97.アバンレイン荒野の決戦・転4

 敵は、強かった。

 コーネリウスは、ペディアがいれば前線は大丈夫だと思っていたし、事実、今のところペディアは最前線で、完全な拮抗状態を維持していた。


 オロバス公爵のように、一気に3:7に押し負けて、そこから巻きあげたのではなく。

 ミルノーのように7:3の状況を維持し続け、それでもって8:2……いや、9:1レベルの優勢まで持って行ったのではなく。

 彼はどこまでも、5:5の拮抗を作り出していた。それは、どちらかと言えばかなり危険なものだった。


 それは、指揮官がペディアだからこそ維持できるものだった。

 それは、纏う鎧が『超重装』だから維持できるものだった。

 それは、『将軍像』による身体能力の強化を最大限まで発揮しているから維持できるものだった。


 理由は単純にして明快。兵数の差が大きすぎ、兵の質に差がないことだ。そして、指揮官の質にもまた差がないことだ。

 要は。戦略の差だった。




 包囲戦。それは、野戦において敵をじわじわと甚振るための戦術であり、敵を確実に弱らせるための戦術である。コーネリウスもグリッチも、戦略としては目指すのは包囲戦だ。

 だが、本質としては。コーネリウスの方は、長く包囲戦を続けるつもりはない。単純に、それをするには相手の兵士の数が多すぎた。


 どれほど戦争で優位に立っているとはいえ。野戦中に包囲が達成されれば、言うまでもなく有利になるとはいえ。それは、ほぼ五倍の兵力を相手にして断言できることではない。

 そう。ペガシャール帝国軍が持つ、最大最強の強みと言えば『像』による強化であることは言うまでもないことだが。

 ゼブラ公国軍が持つ、帝国軍に勝る最大の強みは、その兵数だ。

 5倍もの兵力差がある。それが何を意味するのかと言えば、『二つの戦略を同時に組み込む余力を持っている』ことだろうと思われる。


 コーネリウスは、包囲戦を行って敵の退路を断ち、速やかにグリッチの生け捕りあるいは戦死を狙っていた。

 だが、グリッチは違う。コーネリウスの包囲戦に対し、グリッチの包囲戦は兵数を減らすための包囲戦だ。戦う人間がいなくなれば、自然戦争にすらならなくなるが故の、単純な削りあいのための包囲戦を狙っている。

 だからこそ、と言っては何だが。右左翼の戦術的目標は、あくまで数によって敵をごり押しする、敵の後ろに抜けるための戦でしかない。


 兵数の差が五倍あること。ゼブラ公国はその強みを心の底から理解しているからこそ、実のところ、劣勢でも戦えていた。

 単純な算数の話をしよう。ペガシャール帝国がいかに『像』で身体強化をしているとはいえ。強いとはいえ。5倍の兵力差を覆せるほどの力にはなりにくい。なぜなら、ペガシャール帝国軍兵士を一人殺すまでに、ゼブラ公国軍兵士は4人までは死ぬことが出来る。

 ましてや、兵の質単体で言うならばゼブラ公国の方が高い。それを、『像』による身体強化と、一部の精鋭、そして指揮官の質で補う形で戦争を続行しているのがペガシャール帝国軍だ。


 ……まぁ、ここまで行くと極論にはなってくるわけだが。包囲戦を単体で行う場合、ペガシャール帝国軍よりもゼブラ公国軍の方が効果はあるし、価値も、士気に及ぼす影響も……あるいは次手への対策ですらゼブラ公国軍の方が圧倒的に楽だ。

 ゆえに、ここまで押されてなお。右翼と左翼がどんどん押されていてもなお。現状の総合的に見てペガシャール帝国軍が優勢であったとしても。


 ゼブラ公国軍は、長期的に見て優勢だった。


「……ふぅ、キツイな。」

泣き言を一つ、ペディアが漏らす。誰にも聞こえない程度の小声。聞かれたら士気に関わるゆえに。

 ペディアがこの一時間あまり、拮抗を維持できるのは、指揮官がペディアだからだ。中央最前線。そこは、魔境だった。


 右左翼が戦争で優勢を取れているのは、わかる。だが、実のところを言ってしまえば取れて当然の優勢でもあった。

 ゼブラ公国は、全軍が同質の兵を抱えているわけではない。強い兵士もいれば弱い兵士もいる。強い部隊もあれば弱い部隊もある。平均的な部隊は圧倒的に多い。


 なかでも、特別優れた部隊を、敵は中央に投入していた。右左翼で闘っている部隊より、一段階、いや、二段階程度強い部隊を相手に、ペディアたち『赤甲連隊』はたった3000人で戦線を維持していた。


 敵の目論見はただ一つ。中央突破して、総指揮官のコーネリウス=バイク=ミデウスの首を取ること。包囲戦が出来ればそれでよし。出来なくとも中央突破できるよう、中央の兵士の質は高いもので固める。そういう戦を敵はやってのけていて。

 最前線で指揮するのがペディアでなければ、とっくの昔に中央は突破され、コーネリウスの本陣が乱戦になる事態になっていた。

「……ふぅ。」

兜をわずかに脱いで、水を口に含む。熱い。『超重装』は、金属の塊で。だからこそ、中はとてもじゃないが暑かった。正直、空が曇天でなければ、戦争ではなく熱中症で兵士たちは倒れていたかもしれない。

「第15小隊!第6小隊と代われ、そろそろ時間だ!」

魔術の使い方を、魔力の使い方を学ばなければいけないと思う。そうすれば、この『超重装』には内部気温を調整する魔術陣を取り付けることが出来るらしい。


「急に環境が変わりすぎた弊害、か。」

それは、ペディアの人生にも言えることだと、彼は思う。いいや、全人類に言えることだろう。


 秩序が失われ、理不尽と不条理が蔓延る時代の中では。誰もかれもが、環境を一気に、なれる間もなく次から次へと変貌していくのだと、彼は知っていた。




 右翼と左翼が押され始めたことを理解した時点で、グリッチ=アデュールは決断を下した。

 これ以上、兵数を極端に減らすわけにはいかない。これ以上の、『ゼブラ公国の弱体化』を許すわけには、いかない。

 それをすれば、ゼブラ公国が降伏した後、ペガシャールの中でのゼブラの発言力がないに等しいものになりかねない。


 確実に、ゼブラ公国が、ペガシャールで発言力と勢力を保つために必要な力。それを維持するためには、ここが一つの分水嶺だった。

「『青速傭兵団』!」

槍を手に取る。槍術、7段階。八段階格に限りなく近いが、八段階格には至れなかったその槍を握る。


 目を、瞑った。死ぬ覚悟はあるか。ゼブラ公国のために、死ぬ気は、あるか。


「今まで俺の我儘に付き合ってくれたこと、感謝する。そして、最後の我儘に付き合わせることを、謝罪する!」

傭兵団から、笑いが起きた。今さらだ、と言わんばかりの笑い声。

 瞼の裏には、『青速傭兵団』きっての斬り込み隊長の顔が映る。剣術七段階格の、魔術の扱いに長けたグリッチの友の姿を思い描く。


 彼もまた、笑ってくれただろうか?


「我が名は!グリッチ=アデュール=ゼブラ!兄のため、国のため!この命をここで燃やし尽くすと決めた!」

魔馬、ペイラ。その中でも最も優れた名馬に跨る。グリッチはその愛馬の頸を一撫でして、言った。

「狙うはコーネリウス=バイク=ミデウスの首ただ一つ!先頭のペディアの部隊は無視して進め!かかれ!!」

ゼブラ公国の切り札、『青速傭兵団』。


 その実態は、ゼブラ公国最大の破壊力を持つ魔馬ペイラを乗りこなす最強の脳筋集団。その指揮官は、ゼブラ公国第二公子グリッチ=アデュール=ゼブラに心底忠誠を誓う近衛集団。

 『青速傭兵団』の名は、ゼブラ公国公王ギデオン=アデュール=ゼブラによって授けられた。ペガシャールで活動し、侵略の気配あれば内部から出来る限り破壊するためのスパイの集団だった。

 今でこそ、ゼブラ公国に帰ってきているが。グリッチ=アデュールはまぎれもなく公王の弟であり、それに見合った勉学を積んできた男であり、ゼブラ公国内で王を除けば最も権力の高い男に当たる。文字通り『貴族』である。


 駆けた。駆けて、駆けて、駆けて。

 跳んだ。ペディア=ディーノスの部隊を乗り越えた。アメリアのペガサス部隊は左翼にいる。つまり、魔馬ペイラが大地を蹴って空を跳ねたとして、空中でその命を断ってくる悪魔はいない。

 乗り越えた。ペディアたちは盾を正面に構えてペイラたちを受け止めようとしたが、そうは問屋が卸さない。

「あばよ、ペディア。また後で会おう。」

おそらく、あの一番大きな鎧がペディアのモノだろう。その姿を下に眺めると、笑みを浮かべて言い切った。


 貴族上がりの傭兵は、しぶとい。負けるとわかっていても、最後の最後まで、ほんの一矢でも報いようと足掻くのだ。

 目の前、敵。おそらく、フィリネス侯爵の部隊。無視をする。有象無象に興味はない、狙うは『護国の槍』の頸ただ一つ。

「正面にいる兵士は逃げろ!挟撃する!」

左右から矢の雨、そしていくつかの魔法。サウジールの言っていた通りだった。有象無象と思っていたが、柵に雁字搦めにされただけの有能者だったか、と気づく。


 彼は、俺たちを止められないことを瞬時に理解した。だからこそ、一人でも減らす方向に切り替えたのだろう。

「サウジール!第五小隊をやる、遊んでやれ!」

「は!」

横からチクチクやられると、面倒くさい。最初から正面切って戦わせた方が、俺隊の邪魔をする余裕も生まれまい。

 500が、別れた。それを無視して、ぐんぐんと進む。


 ほんの100メートルほど先に。

 『護国の槍』を含んでいるのだろう、5000を超える敵兵たちが、待ち構えていた。




 サウジールは戟を振るっていた。魔馬ペイラを狩り、フィリネス侯爵所属であろう1000の兵隊を、たった200で狩りつくそうと言わんばかりに動き回っていた。

「させん!」

だからこそ、私はそこに割り込んだ。魔馬ペイラ。騎馬と比べて図体が大きく、騎馬と比べて速度が速い。だからこそ、矢をその目と鼻の先に射掛けることで、馬自体を驚かせ、その足を鈍くしていた。


 兵士たちも私の動きを見たのだろう。矢でそんな繊細な調整をするのは難しいが、地面に落ちている小石を使ってでも、槍を振るってでも。馬たちの足を鈍らせて、『戦い』になるように持って行っていた。

「鬱陶しい!」

サウジールが戟を振る。手甲の甲面に刻んだ盾魔術を発動させ、また手首に刻んだ硬化魔術を併用して、その戟をはじき返す。

「……?」

弾き返されたことに、サウジールは驚いていた。まさか、直接戦える腕があるとは思っていなかったのだろう。

「魔術六段階、拳術五段階格の魔術拳士が、私です。コーネリウス殿やクリスのように強いわけではないですが。」

槍。これは、お飾りだ。私は槍は使えない。拳はあくまで護身術。……万が一、武器を持てない場で殺されそうになることを考えれば、私が学べるのは拳術だけだったからだ。


「サウジール=グレイドブル。貴様相手に時間稼ぎをする程度の実力なら、ある。」

「……ほう。」

勝てる、とは言わない。倒せるとも言わない。それは、万に一くらいの可能性でしかない。

 だが、乱戦のさなか、一番強い男を長時間抑え込めたのであれば。


「ゼブラ公国軍自体はペガシャール帝国軍を数で圧倒したいようですが。」

今、切り札を斬ったゼブラ公国軍の最精鋭のうち、ここに残ったのは200人。私の……フィリネス侯爵の部隊は、1000人。

「数の上では、私たちが上です。」

「ほざけ!」

数がいくらいたところで。そう言わんばかりに、サウジールはフィリネス侯に躍りかかる。


「まずはお前を秒で始末してやるよ!」

「出来るものならやってみなさい……『紫電疾走魔術』!」

馬を、狙った。落馬と、雷による恐怖狙いで。

 慌ててサウジールが手綱を引き、その魔術を戟で叩き落とす。


「うぜぇ。」

それは、当然でしょう。私がやるべきなのは、今はただ時間稼ぎ。


 時を待てば、きっと。アメリア嬢が、ペガサス部隊を率いて助けに帰ってくる。それまで耐えれば、私の勝ち。

「せいぜい、うざがってもらいましょう!」

そうして私は、時間稼ぎを遂行するべく、魔術陣を起動した。

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