第30話 ショッキング


 街は活気に溢れていた。

 デイジーは手際よく、小麦粉とゴマ油を納品先におろしていった。


 どの納品先も上得意様らしく、デイジーが顔を出すと笑顔になって今後の商売や天気の具合などの情報交換が始まった。なかには長々と世間話を始める人もいた。


 そういうときは、仕事のジャマにならないように離れた場所で街の様子や商店の品揃えを観察した。


 露天商のおばさんが、俺に声をかけてきた。


「坊や、どこから来たんだい。この辺の子じゃないね」

「宝探しをしている父を探して旅をしてるんです」


「宝探し?」

「父は遺跡などを調べてお宝を探すのが仕事なんです」


「ああ、そうかい。ヤクザな商売をしてるんだね」

「そうなんです。この辺にお宝が眠っているなんて噂はありませんか。もしかしたら、父が仕事をしているかもしれません」


「いやー、そんな話、聞いたこともないね。あたしはここの生まれ育ちだけど、きっとこの辺にはないよ。そんなに小さいのに、一人旅かい。母親はいないのかい」

「ええ、いないんです」


「そうか、悪いこときいちゃったね」

「大丈夫です」


「ところで、何を買ってくいくかね」


 さすが、商人。商魂たくましい。俺は、お付き合い、という態度で、おばさんの店をひやかした。


「これは、墨ですか」

「よくわかったね」


「ここは、貿易港だから、東と西の品物が行き交うんだけど。これは、海の生き物からとった貴重な墨なんだよ。あんたらなら特別価格で売ってあげる」


 ホコリの付き方からして、どう考えても売れ残りだ。

 顔を近づけてみた。


 生臭い。イカ墨のようだ。

 おばさんをみると、笑顔で手を差し出し、銅貨一枚でいいよ、と言った。


 結局、押し切られる形で購入してしまった。まあ、アイテムブックに保存しておけば臭いは問題にならない。アイテムが増えることはいいことだ。


 その後は、タガが外れたように、アイテムを購入していった。


 飴、釣り糸、釣針、漁網、鉛の錘、釣竿、木串、団扇、熊よけの鈴、ナイフ、砂糖、陶器の皿、魚の燻製、ソーセージ、ライ麦粉、黒パン、塩、胡椒、唐辛子、果実酢、ろうそく、マッチ、魚油、ラード、火打ち石。


 当然、半日でレベルが上がった。


 保管数が100個になった。

 この調子でアイテムを集めていけば、200個、500個、千個、1万個、100万個と増えていくだろう。


 目に入る範囲で俺に手に入らないものはなくなる。世界中のアイテムがやがて自分のものになる。まさしく最強だ。


 夜目スキルの能力も向上して、満月の光で昼間のように見える程度だったが、十六夜の月明かりで可能となった。


 幻影操作という能力は未だ使ったことがないが、これもアップグレードして、8歩の範囲で幻影を操作可能となったらしい。


 これは、一度どこかでその性能を確認しておく必要があるだろう。

 最後に、新しいユニークスキルとして、千里眼を得た。

 2000歩先のハチを見つけられるらしい。


 これも、後で検証するとしよう。

 アイテムブックで品数を確認すると、99個のアイテムが登録されていた。


 あと一個でもう一つレベルがあがりそうだったので、酒を買ってみた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

蒸留酒。

通常品。

特記事項 なし。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(カーバンクル様、レベルがあがりました。別格のアイテムまでカクホ、目利き、探索できるようになりました)


キターー、別格!


(カクホできる範囲が広がり、2歩の範囲で認識できるアイテムがカクホできるようになりました。カクホと唱える数が6回になりました。ヘンゲと唱える回数は5回になりました)


 これで、カクホもヘンゲももっと素早くできるだろう。これからは、コレクションのクオリティも上げていこう。


 俺はステータス画面でレベルアップ条件を確認した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 レベルアップ条件

保管数98

希少品4品。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


……、……、?


 現時点で、通常品が96品、希少品が4品、合計100品が保管されていた。


 俺は、二度見した。


 現実だとは思いたくなかった。


(ミラーさん、次のレベルにはなるには、ここから2品アイテムを捨てなければならないということでしょうか)

(左様でございます)


 世界のアイテムをすべて集めるのではなかったのか?


 いや、確かに誰もそんなことは言っていなかった。自分が勝手に思い込んでいただけだ。浮かれていただけだ。だが、しかし、だ。


 レベルアップしなければ、神話級のアイテムを目の前にしてもカクホは、できない。


 トムの姿にヘンゲしていれば、身につけることも、袋に入れて持ち運ぶことも可能だろうが、アイテムブックの力を知ってしまった今、そんな生活には戻れない。


 今までの冒険を振り返ってみてもトムにヘンゲしたままでは、この世界で生き残ることは無理だ。


 さらに言えば、アイテム保管数が減るということは、コレクターとして耐えられなかった。


 アイテムブックに収められているアイテムのどれを見ても、すでに思い出が詰まっていた。


 どれを捨てろというのか?

 

「おまたせ」


 デイジーが最後の荷物を納品し終わり店から出てきた。

 太陽は、ちょうど真ん中を過ぎた辺りだ。

 デイジーは、懐を叩いた。

 硬貨がシャリンシャリンと鳴った。


「お昼にしましょう」


 レベルアップの条件がショッキング過ぎてデイジーの話は頭に入ってこなかった。


「え、ええ」


 俺は、自分の懐具合を確認した。


 金勘定している自分の背中越しにそれを冷静に見ている自分がいた。硬貨の重さも手触りも感じなかった。足の裏に地面の感覚がない。


 分厚いクッションの上に立っているようで不安定だ。体がフラフラした。

 思考が散り散りになり、まとまらなかった。


 おカネの計算などしている場合かと自分に突っ込む自分と、どのアイテムを捨てるべきかと問う自分が同時に考えはじめたようだった。


 結局、いくら硬貨を眺めていても、自分がいくらもっているのか、簡単な足し算のはずなのに計算できなかった。


 デイジーが俺の頭をなでた。


「そんなにしょんぼりしないの」

「おカネの心配はしないで大丈夫よ。あたしがおごるから」


 そういうわけではないのだが、曖昧にほほえみを浮かべた。


「あたしのおすすめのお店でいい?」


 デイジーは、俺の返事を待たず空になった荷車を引くロバと並んで歩き始めていた。

 俺はだまってデイジーのあとを追った。

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