マリ②
タケルが足を止め、呆然と立ち尽くす。
マリもまたそこにあるはずのものが無いことに、一瞬言葉を失っていた。
「タケル、ここって」
「そんな……嘘だろ、予定ではまだ先のはずだろうが……!」
切羽詰まったように、タケルが前に出る。
そこはかつて、小さな廃遊園地のあった場所だった。
マリにとっては、養護施設の子供達との思い出の場所だ。
マリは子供達に本物の遊園地に連れていくと約束し、この廃遊園地の設備を魔法で動かそうとしたことがあった。
まだ魔法をうまく扱えなかったマリは動かすことに失敗したが、子供達はまるでそこに遊具が蘇ったかのように振舞い、泣きそうだったマリの前で遊んでみせた。
掛け替えのない思い出の場所だった。
けれど、もうそこには何もなかった。
錆ついたメリーゴーランドも、飛行機の乗り物も、ぞうさんも、全て撤去されていた。
あるのは平らなアスファルトとコンテナだけだ。
マリはタケルの横まで行き、その光景に白い息を吐く。
「もしかして、知ってたの?」
タケルはマリの横で拳を握りながら、わずかにうつむいた。
「ここを整備して、インフラ工事の拠点にするらしいことは知ってた。審問会が主導だから、資料整理の時に、偶然書類を見つけてな……」
「そっかぁ」
マリはほんの少しだけ寂しそうに苦笑した。
「ごめん。本当はまだ先のはずだったんだ。ここが無くなる前に、お前と一緒にこようと思ってた……」
タケルは悔しそうに目を伏せる。
「いつか無くなるのは当たり前だけど、心の準備をさせてやりたかったんだ。俺の勝手な押し付けだとしても、ここはマリにとって大切な場所だったと思うから」
ごめんな、と、もう一度タケルが謝る。
マリは小さく笑って、足元の小石を軽く蹴った。
「なぁんか、気を遣わせちゃったみたいね~。ありがと、でも全然大丈夫だよ」
タケルはマリを見た。
マリは嬉しそうに笑みを浮かべ、小首を傾げる。
「タケルが言ったんだよ。思い出は背負うものじゃなくて、大切に抱いておくものだ、って。そうしている限り、あたしの家族はずっとそばにいるんだ、ってね?」
「……マリ」
「だから大丈夫。寂しくないって言ったら嘘になるけど、あたしにはもう居場所があるしね。学園の生徒達でしょ~、いつも天使なうさぎちゃんに、最近大人の色気が癪に障る
マリが踊るようにタケルに近づいて、鼻をちょんと指でつつく。
「――タケル。あんた達がそばにいてくれる限り、あたしは平気。それにきっとこれからも、いーーっぱい、大切な居場所ができていくはずだもの」
腰に手を当てて満面の笑みを浮かべるマリの姿を、タケルはじっと見つめていた。
そして何かを決意するように、強く拳を握る。
空からは雪が降り始めていた。
「ありゃりゃ、降ってきちゃったね~」
「…………」
「あ、そうだタケル! 屋台通りに行こうよ、あそこの焼き芋めっちゃ美味しいから、一緒に食べよ! せっかくのデートだもん、優雅なディナーとはいかないけど、美味しいもの食べなきゃね~」
マリが来た道を戻ろうとしたところで、タケルは心を決めた。
「マリ」
「うん? なぁに?」
「好きだ」
マリが足を止め、ハッとしてタケルを見る。
タケルは寒さと感情で赤くなった顔で、まっすぐにマリを見つめていた。
だが、マリは感極まりそうになった直後、誤魔化すように照れ笑いを浮かべた。
「あは、そんなこと知ってるよ~。仲間だもん、あたしも好きに決まってんじゃん」
「そうじゃない。一人の女性として、お前が好きなんだ」
「……あ………ぅ……」
あまりにストレート過ぎて言葉がでてこない。マリはこれが告白だと吞み込めるまでに時間がかかるほど鈍感ではないし、これ以上はぐらかせるほど薄情でもなかった。
マリは頬を赤く染めたが、顔を伏せてしまう。
「……な、なんで、今なのよ」
「今だから伝えるべきだと思った」
「……同情?」
「違う。ずっと言おうと思ってた。でもお前が、俺達三五小隊の関係を変えたくないことを知ってたから、なかなか言い出せなかった」
「……っ」
「正直、俺も同じ気持ちだったさ。これまで通り仲間でいられれば、それでいいと思っていた。でも、今は違う」
「…………」
気まずい沈黙が流れる。
マリは今まで、タケルへの気持ちを隠したりはしなかった。言葉には出さずとも、全身でタケルへの好意をアピールし、振り向いてもらおうと必死になっていた。
マリはタケルが好きだ。
大好きだ。
この世の誰よりも。
けれど、いざタケルから告白されると戸惑った。
タケルの言う通り、三五小隊の仲間が大切だからだ。
タケルを独り占めしてしまえば、三五小隊の関係が崩れてしまうんじゃないかと恐れていた。
それほどまでに、マリにとって三五小隊は大切な居場所であり、依存していたのだ。
「弱っているところを狙ったみたいだって思うか? このタイミングなら受け入れてもらえると、俺が考えたと思うか?」
「そうじゃ、ないけど」
「いや、チャンスだと思ったぜ。俺は手段は選ばねぇ、お前に惚れてるからな」
「や、やめてよ。ああもうっ、素直に喜びたいのに、なんかあたし、めんどくさい女になってるじゃん……」
マリがマフラーで顔を隠そうとしたところで、ふん、とタケルは鼻を鳴らした。
「お前はわりとめんどくせぇぞ」
「へ?」
「空気が読める奴は、実はめんどくせぇんだよ。俺の持論だ」
「ちょっ、はぁ!?」
「つーか、なんだよ、普段は俺のこと好き好きアピールしてきやがるくせに、いざ俺が告ったら案の定日和りやがった。ったく、これだから空気の読める奴は……大人になったせいでさらに酷くなってんじゃねぇか」
「~~~~っ! あんたねぇ、告白したいのかディスりたいのかどっちなのよぉ!」
「そういうとこも好きだって言ってんだよ、バカ」
不意に、タケルがマリを抱き寄せた。
マリは抵抗できず、彼の胸に顔を埋める。
「……ぁ」
マリの中で、タケルへの好きという感情が溢れた。
温かくて、たまらなく心地いい。
この温もりを、匂いを、この男を独占できる。
そう思うだけで、気を失うほどの喜びが身体中を駆け巡った。
「大丈夫だから、素直になってくれよ。三五小隊が壊れるわけねぇだろ。だってあいつらだぞ? きっとお前に嫉妬しながら、俺に怒って、その感情そのままぶつけてきて、ぶつくさ文句言いながら当たり前に受け入れてくれるに決まってんだろうが」
「っ、でもそんなの、わかんないじゃん。どのみち、ちょっとは変わっちゃうじゃん……」
マリがタケルの服を掴み、胸に押し当てるように拳を握る。
「わかんなくてもいいんだよ。たとえ変わっても、変わらないもんはあるんだよ。お前さっき言ったろ、これからいっぱい大切な居場所ができるはずって……!」
マリの瞳から涙があふれていく。
「俺はお前を、女として愛したいんだ! 俺の家族になって欲しいんだ……!」
ひと際強く抱かれ、マリの強張りがほどけていく。
ただ身を委ねるようになったマリを、タケルはさらに強く抱きしめた。
「お前が好きだ、マリ……!」
その言葉に答えるように、マリの手がタケルの背中に回される。
雪の降る空の下で、二人はただ互いを抱きしめあった。
もしも失ってしまう関係があったとしても、この新しい絆は決して失われないのだという力強さに、マリの胸には安堵が広がっていく。
「ねぇ、タケル……だったら、一つだけわがまま、聞いてくれる?」
涙で掠れた声で、マリは言う。
切なさと愛しさに塗れた顔を上げる。
頬に触れて、撫でながら、タケルに請う。
「絶対に……あたしより先に死なないで」
それはマリにとって、切実すぎるほどの願いだった。
多くの者に先立たれた彼女だからこそ、自分勝手であろうと願わずにはいられなかった。
「大切なものを失っても思い出にできる。ずっと抱きしめたまま生きていける。でもタケルは無理……あんただけは、無理。思い出にしても耐えられない。めんどくさいよね、ごめんね……」
でも――と、マリは震えた唇で想いを伝える。
「だけど本気でそう思うんだ。あたしを本当に愛してくれるなら……」
タケルはマリの頬に手を当てて、親指で彼女の涙を拭った。
タケルの表情はまるで戦いの前のように真剣で、迷いがなかった。
「約束する。何があろうと俺は死なねぇし、お前の大切なものも、何一つ奪わせねぇ。三五小隊だって必ず守る」
出来もしない約束だと人は言うだろう。
だがタケルは違う。この男はやると決めたら必ずやるのだ。
「何があろうとお前から離れねぇ。それがたとえ死だろうとも、俺が全部ぶった斬ってやる。だから安心して、お前は俺のそばにいろ」
惚れた女との約束ならば尚のこと、草薙諸刃流に二言は無い。
マリの涙が止まり、背筋を伸ばすようにつま先を立てる。
「大好きだよぉ、タケル」
言葉はただただ真っ直ぐに、二人は唇を重ねる。
冬の冷気も、雪も、二人の熱に溶けていく。
マリはもう二度と、新しい居場所を手に入れることを恐れることはなかった。
失われた大切な居場所は、思い出に。
今もある大切な居場所は、たとえ移ろいゆくとしても手放さない。
そして新たに手に入れた大切な居場所は、共に寄り添っていくと決めたから――。
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