第34話古代龍のダンジョン その5


 数で圧されるルベルカさん達は苦戦していた。


 マルシカさんの弓で魔法の杖を持ったリザードマンが減り、ゾッタさん達魔法使いの攻撃も当たるようになってきたが、皮膚が頑丈な相手だけにまだまだ予断が許されなかった。


 魔物を一刀両断にするミリアナさんの大剣も鎧と鱗に阻まれて、敵に囲まれ始めている。


 ファブリオさんをはじめ他の冒険者の攻撃も、敵の反撃に押されている。


(このままでは全滅してしまうぞ。火属性、水属性、土属性、風属性。そうだ、雷属性があればなァ)

 商売の修行の合間に『賢者になるための魔術書』を紐解いて勉強していた僕は、ある魔法を思いついた。


 3ページ目に火の玉を描くと、湖に向かって次々と飛ばした。仲間は敵に当たらないファイアボールに落胆しているし、リザードマンは剣を振り上げて笑っている。


 湖の水が蒸発して一帯に水蒸気が充満すると、つむじ風で上昇気流を起こし、仕上げに無数のアイスランスを上空に飛ばした。


 湿気を含んだ温かい空気が急激に冷やされ、もくもくと湧き出る黒い雲の中にパチパチと火花が走り始めた。


「皆! 湿地帯から出来るだけ離れて。ミリアナは大剣を湿地帯の奥に投げ込んでくれないか!」

 僕は声の限り叫んだ。


 ルベルカさんは迷う事なくミリアナさんの元に走ると、大剣を手放して無防備なった彼女を守りながらリザードマンの間を駆けた。


「雷よ、我らの敵に電撃を走らせよ。サンダーボルト!」

 カミナリや電気属性の魔法はなかったが、ゾッタさんの詠唱を真似して叫んでみた。


 黒雲の中から幾筋もの稲光が走り、巨大な光の柱が湿地帯に突き刺さった大剣に落ちた。


『ズドーン』

 と、腹の奥に響く轟音と共に、湿地帯が真昼のように明るくなった。


 足元が濡れているリザードマンは痙攣を起こして倒れ、その体からは煙が上がっている。


「今のは何?」

 風圧で飛ばされたミリアナさんは、蒼ざめた顔で振り返っている。


「危険にさらしてごめん。時間がなかったのだ」

 風魔法で雷雲を吹き飛ばそうとした時、湖に白波を立て巨大な影が現れた。


「あれは、何ですか?」


「伝説の魔獣ヒュドラ! 実物を見るのは私も初めてだわ」

 頭が六つある魔物を見て、元S級冒険者のマルシカさんがガタガタと震えている。


「ヒュドラと言えば、再生能力が高くて倒しようがないと言われた魔物ではありませんか」

 エルミナさんも震え、B級冒険者の中には腰を抜かしている者もいる。


「本当に倒す方法はないのですか?」


「一本の首を切り落とせば、そこから二本の首が生え。胴体を攻撃すれば、首が胴体を庇う動きをするそうよ。昔、ヒュドラを倒した勇者の記録には、首を切り落とした痕を炎で焼けば再生を止められると記載されていたそうよ」

 マルシカさんが、ほぼ不可能な討伐方法を説明した。


「そんな攻撃、勇者と大賢者のコンビにしか出来ない事だな」

 手の施しようのなさに、ルベルカさんが肩を落とした。


「ヒュドラはどんな攻撃をしてくるのですか?」


「射程距離に入れば、岩を砕くほど威力がある水球を飛ばしてくるそうよ」 


「湿地帯に入ればその水球が飛んできそうですね」

 ヒュドラとの距離は、今のところ二百メートルはありそうだ。


「何か策があるのか?」

 ルベルカさんが見詰めてきた。


「ここからでは無理かも知れませんが、ヒュドラの力を奪ってみます」

 アイテムボックスからイーゼルスタンドを取り出すと、7ページ目を開いたスケッチブックをセットしてヒュドラのデッサンを始めた。


「これ以上は、あと百メートルほど近づかないと無理なようです」

 スケッチブックには今にも動き出しそうなヒュドラが描けているが、決定的な特徴が掴めていなのかサインを入れても動きに変化はなかった。


「そんな事をしたら強烈な攻撃を受けてしまうわ」

 マルシカさんが首を横に振っている。


「私が囮になるわ」


「俺も行こう」

 ミリアナさんとファブリオさんがスキルを使って攻撃をよけ切って見せると、湖に向かって走り出している。


「タカヒロへの攻撃は俺が防ごう。エルミナ、強化魔法を頼む」


「はい。聖なる光よ、我が仲間に力を。フィジカルアップ!」

 身体強化の魔法でルベルカさんの鎧が輝きを放っている。


「ゾッタさん魔法を使える人達と、ファイアボールを出来るだけたくさん湖に打ち込んでください。では、行ってきます」

 一旦サインを消してイーゼルスタンドを抱えると、ルベルカさんの後を追った。


「遠距離攻撃の出来るものは、届かなくてもいいからヒュドラの注意を引きつけるのよ」

 マルシカさんが残っているメンバーに指示をしている。




 湖に近づいた僕は7ページ目に『Aizawa』のサインを入れて、色鉛筆を使ってヒュドラの絵を仕上げていった。


 三つの首から飛ばされる水球を右に左にと避けるミリアナさんとファブリオさんは、すでに限界を迎えようとしている。


 一つの首は遠くからの攻撃を威嚇するように皆が居る方向へ水球を飛ばし、残る二つの首は片膝をついて盾を構えるルベルカさんに水球を飛ばしている。


 一心不乱に手を動かす僕には、ヒュドラ以外何も見えいなかった。


 六つの首は少しずつ色が違い、目の大きさと輝きが違っていたので、色鉛筆を使い分けて繊細な特徴を描き込んだ。


 縮地のスキルが使えなくなってしまったミリアナさんが、水球を足首に受けて倒れたがすぐに立ち上がった。


「大丈夫か?」


「攻撃に威力が無くなっているわ」


「たしかに、スピードも遅く、飛んでくる数も減っているなァ」

 ファブリオさんは子供が投げたドッチボールを避けるように、体を捻るだけで水球を避けた。


「完成に近いようだな」


「はい。でもここから運び出せませんから、数日でヒュドラは力を取り戻すでしょうね」


「そうだな」

 ルベルカさんが殆ど動かなくなったヒュドラを見上げている。


「なら、止めを刺した方が、安全にこの階をクリア出来ますよね」


「あの化け物に仕留めを刺す事が出来るのか?」

 ファブリオさんとミリアナさんが、攻撃が止んだので駆け寄ってきた。


「はい、準備はゾッタさんにお願いしてあります」

 足元に四人が乗れる乾いた土の台を作り、風魔法で上昇気流を生み出すとアイスランスを上空に飛ばした。


「金属の武器や防具をルベルカさんのアイテムボックスに収納してください」


「分かった」

 三人は急いで金属を体か外した。


 黒い雲が立ち込め、雷が光り始めている。


「身を低くしていて下さい」

 折れたショートソードをアイスランスに結び付けて、ヒュドラの胴体目掛けて飛ばした。


 上空で発生した雷が一点に集まり太くなっていく。


『ズドドド、ドーン』

 先ほどよりも激しい落雷がヒュドラを丸焦げにして、湖に沈めていった。


「今の凄かったけど、新しい魔法が使えるようになったの?」

 マルシカさん達のもとへ向かう道すがら、ミリアナさんが訊ねてきた。


「火、水、風属性の混合魔法だよ」


「魔法の扱いに慣れてきたようね」


「まだまだだよ。ミリアナ達がいてくれなければ、僕ひとりでは何も出来ないよ」


「団らん中、お邪魔をしてもいいかな?」

 ファブリオさんがふざけた口調で話しかけてくる。


「何ですか?」


「ワイバーンはどうやって倒したのだ?」


「ジャングルで手に入れたクモの糸を魔法で飛ばして、ワイバーンの翼を動けなくしたのです」

 アイテムボックスから糸の先を取り出して、ファブリオさんに渡した。


「俺の剣でも切れなかったやつか」

 ファブリオさんが手繰ると糸はいくらでも出てくる。


「もういい。片づけておいてくれ」


「はい、はい」


「ミノタウロスの斧と言い、クモの糸と言い。タカヒロは敵の力を使えるようになってきているのじゃないか?」

 ルベルカさんが口を挟んできた。


「そうよ。オオカミの群れに囲まれたときも、コボルトキングの力を使っていたじゃない」

 ミリアナさんも僕を見詰めて大きく頷いている。


「何を言っているのですか、たまたま上手くいっただけですよ」

 強者三人に囲まれて冷や汗が出た。


「やりましたね。伝説の魔獣ヒュドラを倒すなんて、皆さんS級冒険者へ昇格間違い無しですよ」

 マルシカさんが笑顔で疲労を吹き飛ばしてくれる。


「今日はここでテントを張るから準備をしてくれ」

 ルベルカさんの指示で、全員が休む事なく動き始めた。

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