第46話 追手

「助けてくれてありがとうな、兄ちゃん……でも、あたしはもう行くよ」

「行くって……何処に?」

「少なくともこの街にはいられないからさ、他の街からやってくる商人の馬車に忍び込んで逃げる事にするよ」

「逃げるって……警備兵に事情を話せば助けてくれるよ」

「言っただろ?あたしも色々と悪さをしてきたって……」



ネココの言葉にコウは言い返す事ができず、彼女も自分が生きるためとはいえ窃盗を繰り返してきた事実は変えられない。仮にネココが警備兵に助けを求めた所で彼女は捕まる可能性が高く、もしかしたら副隊長と裏で繋がっていた警備兵に恨まれている可能性が高い。


取り調べの時に自分達を犯罪者のように扱う兵士の事を思い出し、確かにネココをこのまま警備兵の元に連れて行っても彼女を保護してくれるとは限らない。しかし、別の街に逃げるといっても簡単な話ではなく、イチノから一番近い街でも馬車で三日は掛かる距離に存在する。仮に商人の馬車に忍び込んだとしても見つかる可能性もあった。



「ネココ、本当に逃げ切れると思ってるのか?相手は本気でお前を殺しに来るんだぞ」

「……逃げなきゃ殺されるだけだろ。だったらあたしは最後まで逃げ切ってやる」

「なら……その、お前さえよければうちの村に来るか?」

「えっ!?兄ちゃんの村に?」

「ぷるぷるっ?」



ネココはコウの申し出に驚いた表情を浮かべ、コウは気恥ずかしそうに頬を赤らめながら自分の村へ来る事を誘う。



「俺の家には爺ちゃんとスラミンだけしかいないし、それに爺ちゃんも女の孫も欲しかったとかよく言うんだよ。爺ちゃん、子供好きだからお前の事もきっと気に入るよ」

「いや、でも……いきなり来て迷惑じゃないのか?」

「別に迷惑じゃないよ。ああ、でも村の人から盗みとかしたら駄目だぞ。俺の家で暮らすならちゃんと仕事を手伝うんだぞ」

「仕事……あたしも仕事ができるのか?」



コウの言葉にネココは呆然と呟き、彼女はこれまで子供という理由でまともな仕事ができなかった。だからこそ他人から金や物を盗んで生きていくしかなかったが、そんな彼女にコウは手を差しだす。



「もう人に迷惑をかけない事を約束するなら一緒に連れて行ってやる。約束できるか?」

「あ、ああっ!!約束する!!もう人に迷惑をかけない!!盗むときも悪い奴等だけから盗む!!」

「いや、盗みは止めろって……まあ、いいか」



自分を連れて行ってくれるというコウの言葉にネココは嬉しく思い、彼の手を掴もうとした。そんな彼女にコウは笑みを浮かべるが、二人の手が触れる瞬間にスラミンが何かに気付いたように鳴き声を上げた。



「ぷるるんっ!!」

「うわっ!?」

「わあっ!?」



二人の手が触れ合おうとした瞬間、スラミンはコウに体当たりを行う。そのせいでコウは体勢を崩してしまい、左側に倒れてしまう。それを見たネココは驚き、コウも急に自分を攻撃してきたスラミンに戸惑う。



「スラミン!!いったい何を……!?」



コウがスラミンに文句を告げようとした瞬間、彼の視界に何かが横切った。直後にネココの左肩に衝撃が走り、彼女は唖然とした表情を浮かべる。



「えっ……?」

「ネココ!?」



ネココの声を聞いてコウは顔を向けた瞬間、彼女の左肩に矢が突き刺さっていた。ネココは呆然と自分の身体に突き刺さった矢を見つめ、やがて力が抜けたように倒れ込む。


咄嗟にコウはネココの身体を抱きかかえると、彼女の左肩から血が滲む。コウは目の前で何が起きているか理解できず、矢が放たれた方向に顔を向けると、いつの間にか男が立っていた。



「ちっ……外したか」

「お、お前ぇええっ!!」

「ぷるるんっ!?」



男は覆面で顔を覆い隠しているが、背格好から大人の男である事は間違いなかった。ネココを狙撃した男の手にはボーガンが握りしめられ、怒りを抱いたコウは男に怒鳴りつける。



「この野郎!!」

「ふんっ……そのガキを放っておくと、すぐに死ぬぞ」

「なっ!?」

「に、兄ちゃん……苦しい、よ……」



怒りのままにコウは男に駆け出そうとしたが、自分が抱えているネココの声を聞いて正気を取り戻す。ネココの顔色が悪く、明らかに矢が当たっただけにしては苦しみ方が異常だった。


すぐにコウは彼女の突き刺さっている矢に視線を向け、臭いを嗅ぐと僅かに血の臭いの他に別の臭いが混じっていた。山育ちで植物にも詳しいコウは矢に毒物が塗られている事に気付き、男を睨みつける。



「お前、毒を……」

「残念だったな……あばよ」

「待て!!」

「ぷるるんっ!!」



路地裏の奥に向かおうとする男を見てコウは咄嗟に追いかけようとしたが、スラミンが彼の前に立ち塞がる。彼の行動にコウは歯を食いしばり、このまま男を追いかけたらネココは助からない。


ネココを救うためにコウは彼女を抱き上げ、まずは怪我と毒の治療をしなければならなかった。先ほどの治療でスラミンも星水を使い切り、ネココを救うためには他の人間の助けを借りなければならなかった。

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