第四十二話 面影との対峙
(タスケテ)
助けを呼ぶ声が、
「どうした?」
「嘘、でしょ、なんで、着物で、そんなに早く階段が上がれるのよ」
ぜえぜえと途切れ途切れになる言葉に、男は憐れな子羊に向けるような慈愛の微笑みを見せる。
「これが私の神が、私にもたらす力ですよ。素晴らしいでしょう?」
「いや、離して」
「
「!?」
「
「これは、驚いた。お友達かな?」
細い腕が、掴んだ少女の腕を引き寄せる。見た目からは想像がつかないほどの力で、
「あれが、
「
難し気に眉を寄せる
――……まさか、あれは!?
脳裏に父が指し示すアルバムの中の男の顔が蘇る。写真で見るより数倍、美しく見えた。むしろ更に磨きがかかり、人間離れをしているような。だがしかし、父は四十六歳。目尻に皺も刻まれて、いくつかシミもあれば白髪も混じる。母の事があって一気に老けたにしても、双子である限り、
目前にいる男は、特に若作りをする様子もなく二十代も前半のよう。行方不明になったその時から、時間が止まっているなら、あるいは……? まさか
余裕を見せていた秀麗な顔が少し崩れたのは、扉の奥からどやどやと更に人が入って来たからだ。
「それは私のものですよ、お返しなさい」
「鏡も少女もこちらのものだ。返すべきはお前の方だ」
しかし目がくらむような美形は、酷薄に笑う。
「姫を力づくで奪ってみるかい? 破片の一部程度なら取り返せるかもしれないねえ?」
少年の方にちらりと目をやると、見せ付けるように少女を自分の腕の中に深く閉じ込めた。こんなに密着されては陰陽師の式神も難しい。ほとんどが幻のような物とはいえ、カマイタチのような風を起こしての攻撃は可能だ。だがそれは細かいコントロールが効かない。
せめて彼女がじっとしてくれたらいいのだが、動かせる部位はすべて動かしてどうにかしようという活魚のごとくの暴れっぷりなので「もし彼女に当たってしまったら」等とわずかでも思ってしまえば、威力は半減どころじゃない。
――やるしかない。
少年は唇を噛んで勇気を振り絞ると、今からやろうとしている事の了承を得るように、真横に立つ師匠を見上げる。彼からはいくらかの逡巡の様子が見て取れた。普段から過保護な様子を見せる彼が、危険を冒そうという
しかし
「
「
「良いお友達ではないですか、姫君。彼を迎え入れる事にしますか?」
「鏡はこちらにも大切なものだ、渡すなんてできな……あっ!」
「待ちなさい!」
少年が何をしようとしているのかがわからないまま、その後を彼らは追いかけて来るが、若い少年の軽やかな跳躍を伴う階段の駆けあがりに追いつけない。
――チャンスは一回。
覚悟と集中を高め、男と少女の傍に寄る。男は満足気に微笑む。近づくほどにそれは「
だが。
着物なのに。こんな至近距離なのに。
秀麗な男は笑顔のまま、優雅に青い光線を避けて見せたのだ。「えっ」と驚きの声を上げた以降は、何も言えなくなった。次の瞬間には床に落ちた鏡を左手で拾い上げ、残る右手は
「子供だと思って見くびっていたが、面白い技を持っているじゃないか。その使い方は面白い、ぜひ今後の参考にさせてもらうよ。だが、神の化身に対しては、
「うぐぅ……」
「いやぁ、やめて!」
少年の首を締めあげていた手を緩めると、咳き込む
「ほう……この瞳は美しいな……抉ってしまってもこの美しさは維持されるだろうか。コレクションに加えても良いかもしれぬ」
冷気が背中を撫でて行くようにぞわりとする。そしてかつて聞いた、
「ああ、本当によく映し出すね。なんて綺麗なんだ……」
うっとりと酔うように、少年の瞳を覗き込み続ける。明らかに
「もっとよく見せてごらん……」
そう言って、少年の長い前髪を鏡を持ったままの左手でかき上げた所で、びくりと男の手が止まる。目は驚いたように見開かれ、一言。
「
それは
その瞬間を逃すまいと、
その衝撃で男の背はガツンと大きな音を立て手すりに当たり、そして頭の重みに引きずられるようにその体を向こう側に落として行く。
「あっ」
落ちて行く男に、少年は蒼白になり慌てて手すりに取りつくが、落ちる男の口から洩れるのは悲鳴ではなく高笑いだ。
「ははははははははは、面白い! 面白いぞ」
そのまま落ちると思われた男の体は、箱を突き破り飛び出した触手に受け止められる。箱が内側から弾かれるように割れ、醜悪などろりとして締まりのない肉塊が現れた。
「な、なんだあれは」
同じく手すりに手をかけて下を覗き込む
耳をふさぎたくなるようなブゥンという爆音を立てて羽ばたくと、巨体は軽々と宙に浮く。
「姫君、近々改めて場を整えて、お迎えにあがります。その時まで鏡はこちらでお預かりしますね。またお会いできる日をお待ちしてますよ」
朗々と、羽音にも負けぬ声で
あまりの事に茫然と、面々はそれを見送るしかできなかった。
(タスケテ)
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