Dランク

「素材の買い取りをお願いしてもいいですか?」

「かしこまりました」


 その日の夜、俺はグレフ村の冒険者ギルドを訪れていた。

 俺が両手に抱えていたそれをカウンターに置くと、鑑定役の職員はぎょっとした。


「これは――月涙草!? それに他にも希少な薬草が大量に……! こんなに大量にどうやって!?」

「俺は<召喚士>なので、特殊な召喚武装に能力を使ってもらったんです」

「そ、そうですか」

「ちなみにこの十倍以上あります」

「はい!?」


 俺の後ろから、俺が持ちきれなかった素材を召喚獣たちが運んできている。


 素材鑑定用のカウンターはあっという間にあふれ、俺たちが持ってきた素材が床にこんもりと山を作る。


「ちょっ……なんですかこの量は!? いったい何人で集めたんですか!?」

「一人ですよ? ですが、俺は<召喚士>なので召喚獣に手伝ってもらいました」

「普通の<召喚士>はこんなことできませんからね!? ちょっ、リック支部長ー!」


 いきなり持ち込まれた大量の素材に職員は慌てふためき、奥へと引っ込んでいく。


 奥から支部長の制服を身に着けた大柄な男性がやってくる。

 体格がよく、いかにも豪快そうな見た目だ。


「よう、お前さんかい、大量のレア素材を持ち込んできた<召喚士>ってのは。俺はグレフ村のギルド支部長のリックだ」


 どうやらこの人物がグレフ村のギルドの支部長らしい。


「いやはや凄いもんだ。悪いな、うちの若いもんには刺激が強すぎたみたいだ」

「なんだかすみません」

「いやいや、気にするな。その点俺はきちんと査定できるから問題ない。俺も経験豊富だからな、簡単なことじゃ驚かないぜ」


 確かにこのリック支部長はいかにも肝が据わっていそうだ。

 簡単なことでは驚かないに違いない。


 よし、じゃあ遠慮なく次にいこう。


 俺はいったんギルドの外に出て、表に積んでいた荷台をギルドの中に押していく。


「ん? <召喚士>、なんだその鉱石は。随分大量にあるが」

「全部ミスリルです」

「ほげぇえええええええええええええええええっ!?」


 支部長が目を飛び出させそうなほど驚いていた。


「み、ミスリルだとっ……!? 一体どうやって!?」

「『暗闇の洞窟』で掘りました」

「あそこは廃坑だろ!? 何がどうなってるんだ!?」


 混乱したように頭を振るうリック支部長。

 こんな状態の彼にあれを見せていいものだろうか。


 いや、今は金が必要だから仕方ない。


 俺はリック支部長をギルドの外に連れ出した。


「お、おい、もうミスリルなんてないよな?」

「安心してください、ミスリルはあれで全部ですよ」

「そ、そうか。そうだよな。あんなレア素材、そうそう手に入るはずないよな」


 一安心したようにリック支部長が胸を撫で下ろす。

 そのままギルドの外に出る。


「ロイ、おかえりー」

「なんだか人だかりができてるから、落ち着かないわね」


 そこにはシルとイオナの二人が立っている。ギルドの外に置いてあるものを見張るためだ。何しろ放置したら即座に盗まれそうだからな。


 二人の横には――金色に輝く兎の魔物の死体が大量に積み上げられていた。


 ゴールドラビット。


 宝飾品のような美しい毛皮を持つゴールドラビットは、魔物の中でも有数の高額買い取り対象だ。しかし臆病な性格、逃げ足の早さによってなかなか入手できない。


 それをシルの能力で探し、イオナが仕留めてきた。

 生存能力の高さゆえか、森には一定以上の数が存在したらしい。

 どのくらい集まったのかというと――


「ゴールドラビットの死体、二十三体ぶん。これも買い取ってください」

「……(ぶくぶくぶぐぶく)」


 ばたり。

 豪胆そうなリック支部長は泡を噴いてその場に倒れた。


 ……余談になるが、俺はこの日、<召喚士>としては異例の早さで冒険者ランクDへと昇格した。

 後日支部長は、「お前みたいな化け物をEランクにしておくわけにはいかない」と言っていた。


 言い方がひどくないか?

 いや、ランクアップは嬉しいけれども。


 とにかく、金策は初日にしてかなりの成果を挙げたのだった。




 その後一週間、グレフ村を拠点に似たようなことを繰り返した。

 ミスリルに関しては他の鉱山にも行きたかったが、近くにはそもそも鉱山がなかった。

 まあ、あっても廃坑になってない限りは無許可で立ち入りはできないだろうが。

 その成果は大雑把にこんな感じだ。


 ミスリル鉱石:五千万ユール

 月涙草などの採集系素材:二百五十万ユール

 ゴールドラビットなどの魔物系素材:二千万ユール

 ついでに受けていた依頼の達成報酬:七十万ユール


 俺のもともとの手持ちも合わせて、だいたい七千五百万ユールくらい。


 一週間の稼ぎとしては破格だろう。

 だが、まだ目標金額の半分にも届いていない。どうしたもんかな……


「うーん、もう近くにはあんまり高額買い取りのものはないよ~」


 能力によって周囲をサーチしていたシルが困ったように言う。

 それも仕方ないだろう。

 ここ一週間で金になるようなものはほぼ狩りつくしてしまったからなあ。


「何体かゴールドラビットを残してるけど、あれも狩っちゃう?」

「駄目だ、イオナ。それをやるとゴールドラビットがこのあたりから絶滅する」


 さすがに生態系を崩すレベルまで身勝手に動けば、ギルドから処罰されかねない。


 ……このあたりが潮時か。

 場所を移すべきかもしれない。


「っていうか、ジュードはどうやって二億ユールも支払うつもりだったのかしらね?」


 イオナが首を傾げる。


「どういうことだ?」

「だって、ジュードの財布の中にはせいぜい数十万しか入ってなかったじゃない。どこかに貯めてあるのかしら?」


 あ。


「イオナ、お手柄だ!」

「え? ひゃっ、きゅ、急に撫でないでよ……」


 思わずイオナの頭を撫でると、イオナが落ち着かなさそうに言う。


「すまん、つい。嫌ならやめるよ」

「……やめるのは駄目」


 お前は俺にどうしてほしいんだ。

 その後しばらく俺はイオナの頭を撫で続けることを強要された。

 そうするとシルが拗ねたので、そっちもしばらく撫でることになったのだが。

 ようやく二人の頭撫でろコールが収まったところで、俺は次の目的地を告げた。


「アルムの街に行くぞ」

「「?」」

「俺の予想が正しければ、そこに結構な額がまだ残ってるはずだ」





 グレフ村からアルムの街に移動する。


 移動に使う時間が惜しかったので、今回はイオナに竜の姿になってもらい、その背中に乗って空から移動した。

 そのまま街中に行くとトラブルになりそうなので、街の外に着陸してもらう。

 そしてそのまま街の中へ。


「それで、どこに行くの?」

「それなんだが……シル、『鉄の山犬』の拠点を探してくれるか?」

「わかった! 案内するね!」


 シルに先導してもらい、『鉄の山犬』の拠点へ向かう。

 冒険者は街に居着く場合、拠点となる家を購入することがある。『鉄の山犬』も例に漏れず大きな建物を根城にしていたようだ。


 さて、建物の中に入ろうとすると。


「なんだぁ、てめえら」

「ここは俺たちのナワバリになったんだよ! 勝手に入ってくんじゃねえ!」


 中からゴロツキがぞろぞろ出てきて威嚇してきた。


「あんたら、まさか『鉄の山犬』?」


 イオナが聞くと、ゴロツキたちはにやにやと笑いながら否定する。


「あいつらなら、とっくに街を出て行っちまったよ!」

「親分のジュードがナントカって<召喚士>にやられたからってなあ~!」


 なんとなく状況がわかった。

 『鉄の山犬』は、ジュードという圧倒的強者の手下だったから好き放題できていたのだ。

 そのジュードがいなくなったら、とても街にい続けるのは無理だろう。

 そうして空き家になった『鉄の山犬』の元拠点に、このゴロツキたちが住み着いたわけだ。


「覚悟しやがれえええええ!」


 なんて遅いパンチだ……

 避ける必要すらなさそうだったので、俺はそのまま動かなかった。


 ゴキンッ


「あぎゃああああああああああ! 骨が! 手首の骨が折れたぁああ!」


 ゴロツキの一人がのたうち回る。

 ジュードという化け物を倒した俺にとって、今更この程度の相手が以下略。


「覚えてやがれえええええええええええええ!」


 ゴロツキたちは逃げていった。


「さすがロイだね!」

「っていうかあいつらが弱すぎるんじゃ……」


 シルとイオナが各々コメントをする。


 そんな一幕がありつつも、建物の中へ入る。


 拠点の中には金目のものは見当たらなかった。

 おそらくアルムの街に残っていた『鉄の山犬』たちが財産を持ちだしたんだろう。


「それでロイ、ここには何をしに来たの?」

「まあ待ってくれ。シル、この建物の中にある金や宝石を探してくれるか?」

「うん! ……って、なんだかすごく宝石がたくさんある場所があるよ!? 二人ともこっちに来て!」


 興奮気味に走り出したシルの後ろを、俺とイオナがついていく。

 やってきたのはどうやらジュードの私室らしい大きな部屋だった。

 シルが指さすのは床に敷かれた絨毯の下。

 なるほど、そこか。

 絨毯を剥がすと、そこにはいかにも頑丈そうな扉に守られた床下収納があった。

 鍵を探すのも面倒なので【掘削】で穴を開け、中のものを取り出す。


「何それ? 壺……?」


 床下収納から出てきたのは大きな壺だった。俺がそれを逆さに振ると。


 ジャラジャラジャラジャラッ!


「何これー!」

「宝石が、こんなにたくさん!?」


 出てきたのは大量の宝石や金塊だった。おそらく市場価値の高いものばかりだ。


「ジュードの部下は小悪人ばかりだからな。連中に盗まれないように隠してたんだろう」


 元Aランクだけあって相当稼いでいたようだ。

 ジュードの隠し財産を回収し、宝石商のもとに売りにいく。

 すると、なんと五千万ユールの値がついた。


 今の手持ちと合わせて、一億二千万ユールほど。

 残り三分の一。


 ……さて、次はどうしようか。

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