うさぎ②
「タ、タケル、さんっ!?」
うさぎが驚いて身体を跳ね上がらせ、ドアと
初めからそこにタケルがいることがわかっていたように、斑鳩は肩を竦めた。
『っ、
「わかんなーい、そうなんじゃなぁーい?」
『よぉし、わかった! なげぇぞ、すっっっげぇぇなげぇからな!? 覚悟しろよ、お嫁さん! 絶対に逃がさねぇからなァ!』
唖然としているうさぎを他所に、タケルはすぅぅぅぅっと大きく息を吸った。
『まず第一に!――おっぱいがデカいところが好きだ!』
ふぇ? とうさぎが顔を赤くし、斑鳩は「んぐぶふっっっ!」と盛大に吹き出した。
「あんた、まずそこなの? いやあんたがうさぎのおっぱい好きなの、知ってたけどね?」
『格好つけてもしょうがねぇ、しょっぱなはこれだろッ! いやこれは正直ずっと前からなんだよ……デケェ、すげぇ揉みてぇ、そうやってずーーーっといやらしい目でお前を見てた! 童顔で背も低いのにデケェとか、普通に考えてたまんねぇだろ! これはもう、ちょっとした背徳感と言ってもいい! あのかぁいらしい童顔とバインバインのおっぱいを俺が独占したい! おうそれが一つ目だ文句あるかぁ!』
普段あれだけムッツリスケベなところを隠してきたのに、ここに至ってフッ切ったらしい。
熱が入り過ぎなのとやけくそ気味なので、ちょっと声が裏返っていた。
うさぎも……タケルとすでにそういう経験があるので、心当たりがあるのだろう。
顔を真っ赤にして胸を持ち上げながら、「どおりで……」という顔をしていた。
『次に、お前の顔が好きだ!』
「んふ、外見ばっかじゃないの」
『うるせぇ杉波は黙ってろ。嬉しい時、悲しい時、自信満々の時、ふてくされた時……お前いつも、表情がコロッコロ変わるんだ。見てて全然飽きないから、もっと喜ばせてやりたくなったり、からかってみたくなったり……笑っている時の顔がめちゃくちゃ可愛いから、ずっと撫でてやりたくなって……本当に全部、全部全部愛おしいんだ。でも悲しませたくないから、お前を泣かせるのだけは絶対にしないって心に誓ってる』
「絶賛、泣いてるんですけど?」
『ごめんな、泣かせて。でもやめねぇぞ! 次はお前の髪が好きだ! お前はくせっ毛で、本当は
「舐めたこともあるわけね?」
『うぐっ――あ、あるッ!』
「さすがに引いたわ」
『そんで次に――』
タケルは一呼吸置いて、少し声のトーンを落とす。
『次に俺は、お前のかっこいいところが好きだ』
これまでで一番照れ臭そうに、タケルは続ける。
『いつも泣きそうなのに、それでも歯を食いしばって戦ってきたお前の姿を、俺はずっと見てきた。こんなちいせぇ身体のどこにそんな勇気と根性があんのかって、いつも驚かされてた。俺が戦ってる時も、遠くでお前が見てくれている……守ってくれているって考えるだけで、安心して剣を振るえた。お前、スコープ覗いてる時の自分の顔、見たことあるか? すげぇぇぇかっこいいんだぞ……瞳は鷹みたいに鋭くて、絶対に敵を逃さない、絶対に仲間を守るって意志がビシビシ伝わってくるんだ。あんなん、惚れるなって方が無理な話だろ』
「……それは心から同感ね。私もよくあんたのスポッターをしていたけれど、ほんとしびれる顔してるのよ。大丈夫よ草薙、ちゃんと聞いてるみたいだから、そのまま続けなさい」
『そうか! まだまだ全然たらねぇから覚悟しろよな!』
タケルはその後たっぷりとうさぎの好きな箇所をつらつらとノンストップでしゃべりまくった。
斑鳩が適度に茶々を入れたり相槌を打つのは、タケルの告白が独白にならないようにしてあげているのと、うさぎがちゃんと聞いていることを伝えて安心させるためだ。
うさぎは下を向いたままだったが、タケルの一言一言に表情を変化させ、大粒の涙をこぼしている。
彼の言葉に一つも嘘が無く、本気でそう思っているのだということがうさぎにも痛いほど伝わってきていた。
タケルに恋愛対象として見られるような決定的な出来事は無いとうさぎは勝手に思っていたけれど、本当はたくさんあったのだ。
いくつもの些細な好きが重なり合ってできた愛が、確かにあったのだ。
『そんで次はァ!』
「んー、そろそろ化粧直しの時間がなくなりそうだから、〆に入ってくれるかしらん?」
『は!? まだ半分もしゃべってねぇぞ!? このままじゃ俺、ただのおっぱい大好きマンじゃないか!? 大丈夫!?』
「そこは大丈夫じゃないけど、なんかそっちもギャラリー増えてるみたいだしねぇ?」
斑鳩はタケルがしゃべってる横で、何人かの声が聞こえてきていることに気づいていた。
耳を澄ませてみれば、みんなの声が聞こえてくる。
『うぅぅぅっ、お兄ちゃん、がんばって、もし振られちゃってもキセキがいるよぅ』
『やめんさいキセキちゃん、もう絶対にあたしらに勝ち目無いから。つか、愛が重いのはわかったけど……ふふ、タケルの声カッスカスになってる』
『最初は野球の応援団みたいだったが、ヘヴィメタル感が出てきたな……』
これはキセキ、そしてマリと桜花で間違いないだろう。
『ヘヴィメタル? 重い金属……ハッ! 愛が重いからか! なるほどヘヴィメタ深いな』
『ま~、草薙君の生き方はわりとヘヴィメタかもね~。真っすぐで荒々しいのに繊細だし~』
これは、カナリアと
『んだよくそっ、このままじゃウェディングケーキの生クリームが悪くなるだろうがっ、さっさとしろや草薙ィ……! うちはパン屋なのに慣れねぇケーキ用意してんだよっ!』
『キョーちゃんやめてよ、ドラマチックなんだから茶々入れないの』
『茶々ぐらいいれさせろっ、俺がどんだけ酒の席でケーキなんてチャラチャラしたもん作れるかっつって断ったと思ってんだ!』
『キョーちゃんが考えたあんこ入りマリトッツォだって十分チャラチャラしてるでしょ!』
こちらは、パン屋をやってる
『なるほど。草薙の始末書が長い理由が判明したな』
『あー……彼の無駄に長いですよね。感情がこもってる始末書を書く人って、なかなかいませんよ』
『その上、感情しかこもっていないのが問題だ』
『ま、情熱的いいじゃないですか。どっかの朴念仁より全然いいと思います』
『? 誰のことを言っている?』
こっちは審問会副会長になった鐵隼人と、エグゼ隊長の
『ところで、草薙とうさぎ嬢の子供ができたら、かなりハイスペックにならないか?』
『ふむ、確かに遠近両方とも……ってあなたねぇ、それセクハラで訴えられますよ?』
『何? どこがセクハラなんだ? 宗教の禁忌はよくわからん』
『私はもう残火の信徒じゃありません、というか何故あなたなんかが結婚式に呼ばれているのです!? たいした交流も無いくせに!』
『二人とは戦友だ、当然だろう。むしろ貴殿こそ呼ばれるような仲ではあるまい』
この言い争っている二人は、元純血の徒のセージ・ヴァレンシュタインと、元神々の残火の帝柚子穂。
皆、タケルとうさぎの結婚式のために集まっていた。
きっと式の前におめでとうの挨拶にでもきたのだろう。
タケルのせいで絶賛渋滞中だった。
斑鳩が盛大でわざとらしい咳払いをしてみせると、各々空気を読んで黙り込んだ。
そんな中、タケルは静かに、最後の好きをうさぎへ送る。
『うさぎ、俺がお前のことを好きだって気づいた時のこと、まだ話してないよな』
ドアに手をついて、タケルは頬を赤く染めながら当時のことを語った。
『お前は覚えてねぇかもしれないけど、あの日、任務から帰ってきた俺達に、まだ予備隊員だったお前がお茶を出してくれたんだ。手作りのクッキーつきでさ。あの時……ハートのクッキーが俺のとこだけに入ってたよな』
ハッとして、うさぎはその時のことを思い出していた。
なんでもない一日だった。本部に残っていて暇だったから、クッキーを焼いて隊員たちの帰りを待っていた時のことだ。
確かに作った。
タケルにだけ、ハート型のクッキーを。
『あれをもらった時に……草薙だけ特別です、って言って、お前は俺に微笑んだ。あん時の笑顔も、クッキーの味も、今日まで忘れたことは一度も無い』
「……っ」
『あの時、俺は思ったんだよ。ああ、お前の特別でいられることが、こんなに嬉しいことなのかって……あの特別な笑顔も、特別なクッキーも、誰にも渡したくねぇって心の底から思ったんだよ。お前を独り占めにできるのは、俺じゃなきゃ嫌だって、そう思ったんだよ……!』
軽くドアを叩く音がする。タケルが呼ぶ声がする。
なんてことだろう、とうさぎは思った。
自分が思っていた以上に、小さなことの積み重ねが彼の心を動かしていた。
多くの戦いも、青春時代の思い出も、掛け替えのないひと欠片なのだ。
戦争の後、学園を卒業して審問官になった後の日常だって、同じぐらい大切な日々なのだ。
なんでもない日々の、なんでもない事の全てが、タケルがうさぎを好きになる理由になっていった。
それがわからないなんて、なんて鈍感、なんてダメな女なのだろうとうさぎは思った。
けれどそんな自分を、彼は――
『だから頼む! 俺が愛しているお前自身を、認めてくれよ……!』
――彼は、愛していると言ってくれている。
頭を下げるように、懇願するように、愛を示してくれている。
これだけのことをさせて応えられないような西園寺うさぎは、きっと嘘でしかない。
草薙タケルが愛した西園寺うさぎはここにいるのだと、教えてあげなければ。
◆◆◆
ドアが開き、廊下に蛍光灯の光が差し込む。
悪戯っぽい笑みを浮かべた斑鳩が、ドアを開けて身を引く。
すると入れ替わるように、涙でべちゃべちゃになった笑顔の、情けなくも愛らしい花嫁が、ドレスの裾を引きずるのも気にせずに駆け寄ってくる。
「タケルさん! わたくしも、あなたを愛しています!」
その小さな身体を抱きとめて、彼女の柔らかさを味わい、匂いを肺いっぱいに吸い込む。
それだけでタケルの心は満たされていく。
「ったくよぉ。不安にさせんじゃねぇよ……もう二度と離さねぇからな」
タケルが安堵した声でそう言うと、うさぎは涙で化粧の崩れた、けれどもこの世の何よりも愛しい笑顔を向けた。
「はいっ。だってわたくしは、あなたの――」
息を吸い、解き放たれた心でその言葉を口にする。
「――あなただけの、お嫁さんですものね!」
タケルはその迷いのない笑顔を見て、思い出ごと抱きしめる。
前にも同じようなことがあったのだ。
まだうさぎに恋をする前のこと。
彼氏彼女の振りをして、西園寺家にお邪魔した日の帰りに、うさぎに腕を組まれた時のこと。
あの時タケルは、『こんな可愛い奥さんがいたら、そりゃあもう幸せだろうな』と、そう思ったのだ。
あの時の思い出も、これから紡いでいく思い出も、色あせることはないだろう。
小さな好きが積み重なって産まれた愛が、今確かにここにあるのだから。
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