第90話 闘拳

――家に戻るとラナ達はすぐに引っ越しの準備を行い、その間にコウはヒヒと付き添いの男の見張りを行う。見張りを行っている間はスラミンは森の中を飛んでいた蝶々を追い掛け回す。



「ぷるぷるっ♪」

「スラミン、無理するなよ。二回も星水を作ったんだから疲れてるだろ?」

「ぷるんっ」



コウの治療のためにスラミンは二度も星水を生成しており、身体の大きさも完全には戻っていなかった。一度目はコウが赤毛熊の攻撃を受けた時に使用し、二度目はヒヒに短剣を背中に突き刺されて赤毛熊に噛みつかれた時に使用した。


星水を生み出すとスラミンは一時的に体型が縮み、元に戻るには十分な水分を摂取して時間が経つのを待つしかない。この森に訪れる前にスラミンが体調を崩していた原因も前にコウが怪我をした時に星水を生成して治療した事が原因の一つかもしれない。



(こいつのお陰でまた命拾いしたな。頼りになる相棒だよ)



スラミンを眺めながらコウはラナ達が出てくるのを待っていると、やがて準備を終えたのか三人が家から出てきた。三人とも大荷物を抱えて出てくるかと思ったが、予想に反して荷物はあまり持ち合わせていなかった。



「あれ?もういいんですか?」

「ええ、必要最低限の物は詰め込んだわ」

「ううっ……ぬいぐるみさん、もっと持って行きたかった」

「我慢しなさい。また作ってあげるから……」



ルルは両手に大きな熊のぬいぐるみを抱えており、先ほど赤毛熊に殺されかけたばかりのコウは微妙な表情を浮かべた。



「だけどお母さん、本当にこれだけしか持って行かなくていいの?」

「ええ、旅をする以上は余計な荷物は持っていけないわ。それに私達は追われる身になるのだから身軽な方がいいのよ」

「そ、そうね……」



ラナに言われてリナは納得し、これから彼女達はダークエルフの追跡を撒いてラナの友人の元に向かわなければならない。その友人に受け入れてもらえなければどうするつもりかコウは尋ねる。



「あの……もしも受け入れて貰えなかったらどうするんですか?」

「……その時は他の部族の元に出向いて受け入れてもらうしかないわ」

「そうですか……あ、ちょっと待ってください!!」

「ぷるんっ?」



コウはラナの話を聞いてある事を思い出し、彼は前に出会ったエルフのリンとハルナから受け取ったペンダントを取り出す。こちらのペンダントはハルナを盗賊から助けた時に貰った代物であり、旅に出る時に念のために持ってきていた。


木製のペンダントにはハルナの部族の紋章が記されており、このペンダントを持つ人物は「客人」として認められ、世界樹と呼ばれる世界でも希少な樹木を素材にしている。これを持っていればハルナの部族のエルフから客人として丁重にもてなされるはずだった。



「これを持って行ってください」

「これは……えっ!?ど、どうして人間の貴方がこれを!?」

「お母さん、それ何か知ってるの?」

「この紋様……何処かで見た事があるわね」



ペンダントを受け取ったラナは信じられない表情を浮かべ、彼女はペンダントの事を知っている様子だが娘達は不思議そうに覗き込む。コウはペンダントを受け取る経緯を簡単に説明すると、その場で手紙をしたためてラナに渡す。



「この手紙も持って行ってください。ハルナかリンさんに渡せば俺が渡した物だと信じてくれるはずです」

「で、でも……そこまで世話になるわけにはいけないわ。貴方には散々迷惑をかけたのに」

「迷惑をかけたのはこいつらですから気にしないでください」



コウとしてはラナ達に迷惑を掛けられた覚えはなく、そもそも悪いのは彼女達を誘拐しようとした盗賊やヒヒ達のせいである。ラナ達はコウに対して何も迷惑はかけず、ここまで関わった以上はコウとしても放ってはおけない。



「それじゃあ、俺はもう行きますね」

「えっ!?もう行っちゃうの?」

「もうちょっと話して痛いけど、いつこいつらの仲間が来るのか分からないでしょ?」

「それはそうだけど……」



ペンダントと手紙を返される前にコウは早々に立ち去る事を決め、ラナ達に別れを告げて去ろうとした。しかし、そんな彼にラナは呼び止める。



「待って!!貴方に渡したい物があるの!!」

「えっ?」

「……どうかこれを受け取って頂戴」



ラナはコウを呼び止めると自分の荷物の中から包みを取り出し、中身は腕手甲ガントレットを想像させる防具が入っていた。それを見たコウは不思議に思い、リナとルルは驚愕の表情を浮かべた。



「こ、これって!?」

「お母さん!?本当に渡しちゃうの?」

「二人とも静かにしなさい。今の私達にコウ君にお返しができるとしたらこれしかないの……どうか受け取って欲しいの」

「これは……なんですか?」



リナとルルの驚き様を見てコウは不思議に思いながらも受け取ると、ラナは神妙な表情を浮かべながら説明してくれた。



「それは私の夫が使っていた「闘拳」と呼ばれる武器よ。きっと、あなたになら使いこなせるはずよ」

「闘拳?」



聞いた事もない武器の名前にコウは不思議に思い、外見は腕手甲と酷似しているので防具と思っていたが、ラナによればれっきとしたらしい。

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