32.名装作りのバーツ

 ペガシャール王国、その叡智の集積場、『ペガシャール大図書館』、通称『クカス』。

 その近隣を根城にしていた賊徒は、アシャトたちの手によって崩壊した。

「そこ~。作業が遅れているぞ~。ほかに人手を回すか~?」

「お願いしますだ~、アシャト様~。」

それから、四日。二千人余りの人手を、八百人ずつ二回に分けて駆り出しながら、アシャトたちはクカス近隣の整地と農耕作業を、降伏した賊徒たちと共に行っている。

「アシャト様、賊徒が貯蓄していた金銀の検分、終わりました。どういたしますか?」

「ペテロにその測定結果を持っていけ。あと、これを渡しておいてくれ。」

二千人を二つに分けて、八百人ずつ動員すると、二百人前後余る。その二百人ずつがローテーションで何をしていたかといえば、賊徒のため込んだものを引き出すという作業だった。

「金銀は、図書館に持って行っておこう。いったんあの場所は誰も入れないよう、閉鎖しておきたい。」

「金銀を置くからかい?」

「いや、違う。おそらくあの場所には、失われたこの国の歴史があるからだ。」

何を思って、どういう意図で、どういう風に人材を配置したのか。領地を与えたのか。

 表ざたにできないような歴史史料が、いくつもあるのは目で確認していた。

「俺がいったん魔力を流したおかげで、いったんは機能を取り戻した。その機能を、誰も入れない、という方に変えてもらうだけだ。」

歴史史料だけではない。当時の技術力ではできなかったような、とんでもない研究資料や、力量不足で扱われなくなった魔法資料もいくつもあった。

「門外不出の品は、管理できるまでは外に出せないようにしておくべきだ。」

ついでに金銀を集めておくだけだ。そういうと、アシャトは農地の方に目を向ける。

「やはり、一石二鳥ではいかないか。」

「だな。メリナが『ペガサスの工作兵像』の力を大いに使って土地を作り替えてはいるが……。」

「湿地帯はさておき、森林を伐採して農地に変える、というのはな。時間がかかって当然だろう。」

昔はここも、人の手が加えられていた。しかし、二百年も手付かずになれば、土地は荒れる。

 メリナが得た能力は、大きく強くはならなかった。もともとが前線に携わるような役割ではないためだろう。それがわかっているから、年齢を無視して、彼女には能力を与えたのだが。

 ちなみに、まだマリアの方には『ペガサスの智将像』は与えていない。彼女にそれを与えて反乱でも起こされたら、俺たちに止める術がないからだ。

 『ペガサスの工作兵像』。それが得ている基本能力は、まず、基礎能力の強化。身体能力、魔力共に、元の人間の1.2倍になる、というものだ。

 他には、“持ち運ぶ罠”。罠を作り、保存し、土地に後付けで設置できる能力。土地の質は後付けする方の土地の質と同じになる。しかし、元から準備していないものは持ち運べないため、たまにメリナはオベールを連れてふらりといなくなっては元々設置していた罠を回収しに行っていた。

 もう一つは、“あるべき地盤”。罠を作るのにも、地盤は大切だ。自分の理想の地盤に作り替えることができる。ただし、その広さはレベルによって異なり、また次の発動までの時間もレベルによって異なる。レベルが1の時点では、20メートル四方で、再使用までに三時間。

 エルフィが言った「メリナが力を使っている」というのは後者の能力だ。その能力のおかげで、徐々に徐々に開墾の速度は上がっていた。

 最後にもう一つあるはずの、メリナ自身の固有能力については、まだわからない。

「まさかこんな使い方があるとは思ってもいなかったよ。長生きはしてみるもんだね。」

ディアがそれを眺めながら見る。もしもディアの言う「レベルが上がる」が成立すれば、一気に農作業を発展させることもできるかもしれない。

「まあ、結局農業をするのは農民だ。君がやるべきは、農民の人望を勝ち取ることだね。」

まあ、すでに結構な人望は勝ち取っているけれど。ディアはそういうと、小さいサイズに戻る。

「さて。じゃあ、金銀の検分に行こうか。」

ディアが率先して前に進む。俺とエルフィも、少し面倒くさそうな顔で、後に続くのだった。


 俺たちが見たのは、信じられないような額の金貨の山だった。

「おい、これ?」

「近隣を通る商隊を襲っていたらしいな。しかし、多いな。」

しかも、どこの国の通貨である、とかいう一致がない。ペガシャール王国の金貨銀貨だけでなく、ドラゴーニャ王国、グリフェレト王国。ヒュデミクシア王国など、とんでもない数の貨幣が転がっていた。

「……ダメだな、こりゃ。」

「そうか?もしかしたら、という勘みたいなのはあるぞ?」

あまりに多く、あまりに秩序がない。そんなものを押収したところで、国のものにできようもなかった。

「ペガシャール貨幣は国庫に、装飾品は折を見て流通に……保存状態が悪いな……。」

錆びているもの、光沢が失われたものがあまりに多い。

「どうする?むしろ新品を買った方がいいと思うほど、歴史的価値もないぜ?」

「だな。……待てよ、新品か……。」

うちの国には、鉱山はもうない。金銀は他国から輸入し、加工して販売している始末だ。

「確か奴隷にされていた民たちにドワーフがいたな……。」

彼らは、その体躯が小さいこともあり、農業をすると時間がかかる。それを補って余りあるような鍛冶技術が彼らの持ち味だ。

「作らせるか。」

「ああ。……料金の支払いができんぞ?」

「それこそ、ここにあるペガシャール金貨で払えばいい。」

そう言うと、サッとドワーフたちが集っている一角に向けて歩き出した。

「ドワーフの長はいるか?」

俺が声をあげると、村人の一人が出てくる。違う、こいつじゃあない。

「案内します!こちらへどうぞ!」

焦ったように声を上げつつ、俺を先導いていく。

「普通向こうが出向いてくるもんじゃないの?」

「いや、民に何を望んでいるんだ、ディアは。」

軽口をたたき合いつつ進む俺たちの先には、一つ急造のものだとわかる鍛冶屋があった。

「お頭!!アシャト様が参られましたぜ!!」

「なにぃ?早すぎるぞぉ!」

言いながら出てきたドワーフは、汗だくで外に出てきた。

「早すぎる、とはどういうことだ?」

「……その様子だと、俺の部下とは会っていないので?」

どうやら、このドワーフの主の方も俺に用があって、伝令を走らせていたようだった。

「いや、会ってはいないな、すれ違いになったのだろう。お前に用事があったのだが、後の方がいいのか?」

「いえ、今の方が都合がいいですな。少々お待ちを……こんな格好じゃ示しがつきませんので。」

別に気にしない、とは王たるものが口にできるセリフではない。

「まあ、そなたが気にするならそれなりの格好をしてまいれ。」

結局、どっちつかずなより高圧的な言い方しかできない自分に、少し嫌気がさした。


「さて、アシャト陛下。……私の方の要件から申し伝えてもよろしいですか?」

ドワーフの長、バーツは言った。もちろんだ、と俺は頷きを返す。俺の予定は、後回しでも……それこそすべてが終わってからでも構わない。

「この武器を献上いたします。クカスの棟梁は俺の仕事など見に来ようとしておりませんでしたからな、与えられた素材で作った、最高品質の武具でございますれば。」

彼は目配せして、十社に四つの箱を持ってこさせる。それを机の上に置くと、従者たちが一つ一つ丁寧に、その箱を開けた。

「これは……ほう。」

エルフィが感嘆の息を漏らす。たった四本、されど四本。素晴らしい出来の武器だった。

「これを、どうやって?」

俺は、これだけの武器を作れたとして、素材をどうやって確保したのだろう、と気になった。

「陛下は賊徒が溜めていた財を見ましたか?」

「ああ、見た。」

見たからここに来たのだ。という言葉は飲み込む。

「あの中で、使い物にならないもの。価値を失った魔鉱や魔鋼。それらを用いて作り上げました。棟梁にはただの武具に金箔を塗っただけのものを届けさせると満足していましたので、完成品は俺が、と。」

ずっと隠し続けていたのだろう。だが、そうしたくなるのもわかるような一級品だった。

「これなら、俺の話もしやすいな。」

威厳という皮をかなぐり捨てて、有用な人間を部下にするべく落としにかかる。

「賊徒から回収した財。その中で使えるものとペガシャール貨幣を除いた、全財宝。」

そこまで言うと、目の前の男にも何を言おうとしているのか分かったのだろう。目を丸くして俺を見つめている。

「その全てを、お前にやろう。高官、将軍のための武具。あるいは下賜するための装飾品。それを作ってはくれないか?」

ようは、国王付きの専属鍛冶師になれ、という誘いである。

「まだ出会ってそう長くないのに、良いのか?」

「ああ。純粋な腕を見込んでの頼みだ。……この武具は、俺の部下に与えることになるが。」

自分は前線で戦える人間ではない。いい武器は、いい武人に与えられるべきだろう。

「わかった!あんた、気前のいい国王だな!」

「裸一貫だからな。気にするしがらみがない間に、得られるものをすべて得ておきたいのさ。」

そういうと、箱の中の武器を見る。剣が一本。槍が二本。そして、弓が一つ。

「エルフィ。好きな方の槍を選べ。」

「もう一本はどうするんだ?」

「次に会ったときにアメリアに渡す。一つは、お前のだ。」

そう言うなら喜んで。エルフィはそう言うと、少し重めの、威厳のある方の槍をひっつかんだ。

「銘はなんという、バーツ?」

「ディルフェーロだ。愛用してやってくれ。」

「もちろんだ。……道示す槍、か。全く、因果な……。」

アシャトに「皇帝になれ」と言ったときのことを思い出しているのだろう。

「本当に、な。これからもよろしく頼む、エルフィ。」

「ああ。もちろんだ。」

俺とエルフィは互いに目を合わせ、にやりと笑う。

「本当に仲がいいねえ、君たちは。」

ディアが割り入るように、俺たちの間に入った。

「こんなことならエルフィもちゃんとアシャトの力になるって宣言すればいいのに。いつまでも客将の立場でいるんじゃなくてさ。」

「それはいいが、そうなると権力が分散しないか?」

「今はなりませんね。国が安定していない。アシャト様をあなたが旗頭に据える限り、内部分裂は起こらないでしょう。」

第一、『ペガサスの王像』に選ばれているのはアシャト様ですから、と続けながら、この火事場に誰かが入ってくる。

「あ、ペテロ。……すまん、勝手に決めた。」

「ええ、構いません。私もあの財宝を確認しましたが、そうするのが最も無難でしょう。それに、他国の貨幣も盗んだものです。我が国で使うわけにもいきません。」

そのうえ、なら返還、というのも問題が出る。王が不当に他国の金を奪った、という話になりかねないからだ。

 たとえ賊徒の蔵から出てきた金だとしても、返還するときには『ペガシャール王国が戦利品として得た金』である。問題にならないわけがない。

「じゃあ、問題はないってことで。残りの三つの銘は何?」

ディアは面倒くさい政治の話よりもこっちの方に興味があるようだった。本心を言うと俺もそうだったので、「サンキュー」とディアに心の中で言っておく。

「剣はイプニファス、槍はハスファール、弓はエキスニア迷いなき誠エキスニアと付けた。」

堅実な前進イプニファス人目惹く蝶ハスファール迷いなき誠エキスニア。また、なんというか……。」

「魔導用語から引っ張ってくるのはいいですが、ロマンチストなのか、なんなのか……。」

「気分だ。」

俺たちはげんなりと肩を落とした。格好いいから構わないが、むしろ銘はない、の方がよかったのかもしれない。

「さて、アシャト様。明日でいったん手伝いは終了して、旧王都ディマルクに向かいましょう。」

「いいのか?農民の方は?」

「このままずっとここにいれば、敵にレッドたちに攻撃されたときに対応できません。早く戦力を集めることを推奨いたします。」

マリアに相談してからな、というと、「構いません」と返ってきた。この男も、彼女の有用性は認めているらしい。

「来るか、バーツ?」

「俺は、戦えねぇぜ?」

「王宮の装飾も見てもらいたいんだ。国の顔になるから、それなりの姿にしなきゃいけない。」

そういうことなら、と、彼はすぐさま外に出た。

 ドワーフの長の引継ぎだろう。一日で終わってくれたらいいが、と思いながら、俺は外へ向かう。

 剣は、ペディアに贈ろう。そう、決めていた。

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