新たなる日々は光と闇が傍にある

 夏の時期は終わって冬がやってくると、血染の誕生日も近づいてくる。


「……ははっ、血染の誕生日が近づいてくるってことはあの子もだな」


 去年も血染だけでなくあの子にもケーキを買って帰ったけど、今年は去年以上にお祝いというか、楽しい時間になりそうだ。


「おいおい、またこいつ笑ってるぜ」

「くぅ!! リア充爆発しろ!」

「うるせえ!」


 言葉だけじゃなく、そこそこ強い力で肩を叩いてきやがった幸喜に俺は大きな声を出してしまった。

 別に怒っているつもりでもなく、真治と幸喜もニヤニヤしているだけで今の状況を面白がっているのは良く分かる。


「お前と血染ちゃんが付き合い始めてから何度も家に行ってるし、一緒にカラオケとか行ったけどその度にラブラブ度が増してるんだよな」

「それにどこか……前よりも幸せそうっていうか、大河の表情がコロコロ変わるんだよな」

「あ~それ俺も気になってたわ。血染ちゃんは何でも分かってるみたいに笑ってたけどさ」


 なるほど、意外と観察力はあるのか……いや、それなりに長く一緒に過ごしているし今更だなそれは。

 俺の身に何か起きたわけではないが、少なくとも夏の時に比べれば明らかに変わったことはある……ま、その真実を二人が知ることはなさそうだがな。


「簡単だろ。あんなに可愛くて美人の彼女が居たらニヤニヤもするし表情だってコロコロ変わる」

「……なあ幸喜、こいつ男として余裕だって顔してやがる」

「……俺たちは彼女が居たこともねえ負け組だってことだ」


 いやそこまで言ってないけど……。

 その後、二人と別れて俺は人気のスイーツショップに立ち寄り、シュークリームを三つ買った。

 決して落とさないように大事に紙袋を抱えて店から出ると、ちょうど脇から出てきた誰かにぶつかってしまった。


「おっと」

「きゃっ!?」


 今の声は間違いなく女の子の声だった。

 別に狙っているわけではないはずだけど、なんとも女性にぶつかるということに俺は縁があるらしい。


「大丈夫か?」

「あ、はい……大丈夫ですぅ」

「……?」


 俺のぶつかった女の子はとても小さい子だ。

 桃色の髪をした可愛らしい顔立ちの子……って、まさかと思って俺はその子をジッと見つめた。


「えっと……どうしましたか?」

「……いや、何でもない。本当にどこか痛いところとかはないか?」

「あ、はい! 大丈夫です! 私も余所見をしていたので、お互いに大きな怪我にならなくて良かったですよ」


 本当にその通りだなと俺は苦笑した。

 すぐにその子とは別れたが、俺は今一度、向こうに走って消えて行く後ろ姿に視線を向ける。


「……連城れんじょう時雨しぐれ、後輩のヤンデレヒロインじゃん」


 来年になってうちの高校に入学してくる予定の後輩ヒロインだ。

 まさかこんな形で出会うことになるとは思わなかったけど、あの様子だと俺のことは全く印象には残ることはなさそうだ。


「確かヤンデレレベルは一番凶悪なんだよなぁ……」


 凶悪というのは害があることの意味ではなく、単純にヤンデレとしての本質が時雨は頭一つ抜けており、仲良くなるまでは結構時間が掛かるが、ある程度のラインを踏み越えた瞬間に彼女はその背丈の小ささに似合わないほどの圧倒的包容力で主人公を包み込もうとしてくる。


「巨乳好きの俺には全然響かなかったキャラだけどな」


 ちなみに、彼女は色々と小さいことを気にしているのも公式設定だった。

 まさかの後輩ヤンデレヒロインとの出会いはあったが、俺はすぐにそれを忘れるように家へと帰る。


「ただいま~」


 玄関を開けて中に入ると、既に血染の靴が置いてあった。

 今回は俺の方があの二人と遊ぶ約束しをしていたので血染は一人で帰ったようだけど、これはその内に埋め合わせをしないといけないか。

 靴を脱ぎながらそんなことを考えていると、リビングに続く扉が開いた。


「お兄様!」


 元気な声を出して黒い髪の少女が俺に飛びつく。

 結構な勢いではあったが、やはり彼女の体に重さはないので俺が大きな衝撃を受けることもない。


「ただいま真白」

「おかえりなさい」


 抱き着いてきたのは真白――血染の内に潜んでいる彼女だ。

 彼女が言葉を発するようになり、そして俺と血染で彼女に真白という名前を与えてから、真白は恐るべき速さで成長した。

 見た目はあまり変わらないのだが、精神の方が急速に成長したのである。


「血染はリビングか?」

「うん。買い物から帰ったばかり、それで今冷蔵庫に食材を入れてる」

「そうだったのか」


 血染に比べて淡々とした喋り方だが、以前のように途切れ途切れではない。

 全体的に黒かった肌は普通の人のように色を持ったが、彼女の体に走る赤い線は残り続けているのでその部分に関しては人外の証だと言えるだろうか。

 真白を伴ってリビングに戻ると玉ねぎとジャガイモを手にした血染が居た。


「おかえり兄さん」

「ただいま血染」


 家に帰ったら二人の妹に出迎えられるのも幸せなのだが、やはりこうして自分の恋人が台所に立っている姿というのは一種の温かさを感じられる。


「シュークリーム買ってきたんだ。みんなで食べようか」

「え、本当?」

「甘くて柔らかいお菓子、凄く好き」


 血染も真白も甘いものが大好きなのだが、特に真白に関しては甘いものを前にすると少しだけ幼児退行のような感じにもなるが、その姿がまた可愛くて俺と血染を笑顔にさせてくれるのだ。


「あむ……おいしぃ♪」

「良かった」

「良かったねぇ」


 パクパクと美味しそうにシュークリームを頬張る真白を見つめていたが、俺と血染は向かい合ってその距離を詰めた。


「改めて、おかえりなさい兄さん」

「ただいま血染」


 愛おしい恋人である彼女と抱き合う、これが外から帰って来た時の約束だ。

 それから真白と同じように俺たちもシュークリームを口にするのだが、血染が小さくため息を吐いてこんなことを口にした。


「早く兄さんと同じ高校に進学したいよ……毎日面倒だから」

「……あ~」


 血染が面倒だと口にしたことに俺は苦笑した。

 彼女の口から教えてもらったことだが、もうすぐ十二月がやってくるということは中学三年生である血染は数ヶ月もすれば卒業することになるのだが、それは血染のクラスメイトも同様だ。

 だからなのか、血染に会えなくなる前にどうにかして気持ちを射止めたいとクラスの男子は考えているのか告白の数が増えているらしい。


「あたしさぁ、友達との会話でくどくない範囲で兄さんと甘々な恋人生活を満喫していることは口にしてるんだよ? それなのにしつこいくらいに告白してきて……うがあああああああああっ!!」

「お、落ち着け血染!」

「うるさいから喰っちゃいたいよそうすれば静かになるのにぃ!!」


 美しい恋人が髪の毛を振り乱して荒ぶっている。

 真白も血染とは繋がっているので彼女の抱える悩みと怒りは通じているようでうんうんと頷きながらも、シュークリームを食べる手は止めていない。


「……俺が傍に居るのが一番良いんだけど、流石にそうもいかんからな」

「分かってるよ。でも大丈夫、あたしは兄さんの愛に包まれているから♪」


 そう言って血染はパクっとシュークリームに噛り付いた。

 血染と真白が両隣に座って一緒にシュークリームを食べているこの光景、本当の姉妹のようにしか見えない光景に俺は頬がユルユルになりそうだった。

 ただでさえ血染という恋人が出来たことで気分が常にアゲアゲ状態なのに、そこに真白が更に深い繋がりで加わったようなものなので毎日が幸せのオンパレードだ。


「お風呂にお湯入れてくる」


 指に僅かに付いたクリームをペロッと舐めて真白は風呂場に向かった。

 血染を真似るように彼女も積極的に家のことを手伝うようになってきたが、心なしか血染からある程度離れて行動できるようになった気がしないでもない。


「真白のやつ……本当に人間らしくなったよな」

「うん。これも全部兄さんのおかげかな」

「買いかぶり過ぎだ」

「そんなことないよ」


 いや、本当に買いかぶり過ぎだぞそれは。

 俺は別に何か特別なことをしたつもりはないし、あんな風に変わったのは間違いなく真白の成長の証なのだから。


「兄さんはもう少し、自分の凄さを実感するべきだと思うなぁ?」

「……そうなのか?」

「そうだよ。えいえい!」

「っ……こいつめ」


 ツンツンと頬を突いてきた血染にやり返そうとしたが、彼女はニヤリと笑って俺に飛びついてきた。

 咄嗟のことだったが俺は彼女を受け止め、そのままソファの位置まで動く。

 この歳になってまでどんなじゃれ合いをするんだと誰かに見られたら呆れられるだろうが、そんなじゃれ合いの果てに事故が起きた。


「え?」

「あ……」


 血染が足を滑らせて体勢を崩してしまった。

 俺は彼女を支えるために手を伸ばしたが、背中に手を回すことは出来ても踏ん張ることは出来ずにそのまま二人で倒れてしまった。

 ただ、幸いにもソファに倒れ込む形だったのでお互いに怪我はない……のだが、問題はそれではなかった。


「……っ」

「……兄さん」


 倒れ込んだ拍子に彼女の胸に俺の手が触れていた。

 突然のことで動きを止めてしまったが、意識せずとも手の平に力が入って彼女の持つ豊満な膨らみに指が僅かに沈んだ。


「わ、悪い!」


 慌てて離れたが、血染はクスッと笑った。


「ねえ兄さん、そろそろ良いんじゃないかな? あたしたち、もう随分と愛は育んだと思うんだけど?」

「……それは――」

「なに、してる?」


 見つめ合っていた俺と血染だが、そこに響いたのは抑揚のない真白の声だった。

 どうやらお風呂の準備が出来たようで戻って来たみたいだが、血染を押し倒すような形の俺を見て彼女は小さく呟く。


「……やっぱりお兄様はおっぱいが好き。私も血染みたいに大きいよ?」


 取り敢えず……純粋な彼女にこれ以上は言わせてはならないと考え俺は血染から離れるのだった。

 その後、俺は風呂に向かったが最近思うことがある。

 俺はとにかく血染のことが大切であの子のことは宝物のように接しているのだが、それなりに距離が近いこともあってかなりムラムラすることが増えてしまった。


「……はぁ」


 参ったなと思いつつも、あんなに魅力的な子が近くに居るのだから仕方ないよなとも思うのだった。

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