93.アバンレイン荒野の決戦・承

 野戦。野戦といえば、正面衝突であり、『押し勝てば勝ち』という意識は少なくないだろうと思う。

 とはいえ、そんな単純なわけではない。力比べをしているわけではないのだ。正面から激突し、陣地の境界線から遠ざかれば遠ざかるほど負け、などという単純なルールであるのなら、戦争とは誰にだってできる遊戯である。

 では、野戦とは何か。


 一つは分断。何千何万という人間たちの集合が、一個の生命として争いあうのが戦争であるのなら。一個の強大な生命を、二個のそこそこな生命に分けてしまい、減らしていく方法。

 一つは同士討ち。一個の強力な軍として強いのであれば、内部分裂から身内同士で削り合わせ、最初から全力を出させなければよい。


 一つは混乱。同士討ちとも通じるが、最初から全力を出させない、連携させないことは、野戦で非常に重要だ。

 一つは火攻め。よく燃えやすい、草の生えた草原に限り、且つ雨の心配なく、風向きが敵の方向と同じである。この場合に限れば、火攻めは非常に役立つ。

 水攻めも同様。河川のそば、自軍に影響が少ない場合に限れば、非常に役に立つ、が……水攻めの場合、そもそも河川の近くに陣を敷いているわけで、野戦とは到底言い難いきらいもある。


 では。この場合、コーネリウス、グリッチが執ろうとしている野戦の形式は何か。


 『包囲戦』である。


 野戦であり、互いに相手と相対しあっているからこそ、正面衝突になるわけで。ではこの場合の『野戦における包囲戦とは何か』と言えば、互いの脇を超え、相手より後方に飛び出し、相手を自軍で包囲しきること。撤退を許さず、まるで胃袋でゆっくりと昇華していくかのように外側から、四方八方から、なぶり殺しにしていくこと。

 それが、互いに野戦で行う、戦の方向性だった。




 ゼブラ公国軍、その数15万。圧倒的に兵数が多い彼らは、その数を持って敵を包囲戦と躍りかかる。

 もちろん。横一列にするほど、愚かな真似はしない。大体、列にして60列分近くの兵士たちが後方に控え、突破されないだけの厚みを用意しつつの横列展開だ。しかも、互いが剣や槍を振り回して同士討ちしない、しそうになっても止められる程度の距離を用意しているだけあって、かなりの厚みになっている。そんな大質量が、横一帯に広がりながらペガシャール帝国軍に襲い掛かり……


 だが、一方的な戦にはならない。ならないことだけは、確定している。

「“拡声魔術”……スゥ。」

コーネリウスの被る兜の端に、魔術陣がきらめく。それは兜の内側を埋め尽くす、5段階格の魔術陣。

「我は『ペガサスの将軍像』に選ばれしものなり!見よ、この輝きを。受けよ、その恩恵を!」

ペガサスに乗り、槍を高々と掲げた、白い像を頭上に掲げる。槍は、どこかコーネリウスの持つ『護国の槍』に似た意匠があった。美しい。その言葉が、これほど似合うものはそうないだろうと思う。


 神々しい。この夜のモノではないような美しさ、それが空へ空へと掲げられる。

「その力を解放せよ!!」

叫び声は高く、高く響き渡る。そして、輝きは一層力強くなって、ペガシャール帝国軍を満たした。


 『ペガサスの将軍像』。その恩恵は、その指揮下にある軍兵士全軍の、身体能力及び魔力量の1.6倍化。たった3万人、兵力は5倍の差があり、ゼブラ公国軍と比べれば質も練度も劣るペガシャール帝国軍が、ゼブラ公国軍に勝てる根拠。

 それが、『像』の真価であり神髄。圧倒的劣勢にあるペガシャール帝国軍が、ゼブラ公国軍と正面切って戦うのは、『像』なくしては不可能だ。

 だが、『像』の真価はその強化能力だとして、それ以外に何も戦場で効果をなさないのか?


 そんなわけがない。そんなわけがないのである。


 まず、ペガシャール帝国軍の兵士たちの身体能力が強化された。一気に一歩、全軍が力強く前進する。

 列の最前線。ペガシャール帝国軍と一合目をぶつけ合ったゼブラ公国軍の兵士たちは、戦慄する。強い。

 当たり前だ、身体能力が1.6倍になるというのは、凡人が筋骨隆々の大男になるようなものである。その見た目に反して放たれる、純粋に高い膂力は、ゼブラ公国軍を気圧してしまう……たとえ『像』があるとわかっていても。

「必ず三人で一人に当たれ!『像』の恩恵を受けているとはいえ、所詮は力が上がったのみ!技術が上がったわけではないぞ!!」

四方八方から、似たような指示が上がる。答えるように、ゼブラ公国軍は前に出た。……だが、3対1など、容易に作らせることをしないのが、優れた指揮官であり。


 何より、3対1など作りたくても作れない、異常に優れた部隊がある。ペディア=ディーノス。『赤甲傭兵団』総勢、3000名。

 彼らの部隊が、最前線で。着実な前進を進めていた。




 うちの部隊の中で。包囲殲滅戦をされたとしても生き残れる部隊はどれか、と問われると、まず間違いなく俺の部隊の名が上がるだろう。それが、『赤甲傭兵団』、いや、『超重装』の強み。

 鎧の隙間に攻撃する。これほど重い鎧を持つ人間に行うべき攻撃は、第一にそれである。

 実際、この超重装も、関節部分は矢の一本くらいなら通せるような隙間が、たくさんある。


 この隙間に剣を差し込む、矢を穿つ。あるいは魔術で鎧ごと壊す、打撃武器で脳震盪でも起こさせる。『超重装』相手に戦いたいなら、それくらいはやってのける腕がなければいけない。

 そして、しっかりと調練された兵士たち、あるいはよほどの精鋭であれば可能だろうと、俺は思う。素人がまとう『超重装』なら、軍の精鋭たる兵士たちで壊滅させるのは、容易いとまでは言えないが難しくはないはずだ。

 だが、残念なことに。『超重装』は作成するのにかかる金属や費用の問題があり、いくらでも作れるわけではない。ゆえにこそ、これを使い熟せるような精鋭に飲み配備されている。

 つまり。『超重装』を使いこなすのが俺でなければ、俺たちでなければ、倒すのが難しくないという話。

「コーネリウスの恩恵が届いている!お前たちも体を動かすのに支障はないはずだ!醜態をさらすなよ!」

「もちろんです、団長!」

『超重装』は、重い。俺たちですら、これを着て全力で動くのは、今なお難しい。……平時であれば。


 だが、今は違う。『ペガサスの将像』によって身体能力が1.6倍された今であれば。この『超重装』を着た状態であっても、普段通りの万全な力を見せることが出来るのだ。

「とはいえ、普段通り、にしか動けないのが厄介ですな。」

身体能力1.6倍化の恩恵。それを、鎧を着て戦うというその一点に注ぎ込まなければ、『超重装』を着て動き回るのは非常に難しい。だからこそ、『超重装』は価値があり、それを着て動く俺たちの部隊は非常に優れた防御力と攻撃力を誇る。

「アデイル。普段通りに動ける時点で十分じゃないか。だって、ほら。」

鎧を着たまま、前で派手に暴れる巨体。鎧を着たまま、俺の後方で、敵に向かって曲射を続ける弓取り。ポールと、ジェイス。

「攻撃力は、自前の力で事足りる。単純に防御力が上がっただけと考えれば、十分だろう?」

「……そう、ですね。」

アデイルが納得したように頷く。鎧を着て、動きが落ちていた。防御力は高くなっていたかもしれないが、攻撃力は落ちていた。


 その攻撃力が戻ったのだ。十分の、はずである。

「関節は狙わせるなよ!お前たちなら出来るだろ?」

「応!」

関節を狙った攻撃の位置に、鋼鉄で守られた鎧を持ってくる。敵の攻撃を通さない。敵に攻撃を通させない。

 そうして、確実に敵を殺していけばいい。


「二歩分前進!!」

ザ、ザと前へ進む。その後ろから、フィリネス候の軍がついてきて、弓をせっせと撃っている。


 敵を後ろに通さない。そうすれば、味方からの援護射撃が受けられる。

 直実に、着実に。俺たちは歩を進めていた。




 中心は問題ない。ペディアが負ける心配はない。そもそも『超重装』という装備が優れているうえに、それを用いるのが『赤甲傭兵団』という百戦錬磨の戦闘集団であり、指揮するのが『四大傭兵部隊長』の名を得るペディアである。心配するだけ無駄だ。

 それより右・左翼である。なけなしの貴族軍。練度は高くなく、連携があるわけでもなく、指揮官が優秀なわけでもない、右と左。

「ミルノー、左を任せられるか?」

「承知しました。右は?」

「クリスがやる。」

「なるほど。」

「オロバス公。あなたの戦果を挙げられたらいかがです?」

「……そ、うですな。では、戻ると致しましょう。」

馬に乗って去って行く彼の背を目で追う。……オロバス公は戦場で活躍が出来る武人ではないが、指揮官としてはそこそこだろうと思う。あってくれという願望だろうか。


 サッと、左右を見渡した。戦は、まだ。これからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る