って、いつも伝えない。

誰にも言えない。

最期の言葉はいつも、どんな人でもどこかいとけない。

シワシワの老人の手が書く言葉ですら、どこか。

痛かった。とか。

おかあさん。とか。

お腹がすいた。とか。


ママ、ごめんね。とか。


伝えられない。あんまり痛々しくて、生々しくて。

何も知らずにいられたら、と願うほど。

死が近くに来る。

そうしていつか、こうした親しい死のところへ俺も向かう。

そういうことなのだと思う。


俺は何も言わずに踵を返した。


家では子供が待っている。

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ポケットに手を入れると死人に手を握られる男の話 奥田吹雪 @nagakatta

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