第81話 目眩まし
「がはぁっ!?」
「はあっ、はあっ……」
「う、嘘っ!?」
「やったぁっ!!コウ君が悪い人をやっつけた!!」
「ぷるぷるっ!!」
爆風で吹き飛んだヒヒは派手に地面に転げまわり、樹木に衝突してようやく止まった。それを見たリナ達はコウが勝ったのだと喜び掛けたが、すぐにラナが注意する。
「まだよ!!あの程度ではヒヒは止まらないわ!!」
「えっ?」
「忘れたの!?あいつも火属性の魔法の使い手よ、つまりは火に対する耐性を持っている!!」
「うぐぐっ……!!」
先ほどのコウと同様にヒヒも火属性の魔法の使い手であるため、爆発に巻き込まれたにも関わらずに彼の肉体は火傷を負ってはいなかった。それでも吹き飛ばされた際に地面に派手に転がったので無傷というわけではなく、身体をふらつかせながら立ち上がった。
「こ、殺してやる!!全員、ぶっ殺してやる!!」
「まだそんな事を……いい加減にしろ!!」
「頭に血が上ってまともな判断ができないようね……」
起き上がったヒヒは頭から血を流しながら狂ったように殺すと連呼し、先ほどまで自分の妻に迎えようとしていたラナでさえも殺気を向けた。ヒヒの様子を見てコウはこのまま放置するのはまずいと思い、少して手荒だが彼を気絶させるために銅貨を取り出す。
しかし、コウが銅貨を取り出したのを見てヒヒは先ほど彼が使用した「指弾」を思い出し、咄嗟にヒヒは右手を地面に押し付けて魔法を発動させた。
「くそがぁっ!!」
「うわっ!?」
「コウ君っ!?」
ヒヒは掌を地面に押し付けた状態から炎を放ち、地面に生えている雑草などの植物に燃え移る。広範囲に炎が燃え広がった事でヒヒの姿は炎に覆い隠され、コウも狙いを定められずに指弾を撃ち込めない。
(くそっ!!炎で目眩ましするなんて……!?)
魔法を攻撃にではなく、自分の身を隠すために使用したヒヒにコウは驚き、やがて炎が消え去るとヒヒの姿が消えていた。彼がいなくなった事に気付いたラナは慌ててコウに話しかける。
「しまった!?逃げられたわ!!ヒヒは最初から逃げるつもりだったのよ!!」
「えっ!?」
「そ、そんなっ!?」
「何処に行ったの!?」
ヒヒが逃げた事を知ったラナは急いで追いかけようとするが、既にヒヒの姿は見えなかった。だが、まだ遠くには離れていないはずであり、コウはこんな時は誰よりも頼りになる相棒を呼ぶ。
「スラミン!!」
「ぷるるんっ!!」
「わっ!?」
スラミンはコウに呼ばれるとルルの元を離れ、急いで彼の元へ向かう。コウは地面に落としていた黒斧を拾い上げ、ラナ達を置いてヒヒの後を追う。
「ラナさんはリナとルルと一緒に避難して下さい!!」
「コウ君!?いったい何を言って……」
「あいつは俺が捕まえます!!」
返事も聞かずにコウはヒヒの後を追いかけるために走り出し、この時にスラミンは彼の頭の上に飛び乗る。炎が燃え続けていた時間はそれほど長くはなく、まだ近くにヒヒは居るはずだった――
――ヒヒの後を追いかけてから数分後、コウはスラミンの感知能力を頼りに後を追う。すぐに追いつけるかと思ったが、予想以上にヒヒはすばしっこく森の中を逃げ回っているらしく、やっと姿を見えたのは森の中に流れる川をヒヒが通り過ぎようとした時だった。
「待て!!見つけたぞ!!」
「なっ!?貴様、どうしてここまで……」
川を渡ろうとした時にコウに呼び止められたヒヒは衝撃の表情を浮かべ、慌てて腰に差していた剣を構える。そんなヒヒに対してコウは黒斧を抜くと、スラミンを安全な場所に避難させる。
「ここまでありがとな、だけどこいつの相手は俺がする」
「ぷるんっ」
「ふ、ふざけるな!!下等種族が僕を追い詰めたつもりか!?」
「その下等種族に尻尾を振って逃げ回るような奴が何を言ってんだよ」
「き、貴様ぁあああっ!!」
コウの挑発にヒヒは激怒し、怒りのままに剣を振りかざして突進してきた。それに対してコウは黒斧を構えると、全力で横薙ぎに振り払う。
「おらぁっ!!」
「ひぎゃあっ!?」
黒斧が長剣に衝突すると、呆気なく刃は折れてしまう。ヒヒは折れた自分の剣を見て呆然とするが、コウの方は黒斧を軽々と振り回して睨みつける。
「そ、そんな!?僕の剣が……!!」
「お前さ、上に立つ人間の器じゃないよ」
「こ、このっ……調子に乗るな!!」
刃が折れた剣を手にしたままヒヒはコウに突っ込み、彼の胸に突き刺そうとしてきた。しかし、そんな単純な攻撃がコウに通じるはずがなく、身体を反らして剣を躱すのと同時にヒヒの足を引っかけて彼を転ばせた。
「いい加減にしろ」
「ぶふぅっ!?」
みっともなくヒヒは地面に顔面から倒れ込み、鼻血を噴き出す。少しやり過ぎたかとコウは思ったが、殺しに来る相手に手加減する必要はない。
鼻血を流しながらもヒヒは起き上がると、今度は怯えた表情を浮かべてコウから後退る。彼に対して恐怖を抱いたヒヒは手を前に差し出して命乞いを行う。
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