感覚の切り忘れでこうなったようだ

「……これで終わったか」

「そうだね。これにて一件落着」


 少し離れた場所で俺は事の成り行きを見守っていた。

 血染の力によって完全に気配は消されており、視界の向こうで呆然と虚空を見つめる茜に俺たちは気付かれていない。


「お待たせ二人とも、終わった」

「お疲れ真白」

「よくやってくれたな」


 以前の血染の時と同じように、この世のものとは思えない姿を見せることで恐怖心を植え付けるやり方、それはあまりにも合理的に分かりやすい方法だ。

 今となっては既に昔の名残はないものの、その気になれば以前のように本能に語り掛けてくる恐怖心を何倍も煽ることが出来るからこそだ。


「良く分からなくて本能が恐怖する存在がもうするな、これ以上続けたら殺すって言ったらそりゃやめるよな」

「うん。よっぽど頭がおかしくない限りは大丈夫だと思うよ。ま、あのストーカーはただの小心者だったようだけどね」

「なるほど」


 俺は既に記憶が朧気になってしまっているが、結華の話ではあのストーカーは壮馬に狂った茜の姿に絶望、そして困惑した影響で離れていくとのことで何かきっかけがあれば簡単に手を引く小心者というのは間違いっていない。


「お兄様、血染も早く帰ろ? 見たいドラマ、始まっちゃう」

「おっとそうだな。いつまでもここに居ても仕方ねえか」

「そうだねぇ。取り敢えず帰ろっか」


 真白がドラマを見たいと急かしたため、俺たちは苦笑しながら歩き出した。

 帰り道の都合上、いまだに呆然としている茜の傍を通り過ぎないといけないわけだが、まあ無関係を貫いて通り過ぎれば良いだろう。


「……?」

「っ……」


 血染が俺の腕を抱き、真白が他の人には見えない形で俺の背中に抱き着いている。

 その状態で歩いている俺たちに、当然近づいてきたからか茜は顔を向けたわけだが俺は思いっきりビクッとしてしまった。


(……えっと、なんでそんな顔になってんだ?)


 茜は何かに恋焦がれるような、そんな表情を浮かべていた。

 頬を紅潮させ、瞳を潤ませ、まるで自分の命を救ってくれた誰かに心を奪われてしまったかのようなそんな表情だったのだ。


「こんばんは先輩。どうしたんですか?」

「いや、何でもないよ。二人はデートの帰りかな? もう暗いから色々と気を付けるんだぞ?」

「は~い。ご心配ありがとうございま~す♪」


 おそらく、俺の心の動きに血染は敏感に気付き、先んじて普通の通行客を装っての言葉だったんだろう。

 そんな血染に感謝しつつ、俺も茜に頭を下げてそのまま通り過ぎた。


「……?」


 彼女の横を通った時、茜が何かに気付いたような雰囲気を感じたがすぐにその場から離れるのだった。


「あの人、私のことを見てた」

「……え?」


 ある程度離れた時、その言葉に俺が戦慄したのは言うまでもない。

 とはいっても別に真白自身を認識していたわけではなく、そこに何か居るんじゃないかと感じたレベルらしいが……それはそれでどうなんだと、一種の美空に似た何かが茜にも秘められているんじゃないかと俺は思った。

 その後、すぐに俺たちは家に帰り真白はテレビに夢中になった。


「ねえ兄さん」

「なんだ?」

「あの人さ……もしかしてだけど、たぶん姿を変えた真白に惚れたんじゃない?」

「……あの表情はやっぱりそれだったか」

「ほぼ確実だろうね」


 あの頬の紅潮と潤んだ瞳はやっぱりそれだったらしい。

 ある意味で本来壮馬に向くはずだった想いが真白に向き、これで影響してあの原作のように茜も変わるのではと思うと少し面倒なことになる気がしないでもない。

 しかし、そんな俺の不安を吹き飛ばすような言葉が血染から放たれた。


「そこまで心配することは何もないよ? 確かにあの茜先輩は真白に対して好きって気持ちを抱いたみたいだけど、それはそこまで狂ったものというか……あれだね、美空先輩と同じようなものだよ」

「あ~、だから安心か」

「うん♪」

「……それって安心か?」

「……安心じゃない?」


 ま、まあ美空の在り方も既に慣れてきたからなぁ……でも、第二の美空が生まれたとなるとそれはそれで疲れることになるのではと俺は訝しんだ。


「クラスどころか学年も違うからそうそう知り合うこともないか」

「そうだよ。だからきっと大丈夫! それに何か面倒なことになりそうだったらそれこそ美空先輩と結華先輩が色々してくれるって」


 あの二人がねぇ……何となく想像出来るのがある意味信頼かもしれない。


「美空と結華、茜で肩を組み合って仲良くしてる姿が目に浮かぶようだ」

「あはは♪ それはそれで面白いじゃん」


 この先、確実に何もないとは言いづらいが取り敢えず茜のことも考える必要は出てくるかもしれないということで、一旦この話は終わりを迎えた。

 しかし、その日の俺に起こるイベントはまだ終わっていなかった。


「……お兄様」

「真白?」


 血染が風呂に入っている時間、俺は自室で暇を持て余していたのだが、いち早く血染よりも風呂から出た真白が部屋に現れた。

 血染の真似をするように作り出したパジャマは身に着けておらず、正真正銘今の真白は全裸の状態だ。


「ど、どうした?」


 もはや血染のおかげもあってか、真白の裸にそこまでビックリすることはない。

 それでも突然ヌルリと床から現れたとなっては驚くし、しかも僅かに頬を赤くしているとなると気になるのは当然だ。


「お兄様、私……今日のご褒美が欲しい」

「ご褒美?」

「うん。私と……血染を介することなく、今の私ともエッチしてほしい」

「っ!?」


 どっか~んと、俺の中に衝撃が走った。

 基本的に表情の変わらない真白が照れていた時点で何かあるとは思っていたが、それがまさかこのような発言が飛び出るとは思わなかった。


「えっと……真白?」

「ダメかな? 私じゃダメかな?」

「そんなことはない! そんなことはないけど……」


 血染と違うから、なんてことを言うつもりはなかった。

 エッチというものがどういうものなのか、基本的に真白が眠っている時を見計らって血染とそういうことはしていたものの、血染も言っていたが完全に真白の意識がないわけでもないので、きっと記憶としては残っているはずだ。


「……私にはそれがどういうものなのか良く分からない。でも、血染の幸せそうな表情を見て憧れはあったの。一番最初、この体を突き抜けるような気持ち良さと、お兄様に抱いた果てしない愛を……また味わいたいの」

「真白……」


 彼女の決意を滲ませた言葉と表情に、俺は覚悟を決めた。

 覚悟とかそういう話ではないが、自分の大切に想う女の子にそもそもここまで言わせたこと自体が間違いなんだろうな。


「……すまん真白。そこまで言わせちゃって」

「ううん、謝らないで」

「おいで」

「っ……うん♪」


 それから俺は真白と深いキスをした後、その体に手を這わす。


「ぅん……気持ち良いよお兄様」

「そっか。それじゃあ……良いか?」

「いつでも良いよ……えへへ、こういうことなんだね。愛してもらえる感覚、愛する感覚ってこれなんだ」

「だな。気持ちがフワフワするっていうか、幸せになるだろ?」

「うん。ねえお兄様、私ももっと色々覚えたい。だからたくさん教えて? エッチなこと、お兄様の好きなことをもっと教えて?」


 ……真白が可愛いとか、健気とか、純粋とか、それ以前に良く分からないこの興奮と高揚は凄まじかった。

 見た目は血染と一切変わらず、体に浮き出る紋様などを抜きにすれば本当にスタイルの良い女が目の前に居るだけ……しかし、その実態はあまりにもこういうことに実戦の知識がないため、それを教えてほしいと幼い子供のように口にするアンバランスさがあった。


「……えっと、それじゃあ取り敢えずは――」


 その後の結論としては、真白はとにかく物覚えが良かったとだけ言っておく。

 事が済んだ後、幸せそうに俺に抱き着いて眠る真白と……そんな俺たち二人を荒く息を吐きながら見つめる血染という構図が出来上がっていた。


「真白ったら感覚切るの忘れてた!」

「え? ……あ、まさかそれって」

「確かに兄さんにこう言ったら良いよって伝えたのはあたしだよ? でも流石に感覚の共有は一旦切ると思ってたから……もう! 湯船に浸かってリラックスして気を抜いていた時に思いっきりあたしもこうなっちゃったの!」

「……………」


 感覚共有のみでそれって何かのエロゲか何かかなと、俺は悶々とする血染を見つめながら苦笑するのだった。


 

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