回想 レディ・オブ・ザ・ランドで語らおう

 次の日から、ドラゴンメイドの孤独な生活は一変した。

 オリバー、サンドラの二人が代わるがわるドラゴンメイドを訪ね来るのだ。

 初めはドラゴンメイドも追い返していた。しかし、彼らはしつこく話しかけてくる。

 

「これは楽器でね、僕が新大陸に居た原住民族と仲良くなって貰ったものなんだ。フルートみたいな笛なんだよ。面白いのがね、極東と呼ばれる島国にも尺八という笛があるんだ。世界中に似た形の笛がある。どこから始まった文化なのかとか、気にならないかい? 世界にはそういうものが沢山あるんだよ。楽器だけじゃなくて、食べ物でもね」


「そう」


 オリバーは自分の冒険話をアイテムと一緒に語った。秘境の民族特有の仮面だとかを紹介してきた。楽器を紹介するときは目の前で演奏もした。

 彼は楽器が下手で、いつも失敗してばかり。

 ドラゴンメイドが一人のとき、彼が置いていった楽器を演奏してみたりした。

 オリバーと対照的に、彼女は演奏が上手だった。

 プレゼントだと言って物品を置いていくのは迷惑に感じていたが、ドラゴンメイドの知らない世界の話は面白かった。


「私の実家の傍にケーキ屋さんがあってね。たまに帰ったら、キッチンを借りて色んな国のお菓子を作ってみるの。そうするとね、どうしてこういう材料を使うんだろうとかがわかるのよ。そうそう、あのお菓子は実は――」


 サンドラはお菓子の話をした。あの国で食べた物が美味しいだったり、あの国では高級品のお菓子が別の国では家庭で定番のお菓子だとか。とにかく、下らない話を一方的に話した。

 ドラゴンメイドがどうしてお菓子の話なのかと理由を尋ねたことがある。


「だって、女同士ってお菓子の話か男への愚痴を話すものでしょ?」とサンドラは答えた。


 その常識はドラゴンメイドも知っていたから、大昔と今の時代でも違わないのだと納得してしまった。

 自分はもう食事を必要としない。味覚が錆び付いて何百年と経っているが、昔の癖でサンドラの話すレシピは何とくメモに残した。


 そう。ドラゴンメイド本人も気付いていない変化がある。

 何百年、あるいは千年を少しだけ超える精神の孤独の中で凍り付いた心。人間らしさなど、己一人では身動きできないほどに錆び付いていた。

 それが確かに解きほぐされるぐらいに、この数日間はドラゴンメイドの人生にとって濃密で、温かいものに触れられる人間らしい日々だった。



「……そろそろ来る時間ね」


 いつしかドラゴンメイドも、彼らが訪ねてくる時間を覚えるようになった。

 本人としては、言っても無駄なのだから仕方ないと自分を納得させているつもりだ。

 自分は食事も水も必要ないから、館には客人に出せる物が何もない。だから、せめてと思って、彼らが座るテーブルやイスを掃除するのが日課になっていた。

 

 その日は、いつもより早い時間に館を訪れる者が居た。

 ドラゴンメイドの聴覚が来訪者の足音を捉えた。

 ズカズカと乱暴な足音。オリバーやサンドラの物ではない。

 一人だけ心当たりのある人物が居た。

 客人の正体が判明して、ドラゴンメイドは掃除の手も止めず足音の主を無視することに決めた。


「……よう」


 足音の主――ラヌは軽く挨拶をしてから、ドラゴンメイドから目を逸らしてゆっくりと部屋に入ってくる。

 彼女が掃除している椅子とは反対側。対面になる椅子に座る。

 すると、ドラゴンメイドが口を尖らせ文句を言う。


「そこ、私の席なのだけれど」


「へ? あ、ああ、そう。悪ぃ……」


 元気が取り柄のラヌらしからぬ歯切れの悪い様子。

 謝りながら、素直に椅子をドラゴンメイドに譲って、自分は壁近くに置いてある背もたれもない丸椅子を取りに行った。

 どうにも普段と様子が違うラヌ。

 彼はドラゴンメイドと二人っきりで話すのは今回が初めてで柄にもなく緊張していた。

 もちろん、ラヌには目的があったし、そのためにここにやって来た。

 だから、今の自分がらしくないことも理解しているし、ドラゴンメイドが自分に嫌悪を向けているのもわかっている。


(しっかりしろよ、ラヌ! 二人ともコイツと仲良くなってんだ。オイラだって頑張んないと)


 心の中で自分に気合を入れて、ラヌは丸椅子を片手で持ち上げる。

 すると、丸椅子がボロボロと崩れた。劣化して中身が腐っていたようだ。


「あ……」


 予想外の事態に、気合が空回りしたような感じになって固まるラヌ。

 溜息を吐いて、ドラゴンメイドがラヌに声を掛ける。


「ちょっと」


「ん? な、何んだよ……」


「ん」


 ドラゴンメイドは自分が掃除していた椅子を指さす。

 ここに座れ、という意思表示なのだが、ラヌにはいまいち伝わっていない。


「座っちゃ……ダメなんじゃねえの?」


「こっちは来客用。アナタの他に客が居るの?」


「おう、そっか。じゃ、遠慮なく」


 ラヌはぱあっと明るい顔になった。ドラゴンメイドの方から声を掛けてくれると思ってなかったので、距離が縮まっていると思い込んで緊張もすっかりなくなった。


 ラヌが座ってから、ドラゴンメイドが特等席――対面の椅子に座った。

 ドラゴンメイドはラヌが話出すのを待っていた。しかし、ラヌはきょろきょろしたり、ドラゴンメイドの顔をまじまじと見たりするだけで、一向に話題を切り出す気配がない。

 頬をピクピクさせながらドラゴンメイドが切り出した。


「……何? この顔がそんなに醜い?」


 ドラゴンメイドはラヌのことが嫌いだった。

 人間は悪趣味で醜悪な生き物に好奇心を向ける。この男は物珍しさに自分の顔を見に来ただけだろうと考えた。

 ――きっと、図星をつかれて、焦って言い訳を並べ立てるに違いない。

 ――いい機会だ。

 ――この無礼な男を呪われた力で脅して、この男があの二人を遠ざけさせるように差し向けよう。

 ラヌ経由でオリバーとサンドラを追い出せれば、自分は前のように静かな生活に戻れる。

 そう思って、テーブルの下で爪を光らせながらラヌの反応を待った。

 相手にどう思われているかも知らぬ様子で、相変わらずラヌはドラゴンメイドの顔を見ていた。


「ホント、カッコイイなぁ」


「……はあ?」


 予想外の感想に思わず、素っ頓狂な声が出てしまったドラゴンメイド。

 ラヌが続ける。


「だってよ、マジにドラゴンと人が混じってるんだぜ? カッコイイよ、いいなぁ。なあ、オイラもそうなれないかな?」


「……それは皮肉のつもり? だとしたら、悪趣味で下手くそよ。怒りを通り越して、呆れさえ――」


「皮肉ってなんだ? 悪いがよ、オイラ、バカなんだ。難しい言葉はよしてくれ」


「……悪口かって聞いてるのよ」


 ラヌが驚いた顔で首をブンブンと振る。


「まさか! オイラ、人の悪口は言わないよ。だって、何の意味もねえじゃん。本気でカッコイイって思ってるんだって。だって、ドラゴンはカッコイイもんだろ?」


「……。そんな訳ないじゃない。ドラゴンなんて呪いなのよ」


 相手の言葉の真意がわかるラヌは、ドラゴンメイドが本当に苦しんでいると理解する。

 寂しげな顔で肩を落とすラヌが言葉を返す。


「そっか。苦しいんだな……。悪かった。だったら、オイラが言ったことはアンタを傷つけた」


 テーブルに手を付いて、ラヌは頭を下げた。

 その対応に、ドラゴンメイドの方が困ってしまう。


 ドラゴンメイドはラヌの相手がやりにくくて仕方なかった。

 子供みたいに無邪気で浅慮だと思ったら、急に相手を見透かして隠していることまで理解する。

 子供のようで、賢者のような男。

 明るくて、温かい心の持ち主。

 人に不信感を持つドラゴンメイドには、目の前の男がイイ人すぎて気に入らなかった。

 自分の価値観が揺さぶられそうで、この男にイラついた。


「何をわかったような口を! 所詮、アンタも心じゃこの姿を笑ってるんでしょ?」


 この男を責めてやりたい。

 自分の言葉で、この男の幼い顔立ちが苦しげに歪めばいい。

 そうすれば、このイライラも収まるはずだ。

 そう思って、ドラゴンメイドはラヌに冷たい言葉を浴びせかけ続ける。


「大体、バカだから何? それで他人への無礼が許されるとでも思ってるの。子供みたいな理屈ね。ドラゴンの姿がカッコイイ、それで相手がどう思うって思ったのよ。私がずっと孤島で一人で居るのに、理由がないとでも思っているの?」


 ラヌは黙ったまま、自分を責める言葉を聞いていた。

 ドラゴンメイドの感情を受け入れる。

 その態度が気に入らなくて、ますますドラゴンメイドの言葉に熱がこもる。


「全部、この姿のせいよ! 呪われてドラゴンになって、死ねなくて、ずっと一人で……。まともな人間は誰もこの姿を受け入れない。醜い、気味が悪い、恐ろしい。誰が好きこのんでこんな姿になるのよ!」


 言うつもりもない本音が、興奮してしまった口から飛び出していく。

 ――久しぶりに感情が高ぶってしまったからだ。もう何十年も人と話してないから。

 どこか冷静な自分を自覚しつつも、吐き出す言葉が止まらない。


「人の姿でないだけで、人間は簡単に裏切って、追い詰めて、攻撃してくるの! だから、私はこの島に居るのよ。怒りのままに人間を殺して、どうしようもなく自分が怪物だって思い知りたくないから! バカでもわかるように言ってあげたわよ、わかった!?」


 言い放った後、ドラゴンメイドはラヌがどんな顔するか見てやろうと注視した。


「……そっか。アンタ、苦労したんだな」


 そう言って、ラヌは優しげな眼差しをドラゴンメイドに向けた。

 その瞳、ドラゴンメイドは毒気を抜かれてしまった。


「……何よ、それ。そんな簡単に終わらせないでよ……私、どれだけ惨めなのよ……」


「そんなことねえよ。アンタは十分すぎるぐらいに立派だよ。だってよ、アンタの言葉には悪意がねえんだもん」


「はぁ……?」


「オイラへの敵意はあったよ。けど、それはオイラが傷つけちまったからな。オイラが悪い。アンタが人を語るときの言葉はどれも悲しいって想いが詰まってた。悪口を言ってるんじゃないってすぐにわかった。アンタはただ、自分が経験した悲しいことを話しただけだ」


 ラヌは理解したドラゴンメイドのことを思って言葉を紡ぐ。


「呪われた姿が苦しいんだよな。裏切られたら悲しいよな。一人は、そりゃ辛いよ。――だから、信じるのが怖いんだよな?」


「……ッ」


 ドラゴンメイドは言い返したかった。けれど、図星をつかれて言葉が無かった。

 ラヌはさらに続ける。


「あの二人はいい人だぜ、オイラが保証する。アンタを裏切ったりしない。今はとにかく、アンタと友達になりたいって二人とも本気で言ってるぜ。もちろん、オイラもだ。あんたはもう一人じゃないんだ。信じてくれ」


「何、訳わかんないこと言ってるのよ……」


 ラヌの真っ直ぐな言葉に、ドラゴンメイドは顔を逸らす。

 胸がざわめく。

 色んな感情がひしめいて苦しい。

 この男は心をぐちゃぐちゃにかき回してくる。

 どうして、こんな姿の自分を嫌ってくれないんだ。


「……信じられる訳ないでしょ。一体、私がどれだけ長い間、誰も信じなかったと思ってるのよ」


「なら、今からまた信じろ。きっと、良いことあるよ」


 そう言ったラヌがニカッと笑った。

 ドラゴンメイドの胸のざわめきがさらに激しくなり、ラヌの微笑に呼応するように古い記憶が思い出された。

 

 それは飢えて死にかけた自分にオレンジをくれた、大事な人との出会いの記憶。

 ――あのとき、自分は。

 ――この世界には救いがあると、信じられるようになった。

 ――奇跡があるって。

 自分の生に救いがもう一度。そんなことはありえないとドラゴンメイドは思っていた。

 ――けれど、この男が私の心に希望を持たせてくる。

 ドラゴンメイドは静かに口を開いた。


「……あの二人を呼んで」


「おう。何でだ?」


「話があるのよ。あの二人が知りたがってること。早く呼んできて」


「そっか。いいぜ、待ってな。オイラ、足が速いからよ」


 言うが早いか、ラヌは部屋を駆け出した。

 しかし、すぐに慌ただしく戻ってきた。


「あっぶねえ。聞きたいことあったの忘れてたわ」


「……何よ」


「アンタ、名前なんていうんだ? ドラゴンメイドって名前じゃねえだろ」


「……」


 少しだけ逡巡しゅんじゅんする。

 ここでどう答えるかで、自分の道行きの風向きが決まってしまうように感じられた。

 自分がどう思い、どこへ辿り着きたいのか。

 彼らと、どうなりたいのか。

 改めて、怪物の自分と普通の人間である彼らとの関係を思う。

 オリバーとサンドラがいい人だとラヌに言われなくとも知っている。

 自分もそう思っていると自覚した。

 そして、ラヌのことが信じられる人間だとも感じている。

 彼らを信じてみたいと、彼女は少しだけ希望を持てた。

 己の心が出した答えがすっと、身体を軽くするような心地よい解放感を与えてくる。


「――私の名前は。これでいい?」


「おう。待ってな、トワイライト!」


 ――――


陽が傾き始めた頃、孤島の城館


 何百年以来の珍しさで、レディ・オブ・ザ・ランドが棲む孤島――城館の一室に夜遅くまで明かりが灯っていた。

 明かりが灯るのは来客用に使っている比較的ボロくない部屋。

 中ではトワイライトがジョーンズ夫妻にこれまでのこと、自分のことを話していた。ラヌも部屋の隅で話を聞いていた。

 話す内容はトワイライトの人生の軌跡。

 トワイライトが幼い頃に拾われ、姫に仕えていた使用人であったこと。

 使用人の務めとして、魔女が持参した薬を毒見した際に呪われたこと。

 自分の力量では呪いを制御して人の姿になれても、角と尻尾、そして身体に生える鱗をなくせないこと。

 実に千年を越えて、この島に一人で居たこと。

 ただ時間が過ぎるのを待っていた日々の記憶などはあやふやで、色濃く記憶に残っていることだけを抜粋して話している。

 それでも夜になってしまうほどに長大な備忘録。

 自分語りのような真似をするのはトワイライトの遠回しな、信頼を伝えたい気持ちのあらわれ。



 トワイライトの来歴はファンタジー映画の登場人物の設定のようで現実味から遠い。

 トワイライトの顔――ドラゴンと人間が混じったそれに若い娘の面影があるのも、彼女が古代から生きる存在だという話のリアルさを損なわせる。

 ジョーンズ夫妻は港町に伝わるドラゴンメイドの伝承を調査して来たのだから、少なくとも百年前の人物に会っているという自覚があった。

 しかし、実物の若い顔を見ると、彼女が古い時代の人物だというのを失念してしまっていた。

 実際は想像よりも更に古い、古代の人物だと言うのだから二人も驚きを隠せない。

 また、夫妻は中国の曲芸サーカスで登場する、龍を象った仮面を知っていた。だから、ドラゴンの顔に恐れをあまり感じていなかった。

 似た物を知っているから、トワイライトの顔に別段驚かなかった。

 けれど、ドラゴンと人間の混じったその姿こそ、人の手で作られた物ではない、古代に存在した本物の呪いが生み出した異形。

 若いままの姿、ドラゴンと人間が混じった身体。

 それらはまさしく、時代から失われた神秘の世界だった。

 その事実を理解すると、人工物とはまるで違う神秘に、神性な異物感を感じてしまう。

 今この瞬間に、慣れという機能に麻痺していた夫妻の頭が正常に理解した。

 ドラゴンメイド・トワイライトとはと。

 だが同時に、夫妻は怪物への恐ろしさ以外の感情をそれぞれ抱いていた。

 サンドラは呪いに苦しみ、繋がりを恐れ、終わらない孤独を生き続けた女への慈しみを。

 オリバーは小さい世界に閉じこもるしかなかったトワイライトを心から憐れみを。

 そして、二人の想いが一致する。

 ――トワイライトの力になりたい。

 話が終わりを迎えた頃、トワイライトがジョーンズ夫妻に向かって最後に付け加える。


「私はドラゴンになっただけの女。だから、子供を授ける力なんてない。アナタたちの期待には応えられない。その、悪いわね……」


 最後の方は歯切れが悪かったが、そこに込められた彼女の思いやりを理解した夫妻はしっかりと事実を受け止めた。

 オリバーがサンドラの肩に手を置き、サンドラは手をオリバーの膝に置く。


「いいのよ、気にしないで。私たちはやり切るためにここまで来たの」


「ああ。後悔なんて一欠片だってないさ。それに、この島に来たことで得たモノもある」

 

 夫妻は互いに顔を見合わせ、頷き合う。

 二人は言葉にしなくても、夫婦で同じ想いだとわかっていた。

 サンドラが椅子から立ち上がってトワイライトの傍で跪き、彼女の手――長い爪が生えて手首に鱗が覗くドラゴンのそれを握ろうとする。

 手が触れる直前にトワイライトが手を引こうとしたが、誤って彼女を傷つけてはいけないと思い留まった。

 二人とも臆病に相手の様子を探りながら、やがてしてサンドラの両手がトワイライトの手を包んだ。

 トワイライトの手は冷たくて、手から伝わるサンドラの熱はとても熱い。


「新しい出会いがあった。この出会いが私たちには必要だったのよ。これまでの長い旅が報われたの、お互いね」


「……っ。でも、子供は願いなのでしょう?」


「アナタと出会えたもの。きっと、また奇跡は起こるわ。私たちはそれを信じる」


 サンドラの言葉が、乾いた土に水が染み込むようにトワイライトの心を満たしていく。

 呪いによる長い孤独の果て。出会えた奇跡。

 人生に二度目の奇跡が訪れた。

 また救ってもらったと、トワイライトは胸が熱くなる。

 いい雰囲気の中、少し離れた所でラヌがうんうん頷いて誇らしげな顔をしている。


「友達ってのはいいもんだな」


 オリバーがラヌの肩をポンッと叩いた。


「君も友達だよ、ラヌ。ここに来れたのは君のおかげなんだから」


「へへ、照れちまうよ。そうだ、トワイライトを自慢してぇなぁ。漁師仲間は皆、お前を怖がってるからきっと驚くぜ。大騒ぎ間違いなしだ!」


「バカじゃないの。本当にバカじゃないの」


 ラヌとトワイライトのやり取りにジョーンズ夫妻が笑いを漏らす。


 ――――

 

夜も深まった時間


 空気が冷えてきたタイミングで、サンドラとオリバーが意外な計画を語り出した。


「私たち、しばらくは郊外にある別荘に住もうと思ってるの」


「旅にも決着がついたからね。休暇がてらに、ここで腰を落ち着けたいんだ」


「そりゃいい! オイラ、毎日魚を届けるよ!」


 小躍りせんばかりにラヌが喜ぶ。

 ラヌの様子に安堵しながらもサンドラは不安そうな顔になって、トワイライトに大きな決断が必要な提案を切り出す。


「トワイライト、私たちの所で住み込みの使用人として一緒に暮らさない?」


「え? む、無理よ。そんなの……」


 トワイライトの拒絶は夫妻も折り込み済みだった。

 すかさず、オリバーがフォローを入れる。


「君が普通の人間として暮らせるように手助けさせてほしい。ドラゴンの部分を隠して経歴も用意して、僕ら専属の使用人という扱いにすれば、君は世界で生きやすくなると思うんだ」


「ゆくゆくはここ以外の場所でもね」


「……」


 トワイライトも、それが夢のような提案だと理解している。

 しかし、実現できる訳がないと、呪いに絶望し続けた頭が拒否する。

 迷うトワイライトの背を押したのは、一番距離感が気安いラヌだった。


「仕事が貰えて良かったじゃねえか! お二人だったら素直じゃねえお前も安心だろ」


「不安だとか、そういう問題じゃないわよ。私は怪物で……」


「隠せばいいんだよ。こんな辛気臭い場所に居るよりゃ良い。お二人にも会いたいし、友達のオイラも遊びに行ってやるよ」


「大きなお世話だ。頼んでないし、アンタを友達だと思ってないわよバカ」


「素直じゃねえな。オイラは本当のことがわかるって言ってるだろ?」


「……本当にイラつく奴」


 そう言うと、トワイライトはそっぽを向いてラヌから顔を隠す。

 言葉を重ねるほど、ラヌに本心を見抜かれてしまう。友達と言われて喜んでいるなど、恥ずかしさで火が吹けるかもしれない。

 ラヌは得意げになってトワイライトの顔を覗こうとした。

 

「ちょっと良いかな?」


 顔を見ようとするラヌと顔を隠すトワイライトの攻防を、オリバーが申し訳なさそうな声をかけて中断させた。


「これを君に」


 オリバーがプレゼントを差し出した。

 それはオリバーが『ヴェネツィアのカーニバル』で仮面職人から購入した、人の顔を模した銀の仮面。

 銀の仮面を作ったのは一人に一つしか売らないという偏屈な職人で、しかも職人が選んだ物しか買わせない独自ルールまであった。

 オリバーは別の派手な仮面を欲しがったが、職人のルールは絶対で、半ば無理やり銀の仮面を次の言葉と共に押し付けられた。

「仮面はするためにある。変身とは運命を変えられる機会だ。この仮面が変身するにふさわしい人物を選ぶ」と職人は語った。

 購入当時のことや職人の言葉など忘却していた。

 だが、オリバーは数あるコレクションの中から、この仮面こそがトワイライトに相応しいと直感した。


「僕のコレクションの中で一番似合うと思う。どうかな……?」


 探るように尋ねてきたオリバーから仮面を受け取ったトワイライトは、それに視線を落とした。

 装飾もない女性顔の仮面。顔の全面を覆うそれの中央に控えめな鼻があり、鼻の上に目の形に穴が開き、鼻から少し下に薄い切れ込みが走り口を形作っている。

 ランプので照る銀の光沢がくすんでいる。

 トワイライトは自分のボロいメイド服の袖で表面を軽く磨く。

 すると、仮面は輝きを取り戻した。

 無感情で熱の無い銀色の女の顔。口元がやや微笑んでいるのが特徴。

 これが新しい自分。新しい顔。


「……」


 トワイライトは新しい道で生きる決意と共に仮面を被った。

 顔を上げて、三人に披露する。


「ど、どう……?」


 恐るおそる尋ねたトワイライト。

 その声は仮面を付けているというのに、くぐもることなくよく通った。


「ぉぉ」


 三人とも小さく声を漏らした。

 似合っていないだとか、微妙だとかではない。

 むしろ、似合すぎているからこそ驚いた。

 最初からそこに収まるために作られていたみたいに、銀の仮面はトワイライトの顔とピッタリはまり、角との取り合わせも画として完成されていた。


「に、似合ってないのね、やっぱり。こんな醜い私の顔じゃダメなのよ……」


「ち、違うちがう! よく似合ってるよ」


「ええ、ええ。ビックリするぐらいよ」


「仮面とかカッコイイな」


 容姿に関することとなると、非常に悲観的になるトワイライトを三人は必死にフォローする。

 何度か似合っているという声援を送ると、やっとトワイライトが調子を取り戻す。


「ま、まあ。そんなに言ってくれるなら、信じてあげないこともないわ」


「素直じゃないっつうか、メンドクセえなぁ」


 ラヌの発言を無視して、トワイライトはジョーンズ夫妻に視線を向けた。

 仮面を被った今の正直な想いを言葉にしていく。


「オリバー、サンドラ、ありがとう。私は外に出ることを諦めてた。私はドラゴンで、こんな顔だからって……。けど、アナタたちが新しい顔と機会を私にくれた」


 トワイライトは自分の胸に手を添えて、この言葉が心からのものだと伝える。

 その声がかすかに震えてくる。


「普通に生きたい。普通に生きられるって希望を信じたい……! もし、もしも、アナタたちが許してくれるなら……どうか一緒に居させてください」


 静かに頭を下げるトワイライト。

 ジョーンズ夫妻は二人で、彼女の肩に手を置いた。


「顔を上げてよ、ね?」


「君が居てくれるなら大歓迎さ」


 仮面の下の顔を見られたくなくて、トワイライトは顔を下げたまま震える声で感謝する。


「……ありがとう」


 少し経って、明朝にも島を四人で出ていくと話し終えた頃。

 突然、トワイライトが願いを口にする。

 

「私に新しい名前を頂戴」


「名前? どうして?」


「トワイライトは私を拾ってくれた姫様が付けてくれたもの。大事だったけど、私は新しい私になる。生まれ直したいの。だから、私を救ってくれたアナタたちが付けた名前が欲しい」


「そう言われてもな……」


 唐突な申し出に当惑するジョーンズ夫妻に代わり、ラヌが名前の案を出す。


「なら、トワでいいんじゃねえの。トワイライトって長いなって思ってたんだよな」


 ムスッとした顔でトワイライトが抗議する。


「アンタに聞いてない。サンドラとオリバーにつけてもらうの」


「いいじゃんかよお。お二人がいいならいいだろ? ね、どうです?」


 期待の眼差しを向けられて、夫妻は少し考えた後に頷きを返した。


「うん。トワでいいんじゃないかい?」


「ええ。とても良いと思うわ。東の国では果て無き長い時間を永遠とわと表現するらしいわ。よく似合うと思う」


 ラヌが勝ち誇った顔をトワイライト――改め、トワに向けた。

 一瞬、悔しそうな顔を見せるも、すぐに引っ込めて努めて冷静な表情を作った。


「……わかりました。今から私はトワです」


 あえて使用人然とした態度で、名付けられた名前を噛みしめたトワ。

 そんなトワにラヌが意気揚々と絡みにいく。


「なあなあ、オイラが名付けたんだぞ。ト~ワ~」


「うるさいバカ。さっさと船の準備をするわよ。万が一にも、サンドラとオリバーが乗る船で事故なんて起こさせないから」


 そう言うと、トワは部屋の窓から飛び降りて――翼を広げて一足先に浜に泊めてあるラヌの船に向かった。


「あ、飛ぶとかズル! オイラの船を勝手に触るんじゃねえ!」


 慌ててラヌがトワの後を追いかけて部屋を飛び出していく。

 二人の気が置けないやり取りが夫妻には微笑ましかった。




 千年の孤独に比べれば、四人の積み重ねた時間はあまりに短い。

 だが、濃密だったこの数日間が、呪いを越えて四人の間に確かな絆を育んだ。

 レディ・オブ・ザ・ランド――ドラゴンメイドのトワがこの時、生まれたのだ。



◆◆◆◆◆◆


 お疲れ様です。

 ここまでお読みいただきありがとうございます!


 よければ、いいね、ブックマーク等お願いします。

 次回は過去編クライマックスに向けて、話が急展開します。


《以下、裏設定》

 トワイライトが思いつきで商人のメイドになったのが二百年ほど前となります。

彼女が来客用に使っているテーブルや椅子はメイドだった時に手に入れた物で、館にある他の家具よりも新しいです。睡眠も必要ないので、一日中お気に入り家具の手入れをしているから百年経っても使える状態なのです。(逆に興味がない家具は放置されていたので、触っただけで崩れる状態のまま置いてあったりします。館の床とか、踏み抜ける箇所が一杯あります)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る