喫茶店のこと
私立根戸羅学園の近くには喫茶店『ニル』がある。
落ち着いた雰囲気だが学生向けにお値段はお安め。コーヒーや紅茶だけでなく、数種類のスイーツや軽食も楽しめる。
いかにも昔ながらといった趣の喫茶店がこの俺、大城零助(おおしろ・ぜろすけ)の城だった。
前の仕事は肉体的にも精神的にも負担が大きかったが、今はのんびりと働かせてもらっている。
「マスター、お疲れ様です」
「ああ、英子。お疲れ様」
「すぐ着替えてきます」
やってきたのはうちのスタッフだ。
久谷英子(くたに・えいこ)。根戸羅学園の二年生で、つややかな長い黒髪が印象的な眼鏡っ娘である。
清楚系の顔立ちなのにスタイルがよく、学園でも五指に入る美少女だという。
彼女はうちのバイトで、可憐なウェイトレス姿を目当てに男子生徒の客も増えていたりする。
「ふふ、開店して一年。ニルも、もう人気店ですね」
「英子のおかげでもあるけどな」
「マスターのケーキのおかげですよ」
「お、嬉しいこと言ってくれるね。ようし、今日のデザートはいちごのショートケーキだ」
「やった、マスター大好き」
仕事をしながらも軽口を交わす。
長い付き合いで、英子は俺を慕ってついてきてくれた女の子だ。
有難いし嬉しい。このままのんびりと過ごしたいものである。
と、ちょうどその時お客様が来店した。
「どうも、マスター」
入ってきたのは銀髪オッドアイの美貌の青年。
服は現代日本に合わせた落ち着いたスーツ姿だが、残念ながら彼はこの国どころかこの次元の人間ですらない。
俺と同じく、別次元からの来訪者。
神霊結社デルンケムの四大幹部が一人、ハルヴィエド・カーム・セインである。
「やあ、いらっしゃい」
「一週間ぶりです、統括幹部・呪霊剣王ゼロス様」
「今の俺は喫茶店のマスター・大城零助だぞ、ハル」
「失礼しました」
周囲には聞こえないよう小声の会話だ。美貌の男が心底残念そうな顔をした。
いきなり店に来た銀髪イケメンに女性客の視線が集まっている。俺もそこそこ顔は整っているつもりだが、美貌という一点では負ける。
英子なんかは「零助さんの方がワイルドで男らしくて格好いい」と言ってくれるが、身贔屓が過ぎるな。
「では、マスター。ケーキセットを」
「ああ、紅茶は」
「私は詳しくないので、選んでいただけると嬉しい」
人目があるところでは気取っているけど、このハルが残念な奴だと俺はよく知っている。
酒に酔っぱらって肛門にフ〇スクを入れて悶えていたことを俺は絶対忘れない。
「お待たせしました」
「ああ、ありがとう。英子もウェイトレスが板についたな」
「いえいえ。これくらい零助様……マスターを支える身としては当然です」
英子もかつては戦闘員A子としてデルンケムに在籍していたため、ハルと面識がある。
ハルがトランクス一丁でビールを飲むことを何より楽しみにしていることも知っているため、このイケメンっぷりに騙されたりはしなかった。
「うまぁ……あ、マスター。今のうちにお土産にワンホールお願いします」
「ハルは普通にうちのお得意様だよな」
「疲れているのですよ。なにせ上司は辞めてのんびり喫茶店経営、同僚もいなくなった。甘味でストレスを解消するくらい許していただきたいものです」
「うっ、それは……勘弁してくれよ」
統括幹部である俺が組織を辞めたせいで忙しくなったのは間違いなく事実。
茶化しているし、俺に対して悪感情をぶつけることはないが、ハルの負担は間違いなく大きい。
「ええ、ええ、許しますとも。おっ、スモークチキンのクラブサンドも美味そうですね。ほう、お持ち帰りもいけるのか……」
「……くくっ。分かった、サービスする」
ハルが微笑む。
こうやって催促をして、俺に罪悪感を持たせないようにしてくれたのだろう。こいつはポンコツだが、勝手に組織を離れた俺のことを今でも慕ってくれているのだ。
「いらっしゃいませー」
また新しいお客様が来られたらしく、英子の声が店内に響く。
制服姿の少女たちは、うちの常連だった。それぞれ人目を惹く美少女だった。
神無月沙雪……根戸羅学園の一年生で、英子の後輩にあたる。
それに結城茜と、朝比奈萌……だったか。二人は中学生で、よく神無月さんに連れられてうちのケーキを食べにくる。
名前を知っているのは英子が神無月さんとそれなりに喋るため、その流れでだ。
だから彼女達が何者であれ、うちでは常連さんとして接する。
「……………ふうぇ?」
神無月さん達を目にしたハルがなんか奇妙な声を発した。
彼はすぐさまスマホを取り出し、ポチポチと画面をタップしていく。
ここまで焦っている姿を見るのは久しぶりだった。
◆
・
・
・
185:ハカセ
【緊急速報】ワイ、喫茶店で優雅にティータイムしている途中でロスフェアのお三方と遭遇
186:名無しの戦闘員
なにがどうしてそうなった!?
187:名無しの戦闘員
さすがハカセもってるわー
188:ハカセ
ワイは今日もたくさんの仕事を抱えていた
作戦参謀として策を練り、実行部隊として動く
え? それってもう参謀と部隊分ける意味なくない?
そんな状況でも働かない戦闘員
戦闘員M男はI奈ちゃんを膝に乗っけてパッキーゲームをしとる
ストレスが溜まり過ぎた結果、ワイは考える
あ、今日はケーキを食べまくろう
189:名無しの戦闘員
相変わらず理不尽なブラック
190:名無しの戦闘員
実は首領じゃなくてハカセを止めればデルンケムって終わるよな
191:名無しの戦闘員
12歳とパッキーゲームは紛れもなく悪
192:ハカセ
そこでワイはアニキの喫茶店に足を運んだ
手作りケーキ美味しいし ファミレスとかより喫茶店で優雅にお茶した方がカッコいいからや
アニキと久しぶりにじゃれ合えて心安らかな午後を過ごせていた
が、いきなり店にやってくる美少女たち
変身してなかったけどワイの目は誤魔化せん
彼女達はフィオナたん エレスちゃん ルルンちゃん
まぎれもなくロストフェアリーズの面々やった
193:名無しの戦闘員
すげえ偶然だな
194:名無しの戦闘員
変身してないのに分かるもんなの?
195:名無しの戦闘員
変身ヒロインの正体バレって致命的なヤツじゃん
196:名無しの戦闘員
そういやさ 画像まとめまで出てるし顔を隠してるわけでもないのに
全然フェアリーちゃん達の変身前情報って出てこないよな
あれ? この子似てない? くらいの話SNSに投稿されてもいいのに
197:名無しの戦闘員
正体をバラされたくなかったら……は王道展開だよね
198:名無しの戦闘員
あれだろ 認識阻害的なヤツがやっぱり働いてるんじゃね?
199:名無しの戦闘員
じゃあなんでハカセが気付けるんだよ
200:ハカセ
認識阻害なんてあっても……ワイの心はフィオナたんを見つけてしまうのさ
愛はさ迷いながらその片割れを求めるってことや
201:名無しの戦闘員
キモイ
202:名無しの戦闘員
ふざけてんの?
203:名無しの戦闘員
氏ね
204:ハカセ
マジメな話するとロスフェアの三人から妖精の匂いがするもん
そら分かるわ
205:名無しの戦闘員
迂闊ー!?
206:名無しの戦闘員
いや匂いで分かるとかさすがに想定外やろ
207:名無しの戦闘員
どっちにしろハカセ変態っぽい
208:ハカセ
まあワイはこう見えても天才神霊工学者やからな
そもそも神秘に対するセンサーの感度高いんや
はっきり言って妖精の残り香を感知できるのは組織でもワイとアニキ、首領くらいやな
でも直接会わん限り分かるようなもんでもない
209:名無しの戦闘員
オマエさぁ 今自分がどこにいるのか忘れてんの?
210:名無しの戦闘員
じゃあヤバイやんけ
211:ハカセ
どこってアニキの喫茶店……あ
212:名無しの戦闘員
あ じゃねえよw
213:名無しの戦闘員
元とはいえ統括幹部に正体バレか
普通に危険だよな
214:ハカセ
急遽アニキと話したで
アニキ「彼女達の正体? もちろん知ってるが」
ワイ「誰かにばらしたりは……?」
アニキ「するか。正体がどうあれ、彼女達はうちの大事なお客様だ。
組織に密告するつもりもない」
アニキぃ!
215:名無しの戦闘員
いい人! アニキぃ!
216:名無しの戦闘員
やったな! アニキぃ!
217:名無しの戦闘員
まあそもそも離脱してんだからそんな義理ないわな
それはそれとしてアニキぃ!
218:ハカセ
あぁよかった
安心したらお腹減ったしチョコパフェ追加しよかな
219:名無しの戦闘員
気ぃ抜きすぎw
220:名無しの戦闘員
ハカセ甘党?
221:ハカセ
ワイは美味いもん党や
甘かろうが辛かろうが美味けりゃ全てをこよなく愛する
牛丼も好きやしA5肉も好き
というか毎日頑張って働いとったらよっぽどのゲテ以外だいたい美味い
222名無しの戦闘員
ハカセのくせになんか言ってる……
223:名無しの戦闘員
ニートには耳が痛いぜ
224:名無しの戦闘員
ていうかさ フィオナちゃんすぐ近くにいるんだろ?
声かけなくていいのか
225:名無しの戦闘員
恋仲になりたいんじゃなかったっけ?
226:ハカセ(スペシャルメロンパフェ中)
舐めんな シャイなワイがそんなナンパみたいな真似できる訳ないやろ
227:名無しの戦闘員
寸前でメロンに心変わりしやがったw
228:名無しの戦闘員
おいおいハカセ そんな時のために俺らがいるんだろ?
229:名無しの戦闘員
シャイなお前が上手く会話できるように俺達が援護してやるよ
そう……安価でな
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