第32話 アズー
デイジーが夕食の準備を始めた。
俺は、ちょっと水車小屋を見せてもらっていいですか、と断りをいれて小屋を出た。
森の中は薄暗く、水車小屋で粉をひくの音だけが規則正しくなっていた。俺は、深呼吸して規則正しいその音に耳を澄ます。
落ち着かなければ。
もう一度、深呼吸した。
(ミラさん、さっき取り出したアイテムがカクホできないんだけど)
(レベルアップにともない、保管数の上限が98になりました)
ステータス画面を開き、レベルアップ条件を確認した。
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レベルアップ条件
保管数 96品
希少品 4品
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確かに確認したはずなのに、いままでの癖で安易にアイテムを出し入れしすぎた。調子に乗りすぎた。
(レベルダウンはできないのかな)
(できません)
(これからどうすればいいの?)
(不明です)
間抜けにも手品と称して不用意にアイテムをカイホしてしまった。その結果、再びカクホできなくなってしまったナイフの柄と鈴を握りしめた。
保管数が減少するのは、自分が思っていた以上に不安な気持ちにさせた。どうして不安になるのかはわからない。なぜか悔しいとも思った。これは集めたアイテムを自ら捨てなければならないからかも知れない。
理由はどうあれ、このナイフと鈴をどうにかしなければならない。とりあえずアイテムを選び直そう。
これからは、カクホするアイテムを厳選しなければならないと言い聞かせた。
アイテムブックを開きアイテム一覧する。アイテム一つ一つに思い出が宿っていて、どれを捨ててよいのかわからない。
これからどんどん保管数が減っていくかもしれないと思うと、さらに捨てるのが難しく感じられた。
グズグズしている場合じゃない。あまり時間をかけると、デイジーやアズーが心配してやってくるかもしれない。
俺は、チロを治療したときカクホした蛆虫を緊張しながら小川に捨てた。
そして、ナイフをカクホした。
思いがけずレベルアップしてしまわないように保管数は97か98にしなければならない。96になると、レベルアップしてしまう。
アイテム管理が非常に面倒なことになった。
次にチロの腐肉をカイホして、熊よけの鈴をカクホした。
こういう手順を踏めば、一応アイテムの入れ替えはできたわけだ。
この状態だと、保管数上限に達しているので新しいアイテムをカクホしたいと思った時、すぐにカクホできない。
レベルアップせずにカクホできる数に余裕をもたせるためには、今のところ希少品を一つ捨てればいい。そうすれば、保管数96品。希少品3品となり、レベルアップの条件を満たさなくなる。
今のところ持っている希少品は虫除けの石、清光の石、ダイヤモネリ、トムの4品だが、どれを捨てたらいいのか判断つかなかった。
どれも有用そうで、再び手に入れることが難しそうに感じられた。
希少品が捨てられないなら、これからは何も考えずカクホできる上限が1品で諦めるしかない。
それで十分だろうか?
もし次のレベルで、その条件が、保管数94品。希少品が4品以上になった場合、希少品数が増えないという条件下では、保管数を減らして、カクホできるアイテム数を増やしていける。
保管数かカクホできる数か、どちらが俺にとってメリットがあるのか。
ゆっくり考えている時間はないが、決める必要がありそうだ。
第一に考えるべきなのは、生き残る確率を上げたいということだ。
だが、未来はわからない。いつどんなアイテムが必要かなんて誰も分かりはしない。
それならば、今は保管数よりもカクホできる数に余裕があったほうがいいだろうと判断した。
もう一つレベルアップしてみよう。
どれを捨てるべきか、アイテムブックを真剣に見た。
カネは捨てられない。
特記事項に記載のあるアイテムは有用なものがあるから捨てられない。
釣りの道具も買ったばっかりだから捨てるに忍びない。
小石とか板とか一見つかいどころがなさそうなアイテムでも、ヘンゲという能力と合わさると無限の可能性を感じてしまう。実際、これまで小石に何度助けられてきたかわからない。
何度もアイテムブックを見直してから、思い切って、エンプ族の里から逃げる時、拝借してきた服と布切れをカイホし、水の中に投げ込んだ。
(おめでとうございます。レベルアップいたしました。カクホできる距離が6歩に広がりました。夜目がレベルアップして、半月の光でも昼間のような視界が獲得可能となりました。ヘンゲの時、唱える回数が一回に減少しました。幻影操作が16歩の範囲に広がりました)
申し訳無いが、ミラさんの説明は、頭に入ってこなかった。今、捨てたやつは、後でエンプ族たちに補填しないと行けない。そうしないと盗んだことになる。
(ミラさん覚えておいて。必ずあとで返すから)
(了解いたしました)
俺は、ステータス画面を開き、次のレベルアップ条件を見た。
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レベルアップ条件
保管数94品
希少品8品
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よし、予想通りになった。これで、保管数を90ぐらいまで減らしても、レベルアップはしない。あとは、希少品の数だけ気をつければいい。カクホする余裕をつくるため、さらに木製の靴とわらじを捨てた。
小屋の方から声が聞こえてきた。
「トム、夕飯の準備できたよ」
まだまだ、今回獲得した新しい能力について検証しなければならないが、今は夕食をいただこう。
俺は、はあい、と答え、小屋に戻った。
夕食は、カーバンクルになってから一番のごちそうだった。
何よりすばらしいのは、デイジーが俺の皿に料理をよそい、さあ召し上がれと、さしだしてくれたことだ。
その瞬間、その皿の料理は供物になった。供物は脳に効く。こっそりカクホしたいと思ったが、デイジーが料理の感想を聞こうと見つめていたので諦めた。それに、これからは、何でもカクホすればいいというわけではない、と自分に
デイジーが嬉しそうに話し始めた。
「あたしとジジイの顔って似てないでしょう」
「そうかな。目のあたりとか似ていると思うけど」
「案外、トムって適当ね。ジジイとは血が繋がっていないのよ。あたしは孤児、ジジイは、帝国の偉い人だったのよ」
「デイジー、俺の昔話は、いい」
「いいじゃない。ケチケチしなくても。こんな話は、街ではしないから、トムは特別よ」
「そうなんだ。なんとなく年はあわないような気がしてた」
「ホントにそう思った? ジジイは何歳だっけ」
「32才だ」
「あたしが14才だから、ホントの親子なら、18歳のときの子供ね。まあ、なくはないわよ」
計算が早すぎる。普段から、こういう話を他人にする時のために計算しているのだろう。
「帝国の偉い人って、どんな仕事をしていたんですか」
「シシょって言っていたわよね」
「そうだ、司書をしていた」
「でも、今は、粉挽き小屋のジジイで、トムの親父さんと同じ宝探しを職業としているのよ」
「ばか、そんな恥ずかしいことをいうな」
「いいじゃない、隠さなくたって。本当に宝物があるなら隠そうって気になるけどねえ。見てよ、どこにお宝があるの」
「そういう憎まれ口を叩いていると、お宝が見つかってもお前にはやらんからな」
そうか、それで父親が宝探しだと言ったとき同業者がやってきたと思い怖い顔になったんだな。
食事をしていくうちに、お互い気軽に話せるようになってきた。会話が弾むようにしてくれたデイジーの気配りのおかげだろう。
「この辺にお宝があるんですか」
「あるかどうかなんてわからないな、デイジーをひきとってからだから、もう12年。この辺りを調べているが、新しい手がかりは見つかってない」
「なんの手がかりもないのに、ここを調べているわけじゃないですよね」
「司書というのは帝国国内の文献なんかを管理する部門なんだが、ある日、不思議な文献を見つけてな」
「不思議?」
「そうだ、俺にだけ光って見えたんだ。同僚に光っているだろう、って聞いてみたんだが、光ってないと言われた。それにどうも同僚と俺では、見えている文字も違うらしい。まあ、それから色々あって、こうして、文献に書かれたところを割り出して10年以上も宝探ししているってわけだ。しかし、ここには今のところ何にもない。だから君が街で人に遺跡のことを尋ね歩いても、何にも知らないって言われるだろうし、また変わった子供が現れったって、いい笑い者になるだけだ。それよりも、今じゃ粉挽の仕事の方が忙しくなって、まああ、それはそれでいいんだがな。だから悪いが、トムくんが探しているの親父さんはこの辺にはいないと思う」
「あたしはね、トム。宝はあると思っているんだ。ジジイが諦めるなら、あたしが代わりに見つけてやると思っている」
アズーは、苦笑いを浮かべ、棚から瓶を取り出し、木のコップに中身を開けた。
果実を発行させた酒のようだ。甘い香りがした。
「もし宝あるとしたら、何があると思っていますか」
「俺の予想では、歴史から隠された古代遺跡。その入口がこの辺りだと踏んでいる」
「どれくらい昔だと予想しているのですか?」
「なんだ、興味あるのかい。カエルの子はカエルかな」
「すみません。父を探しているうちに、ついつい」
「いいさ、3000年ほど前ぐらいだと推測している」
そういうと、アズーは一気に酒を飲み干し、まだ少し仕事が残っているんで失礼するよ、といって奥の部屋に戻っていった。
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