87.夜はまだ明けない

 それからのことは、軽くにしておこうと思う。

 これ以上は、語るべきことも少ないんだ。

 リューの葬式は、いや、この戦での死者たちの葬式は粛々と行われた。

 盗賊たちも、一人残らず。死者は死者として弔うことにした。……分けて燃やすのが、面倒くさかった。誰一人として、そんな体力を残しているものがいなかった。


 赤甲傭兵団は、復興支援にまで手を貸す真似はしなかった。俺たちは傭兵で、何でも屋じゃない。戦うのが、仕事だ。

 そう言って出て行こうとする俺たちを、村人たちが総出で止めた。止めたというより、あれは懇願だった。


 連れていけ。お願いだ、連れて行ってくれ。

 もうここには軍隊はいない。ディーノスはいない。そして、2年間もの長きにわたって彼らを守った傭兵たちが、一人残らずいなくなる。

 生きてはいけないと、農夫たちは言った。女も、子供も、老人も。一人残らず、迷わずそう断言した。


 いうことはわかる。今回の盗賊は、トップがあれだった分、巧妙さが目立った……いや、盗賊らしくなさが目立っていたが。他の盗賊が来たとしても、在り方自体は変わらない。

 盗賊の目的。金品の略奪、食糧の強奪。働かずに生きていくためにはどうすればいいか。親のすねをかじる?まさか。それ未来にある袋小路の入り口だ。

 働かずに生きたいなら、奪えばいい。奪うことが、未来を閉じることには、ならない。……それが、今の理不尽と不条理だ。


 ディーノスが生きていたなら。国に、貴族に仕える兵士がまともに機能していたならば。その時は、農民たち、村人たちも生きていけないなどといわない。

 まともに機能していたなら、ペディアたちが二年も傭兵としてこんなところで足止めを食う目には合っていない。

「……。」

2年。2年もの間、彼らとともに、盗賊の襲撃を生き抜いた。だから、俺は彼らを信じている。


 2年という月日は、人を信じさせるに十分な時間だ。人に情が湧くのに十分な時間だ。俺とて、彼らをおいて行きたくはない。彼らをおいて行くということは、この過酷な世界で、彼らを見殺しにするということとほぼ同義だと、知っている。

 置いて行くならエリアスもだ。次に彼と会う時は、墓場の下の可能性が高い。いやだ。いやだが……俺は、村に責任を終える器ではないと、知っている。


 あるいは。村の襲撃に固執されたのが、俺の責任だったと知っているから、というのはどうだろう。俺は……こいつらを追い詰めた直接的な原因は盗賊だが。遠因は、俺だ。

「俺は傭兵だ。戦場の中でしか生きれねぇ。」

あぁ、と思った。心の中で、何かが変わった気がする。


 人の執着を知って。人の正義を知って。

 俺は、何だろう。この乱世を、早く終わらせたいと思った。

 だって、考えてもみろ。世界が理不尽や不条理であふれた世界でなければ、ペガシャールはディーノスは必要なかったじゃないか。ディーノスが必要なければ、俺と父は昼行灯でいられた。昼行灯でいれるなら、俺たちは滅ぼされることも追放されることもなかった。


 もっと上ならどうだっただろう。わからない。でも、ディーノスには関係がなかったはずだ。

「だから、まぁ。盗賊のまねごとをするなら、止めねぇよ。」

瞬間、アデイルが俺の頬を叩き飛ばす。痛い。彼が怒るようなことを、俺は言っただろうか?

「ペディア!お前の父は、フレイルは!貴様に盗賊になることを望まなかったぞ!」

「だから、俺は傭兵を続ける。俺たちは傭兵団だ、アデイル。足手まといの、自衛の術もない戦力外を抱えて傭兵を続ける気はない。」

「護衛もしないと?」

「しない。アデイルよ。俺は猟犬だ。少なくとも6年前、リーナ様やアレイア男爵の家の連中は、こぞって俺を『猟犬だ』と言った。」

「知っております。優れた猟犬であるよう、他でもない私が、あなたを磨き上げたのです。」

だよな。知っているよ。なのに、なぜお前は、そんなに怒る?

「猟犬には飼い主が必要だ。俺は自分で自分の飼い主を見つける。そのための邪魔を、されては困る。」

「……。」

アデイルが完全に黙り込む。飼い主を探す旅。それは、赤甲傭兵団が本質的に求めているものだった。目的なき放浪ではない。ただ、猟犬は、オオカミではない。それだけの話。


 その猟犬を、首輪なく飼いならそうとされているに等しい行為だった。違うか。猟犬を、番犬として扱おうとする行為だった。

 ペディアには、到底、認められない。

「では、こうしましょう。村ごと山に引っ越します。」

エリアスの父が言った。俺とアデイルのにらみ合いに介入して。

「山賊のように山の中に立てこもり、そこで農業を始めましょう。賊徒に襲われても対応できるよう、柵を十全に作り上げ、山一つを覆うように。それで、どうですか?」

「なぜ、俺に聞く。お前たちの好きにするといい。」

怒りを込めて俺が言う。その俺に向けて、彼は笑った。

「何のことはありません。ここを、赤甲傭兵団の拠点にすればいいのです。」

村人たちから何かを奪うのでも、盗賊として立ち上がるのでもない。

「あなたがたが帰ってくる場として、私たちは、山に拠って新たな村を立ち上げる。あなたたちは、好きに主を探しに行かれるとよい。」

その時、俺は何と言っただろうか。でも、確かに彼らは山に拠り、俺たちの帰る場所を作り上げ……村長が生きていたから、エリアスも赤甲傭兵団の指揮官の一人として迎え入れられた。


 妻を失った悲しみを、旅で癒せることを願う。それが、エリアスの父の望みであり……


 俺たちは、国中を歩きわたることにした。

 時に三日程度の小競り合いの依頼を受け。時に商人執事の依頼を聞き届け。時に小さな盗賊団を壊滅させ。

 村人たちの訓練は、ポールやジェイスが行った。一つの村が、赤甲傭兵団の予備団員として鍛え上げられていった。


 そんな中、俺は……ペディア=ディーノス、片田舎の私属貴族の執事階級だった男は。生まれながらの猟犬は。

 その飼い主たる男、『ペガサスの王像』に選ばれし王、アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシアに、出会った。




「傭兵団というより義賊になってるじゃねぇか。」

クリスの第一声だった。それは、話の終わりを察したからだろう。相変わらず賢い奴だ、と思う。

「当時の俺はその義賊って言葉を知らなかったが……そうだ。」

義賊。世直しをすることを求めて集まった反乱軍、と捉えられることがあり、別側面では民衆のために一旗上げる正義の味方として捉えられることがある、一つの単語。

 正確には。権力者的には悪ではあるものの、非権力者的には正義である集団のこと。


 だが、通説とも、正確とも違う実態は。


 国民を守る義務を持つ国の軍への期待を切り捨てて、己らだけで己らの命を守ることを決めた、一つの国。そういうものである。


「今はまぁ、大丈夫だろうと思っている。陛下なら何とかしてくださるだろう。」

「ペディアは陛下を過労死させる気なのか?」

「まさか。過労死するのはペテロさんだろう。」

「どっちにしろ過労死するのは変わらないのか……。」

人材不足は深刻だな、と思う。とはいえ、俺が国の経営に関われるほどの知識を持っているでもなし、だ。


「ゼブラ公国占領なんてしたらまた仕事増えるんじゃ……。」

「いいや、そうはならないさ。陛下は公王を処断する気はないはずだ。」

「自害されたら?」

「速やかに次の継承者が後を引き継ぐ。」

ようは、法や治安制度については何一つできていないから、こっちが安定するまで従来通りの統治を引き継げと、そう言うわけだ。

 エゲつない要求をしている。法が出来れば従え、それまでは従来通りの方法を取れ。これが、法の機能していない国なら問題はなかった。だが、ここはゼブラ公国。


 早々にペガシャールに見切りをつけて、独自の裁量で統治をおこなってきた新興国家。まだ、法が廃れるには早すぎる。

「勝てばいいのです。」

コーネリウスが目を瞑ったまま言う。それに、俺は笑うしかなかった。

「勝てるのか?」

「野戦なら、まず確実に。ですが、あの魔馬だけは少々厄介です。」

「アメリア様が相手をするのでは?」

「いいえ。アメリア嬢だけでは難しい。」

ペディアが断言した。アメリア様の天馬騎兵団では、敵の魔馬の部隊を倒せないと。


「どうしてだ?」

「足の速さが違う。残念ながら、地上を駆ける魔馬たちの方が、天馬より速い。もちろん、アメリア嬢ほどのペガサス使いの腕があれば、魔馬と追いつくのは可能でしょうが……。」

「無理ですね。未来のことはわかりませんが、今は私と同じだけペガサスを駆けられる兵はいません。」

彼女が断言。その瞬間、魔馬の部隊をアメリアが相手するという選択肢は消えた。


 彼女一人で、魔馬の部隊を相手取ることはあり得ない。アメリアはとても優秀な指揮官だ。彼女が今いなくなれば、今後のペガシャール帝国の動きが一気に狭くなりかねない。

「ということでミルノー。何かないか?」

「いきなり無茶ぶりをおっしゃられますね。……ありますよ。」

魔馬を止める兵器。ミルノーはそう断言した。

「あの魔馬、生物なのは変わりないですよね?でしたらこれで制御は狂わせることが出来ますよ。」

彼が取り出したのは、閃光玉だった。

「周辺50メートルを一気に光らせる優れものです。難点は、人が投げるしかないため、魔馬の部隊が見えた時点で投げないと全馬に目潰しが効くわけではない点。」

そして、数が、10しかないことだと、彼は言った。


「各像の部隊に一つずつ。オロバス公にも一つ。後はどうしましょう?」

「私にはいらないわ。代わりと言っては変なんだけれど、フィリネス候にあげてもらえる?」

エリアスがピクリと顔を震わせる。……2年前、表情が消えたかと錯覚するほど感情表現が消えたエリアスの頬が、時たま動くようになった。

 いい傾向だ、と俺は思う。ずっと、よほどの少数にしか表情を動かさないエリアスのことを、村の奴らは心配してきた。

 リューさんも。彼女もきっと、夫が再び笑えるようになる日を、心から切望しているに違いない。そう思い込みながら、彼の変化を喜んで見せる。

「あの人、出来たら、私は……。」

「エリアス。フィリネス候はどこをとっても貴族よ。腐敗貴族ではなく、正真正銘の。アファール=ユニクの系列として、私が保証するわ。」

「その貴族の在り方が!盗賊を生み出すことになったのでしょう!!」

「それでもよ、エリアス。……それでも。農民のために貴族が我慢するようじゃ、いけないの。」

グッと、エリアスがほぞをかんだ。わからない、のだろう。理解が出来ないのだろう。表情、雰囲気、あるいは目に籠る力からも、それが見て取れる。


 でも、アメリアはそれ以上言わなかった。

 弱者……農民の視点だけで見ていては、貴族側の、農民に配慮した政策を『取るわけにはいかない』理由に納得を見せられないのがわかっていたのだろうと思う。

 俺も、わからない。


 ただ、わかるのは。前提知識が不足しているから、俺たちには語れないのだという、ただそれだけで。


 クリスも、コーネリウスも、それに対しては何も言葉を繋げなかった。フォローすることもなく、アメリアを正すでもなく。


 アメリアが、『貴族として』『政治家として』見れば正しいと、彼らは無言の主張をしたままで。

 ……とりあえず、勉強からだな。俺とエリアスは互いに顔を見合わせ、頷いた。

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