それは甘美な遊び、少女の欲求

「……懐かしいなぁ」


 あたしは暗闇の中でそう呟いた。

 今居る場所はおそらく夢の中で、この暗闇はあたしを絶望に叩き落そうとずっと苦しめてきたものだった。


『お前は呪われた子だ。幸せになるなどあり得ない』


 心の底から嫌悪感を抱く声があたしを包み込む。

 気持ち悪い、鬱陶しい、でもこの声に対してあたしがずっと前から抱いていた怖いという感情は全く浮かんでこなかった。


「あたし……やっぱり変わったんだねぇ」


 余裕なあたしの声に反応して目の前に迫っていたものが動きを止めた。

 きっと今まで通りにあたしを苦しめようとしたんだろうけれど、今のあたしにはこの程度の恐怖でどうにかなるほど脆い心ではない――兄さんが、あたしにとって何よりも大切な人の存在が傍に居てくれるからだ。


「あなたも……真白もそうだよね?」

「うん」


 あたしの隣に瞬時に真白が現れた。

 あたしと瓜二つといっても過言ではない姿を持ち、物心付いた頃からずっとあたしの傍に居た子で……名前を授かることで、本当の意味で自分という存在を手に入れた子だ。


『なぜ……なぜ絶望していない?』

「絶望ねぇ……だってする必要がないし? あたしにとって、もうアンタみたいな悪夢は怖がる必要がないもの」


 そう、もう自分の生まれを憎んだりはしていないし、世界そのものに恨みを抱いてもいない。

 あたしはもうそんなことをする必要がないこと、そんなことをするくらいなら兄さんとラブラブすることを覚えたからだ。


「……本当に血染は強くなった。だから大丈夫」

「真白……それはあなたもでしょ?」

「え?」

「もう力に振り回されたりしない、心が壊れていくあたしを見ることもない。その安心感もそうだけど、真白だって兄さんと一緒に居たいって願ってる。だからあたしと同じであなたも心が強くなってるんじゃないの?」


 この子もあたしも同じで、どこまでも兄さんのことを愛している。

 少し前まで好きとか愛とか雰囲気でしか理解していなかったのに、兄さんと接することで真白はその全てを理解して限りなく人に近づいた。


「……うん。私はずっと、血染が傷ついていく姿を見るのは嫌だった。でもお兄様と出会って血染は明るくなって、同時に心も強くなった。そんな血染を見ていると私もただ恐れるだけではダメ、同じように強くなりたいって思ったから」


 真白の言葉にあたしは頷いた。

 あたしも真白がこんな風に変われたのも、強くなれたのも全部兄さんがあたしたちに光を見せてくれたからだ。

 絶望なんてする暇がないほどの楽しい時間、幸せな日々をあたしたちに送り届けてくれたからだ。


「あたしと真白はもう、アンタのような得体の知れない何者かにどうこうされるような次元じゃないんだよ。今までアンタがあたしの夢に出てこなかったのはきっと、もうあたしから恐怖や悲しみを吸い取れないからでしょ?」

『……………』


 どうやら図星のようだ。

 あたしだけでなく真白も幸せに包まれているからこそ、あたしたちの恐怖や悲しみを養分としていたこの黒い靄は存在する力を失いかけている。


「とっとと消えなよ。アンタの存在なんか忘れちゃうくらいに、もうどうでも良いんだから」

『……奴のせいか。あの異物のせいか』


 黒い靄から聞こえる声に今回初めて怒気が含まれた。

 まるで今ここから抜け出して兄さんをどうにかしてやる、そんな意志があたしには感じ取れた。

 もちろん奴がここから出て行くことは出来ないので何も問題はないけれど、あたしの兄さんであり恋人であり、将来の旦那様に一瞬であってもそのような感情を向けることは許さない。


『っ!?』


 あたしが手を翳すと、禍々しいオーラを纏う鎖が黒い靄に絡みつく。

 奴はなんとか逃れようとジタバタするが、あたしはもう奴を逃すことはない……これはあたしにとって、本当の意味で奴の呪縛から逃れる瞬間だと分かる。


「真白も」

「?」

「あなたもあたしと一緒に乗り越えるの。これからもずっと、兄さんと一緒に居たいでしょ? もう大丈夫なんだって、兄さんを安心させたいでしょ?」

「!!」


 キリッとした表情を浮かべた真白は頷き、あたしの手に自分の手を重ねた。


「……そうだね。あたしたちは今までずっと一緒だった。兄さんと出会う前のあたしはあなたのことをただの道具だと思って、真剣に考えることもしなかった」

「それが普通」

「普通だったんだよね。でも今は違う……あたしと真白は何があっても元気じゃないといけない」

「……お兄様が悲しむから?」

「良く分かってるじゃん」


 そう、あたしたちに何かあれば兄さんが悲しんでしまう。

 兄さんの為ならなんだってする、それこそこの身を犠牲にしても構わないとか思うことも少なくない……でもそれではダメなんだ。


『無駄なことは――』

「無駄なことじゃない」

「無駄じゃない」


 あたしたちの未来の為に必要なことだ。

 真白と力を込めることで、段々と奴を包み込む鎖に力が入っていき、そのまま圧殺するように奴は消え去った。


「……悲鳴も何もないなんて呆気ないなぁ。でも?」

「うん。もうあれは私たちの中に居ない。私たちはもう大丈夫」

「……良かった」


 それならあたしたちから連鎖して兄さんが悪夢を見ることも二度とないはず……それがまずあたしを安心させた。

 その安心があたしたちを悪夢から目覚めさせるかのように、ふと気づいた時にはあたしは目を覚ましていた。


「……あ」


 あたしが目を開けたのは兄さんの腕の中だった。


「すぅ……すぅ……」


 あたしを抱きしめるようにしながら兄さんが眠っている。

 まるで抱き枕じゃんと、全然嫌じゃないしむしろ嬉しくてにやけてしまう。


「……っ……ダメだなあたし」


 さっきの夢のことは覚えている……でも、もうそんなことはどうでも良い。

 あたしには最近悩みがあって、それは兄さんの香りが嗅ぐだけで体が求めてしまうのだ……今まで通りのスキンシップでも全然良い、でもあたしが兄さんの女だっていう証をくださいって心と体が叫ぶんだ。


「兄さん……あたし、兄さんとエッチしたいよぉ」


 兄さんと体を重ねたい、もっともっと深い繋がりが欲しい……兄さんもチラチラあたしの体が気になっているのは分かってるし、あたしのことを性的に見てくれていることも分かってる……それでもあたしが自分から後戻りが出来ないほどに踏み込まないのはまだ中学生だからだ。


「恋愛に年齢なんて関係ないって言うけれど、それでもせめてあたしは高校生になるまで我慢する。その方が兄さんもきっと気が楽だと思うから」


 だから後ほんの数ヶ月の辛抱だ……高校生になったら、あたしは兄さんにこうしたいんだってことを伝える。

 あたしの勝手な思い込みかもしれないけど、兄さんは絶対に断らないと思う。

 何故かは分からないけど、あたしはそんな直感をこの胸に抱いていた。


「でも眠れないなぁ……真白は?」


 寝る時には確かに同じベッドの中に居たはずだけど、またあの子はあたしの影の中に入り込んでいるみたいだ。

 これはもうあの子の癖みたいなもので、寝付きが悪いわけじゃないけど体が勝手にあたしの影の中に帰っちゃうんだろうね。


「ふふっ、そういうところも可愛いけどそのうちずっとあたしと同じでこのベッドの中に居られるようになりそう」


 今でも朝まで真白が留まっていることもあるにはあるけど、影の中に戻ってしまうことの方が多いかなどっちかと言うと。


「……ちょっと、ちょっとだけ……先っちょだけ良いよね兄さん……?」


 兄さんは深い眠りの中なので、あたしの問いかけに答えてくれるわけはない。

 あたしはそれを確認して、パジャマのボタンを上から外し、完全に脱ぐわけではないが触りやすいように肌を晒す。


「よいしょっと」


 兄さんに背中を向け、あたしは器用にその状態で兄さんの手をあたしの胸に来るようにした。


「ぅん♪」


 最近あたしがハマっていること、それは眠っている兄さんの手であたしの体の敏感なところに触れてもらうという……その、何とも言えない変態行為だ。

 これがもしも漫画とかなら実は相手が起きている、なんてこともあるけど残念ながら兄さんは恐ろしく寝付きが良いのでそれはない。


「兄さん……好きだよ。あたし、本当に兄さんが好き……愛してる♪」


 兄さんへの愛を囁きながら、兄さんの手であたしは自分の胸をこねくり回すという罪深い夜……でもね? これが最高に興奮するの♪

 流石に真白の意識がある時はしないけど、こういう時だからこそ出来るのだ。


「兄さん? いつかは絶対に自分の意志であたしの体を好きに触ってね? その時を今からあたしは心待ちにしてるから♪」


 でも……本来のあたしが兄さんを喰った世界があるとして、それは他人事ではなかったわけだけど……あれだね。


「あたしは兄さんに性的に食べられたくて、あたしも兄さんを性的に食べたくなってるのがなんか……良いよねぇ♪」


 血みどろじゃなくて良いって、貴方もそう思うでしょ?

 ……って、あたしは誰に聞いてるんだろうか……眠くなってきたし寝ちゃおっと。

 兄さんの手は……えへへ、このままで良いかな明日の反応が凄く楽しみ!



【あとがき】


後少しで次章、つまり血染が加わった学校編ですね。

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