赤竜
シルの案内に従いグレフ村から出て召喚スポットのもとまで向かう。
やってきたのはグレフ村の背後にそびえる山の頂上だ。
そこにあったのは。
「「でっか!」」
目測二メートル強の召喚スポット。
ここまで見てきたものの中では圧倒的に大きい。
シルが宿っていた召喚スポットに匹敵するサイズだ。
「……確か、召喚スポットってのは主の力の強さに比例するんだよな?」
「うん。そのはずだよ」
そうなるとこのスポットに宿る相手はすさまじい力を持っていることになる。
これは是が非でも契約したい!
早速俺は召喚スポットに手を触れた。
「【我は汝との契約を望む】」
呪文を唱えた直後、俺はいつものように精神体となり試練の間へとやってきた。
「って何ここ! すっごい暑いよ!?」
「荒野……いや、火山か?」
試練の間は草木一本生えない土地だった。広い。おそらくグレフ村が丸ごと入るほどの面積の地面があり、その外周部をぐるりと灼熱のマグマが囲っている。
まるでマグマの海に浮かぶ島のようだ。
こんな試練の間は初めてだ。
ばさり、と翼をはためかす音が頭上から聞こえる。
直後。
ズンッッ! と激しい音を立て、俺たちの眼前にそれは降り立った。
「――ッ!?」
着地の衝撃によって粉塵と暴風が叩きつけられる。それをこらえて視線を前に向けると、そこには一体の『竜』がいた。
全身を紅い鱗に覆われた飛竜。
尾まで含めた全長はおそらく二十メートルを超すだろう。
美しい、と俺は場違いにも思った。竜の鱗は一つ一つがまるで宝石のように見えた。
けれどそれと同じくらい、いや、それ以上の恐怖が俺の心臓を加速させる。
『我を打ち倒してみせよ』
脳内に声が響く。
かつてシルと契約した時と同じ、試練の提示だ。
この竜と契約するためには、戦って勝たなくてはならないらしい。
「上等だ……シル、行くぞ!」
「わかった!」
剣の姿になったシルを構えて駆け出す。
相手は翼をもつ竜だ。
自由に飛ばれてはこっちの攻撃は届かない。
だからこそ先手必勝。相手が地面にいるうちに一気にケリをつける!
「うおおおおおおおおおおおっ!」
走り続ける俺に向かって赤い竜が行ったことはシンプルだった。
口を開き、その中から紅蓮の輝きが収縮するのが見えた。
次の瞬間、俺の視界は竜が吐きだした莫大な火炎のブレスによって埋め尽くされた。
(――は? いや、これはさすがに無理だろ)
炎が迫ってくる。熱いと感じることさえ間に合わない。
俺は何か手を打つヒマもなく炎に焼き焦がされ、意識を絶たれた。
「……ッ、はあ、はあっ……!」
召喚スポットの前に戻ってきて俺は肩で息をする。
「ロイ、大丈夫!?」
「あ、ああ……くそ、あんなのアリか……!?」
ふらつく体を人間の姿になったシルに支えられながら、俺はうめいた。
強くなったつもりでいた。
だが、それは勘違いに過ぎなかったと思い知らされた気分だ。
一度戦っただけでわかる。
あの竜は圧倒的に格上だ。今の俺とはあまりにも実力差がありすぎる。
普通に戦えば千回挑んでも相手に触れることすらかなわないだろう。
「ふ、ふふふふ、ははははははははは」
「ろ、ロイが壊れちゃった……!?」
「失礼なことを言うな」
シルのリアクションにそう突っ込んでおく。
あの竜は強い。
だが逆に言えば、あの竜を倒して契約できれば、このうえなく頼もしい味方になるということだ。
このあたりは<召喚士>の醍醐味だな。
「見てろよ、絶対に契約してやる……!」
俺は決意に燃えながら呟くのだった。
「……ロイって意外と負けず嫌い?」
ちなみにシルはそんなことを言っていた。
▽
『グルルアアアアアアアアッッ!』
「左右に避けるスペースはない! なら上に跳べば――ぐああああ!」
炎のブレスをジャンプで避けようとして回避しきれず焼死。
『グルルアアアアアアアアッッ!』
「避けられないなら耐えるまで! 【召喚:『水ノ重亀』】! さあブレスを防ぐ盾に――ぐああああ!」
耐久力に秀でた『水ノ重亀』を盾に炎のブレスを受け止めようとして、『水ノ重亀』ごと燃やし尽くされて焼死。
『グルルアアアアアアアアッッ!』
「こうなったら意地でも先手を取る! 行け『風ノ子蜂』『風ノ子梟』『樹ノ子鼠』『地ノ子蟻』! 相手の目を潰して動きを止めるん――ぐああああ!」
動きの速い召喚獣をけしかけて相手を怯ませようとするも全員尾の一薙ぎで虐殺され、次手の炎のブレスで俺も焼死。
「いくらなんでも強すぎるだろ!?」
召喚スポットの前で俺は頭を抱えた。
あの竜はどうなってるんだ!? 今のところまったく勝算が見当たらない!
「三十回以上挑んで、ほとんど近づけてもいないもんね……」
隣でシルが何とも言えない表情を浮かべている。
「でもでも、さっきの『大地ノ穴土竜』を使った作戦はよかったよね?」
「ああ、【掘削】で穴を掘ってブレスを避けて、そのまま下から近づくって作戦な。……でも、結局飛んで逃げられたからなあ……」
一応、あの必殺のブレスを回避すること自体には成功している。
『大地ノ穴土竜』の【掘削】スキルで穴を掘って地面に潜ればいいのだ。
だが、そこから攻撃につなげることができていない。
なんとか剣が当たる間合いで近づけないと話にならないというのに。
「シル、近くに他の召喚スポットはないのか?」
「ないねー。もう取りつくしちゃったよ。何日もかけて移動すればあるけど……」
「その頃には竜の召喚スポットも消えてる、か」
召喚スポットは一定時間が経つと消滅してしまう。シルいわく、このサイズなら三日は大丈夫らしいが……今からの戦力増強は無理そうだ。
ということは、今ある手札でどうにかするしかないわけで。
「今の手持ちの中で、ロイが気づいてない能力があるかもしれないよ」
「……そうだな。少し試してみるか」
このまま挑んでいても埒が明かない。俺はとりあえずあまり使っていないスキルから試すことにした。
「【蔓操術】」
バシュッ! とツルが撃ちだされて、前方の木の枝に絡みついた。
このスキルはツルを射出して相手の動きを阻害するというものだ。ツルの強度は頑丈なロープほどもあり、長さも三十メートル近く伸びる。
これを使えば赤竜を飛ばせないことも……って、そんなことしたら俺ごと持ち上げられて終わりか。
ん? 待てよ?
「あ、ロイ、何か思いついた?」
「ああ、うまくいけば次で勝てるかもしれない!」
俺はシルに作戦を説明した。するとシルは目を輝かせる。
「いいね、それ! きっといけるよ!」
「よし、じゃあ行くぞ。――【我は汝との契約を望む】」
試練の間に入るための呪文を唱え、例のマグマに囲まれた空間へとやってくる。
『我を打ち倒してみせよ』
赤竜のお決まりの文句とともに戦闘が始まった。
▽
『グルアアアアアアアアアアアアアアッッ!』
炎のブレスが吐き出される。これを回避する手段は一つしかない。
「【掘削】!」
『大地ノ穴土竜』のスキルを使ってその場に穴を掘り、それを
そのまま穴を掘り赤竜の足元へ。
『グルッ……』
俺が近づくと、赤竜はすぐに気づいて空へと離脱する。
穴から出た瞬間に
――ここからだ!
「【蔓操術】!」
『グルウッ!?』
ツルを伸ばして赤竜の尾を捉える。当然赤竜の巨体を引きずり下ろせるわけもなく、俺はあっさり持ち上げられる。
振り回され、吐きそうなほど視界がぐちゃぐちゃになる。
「~~~~ッ!」
歯を食いしばってそれに耐え、一瞬の猶予を見つけて叫ぶ。
「縮め!」
俺が叫んだ直後、ツルは勢いよく縮んで俺の体を赤竜のもとまで運んだ。
【蔓操術】はツルを鞭のように操るスキルだが、ツルはかなり自由に動かせる。
伸ばすこともできるし、逆に縮めることもできる。
それによって俺はようやく、赤竜の巨躯へと到達する。
『グルアアアアアアアアアアッ!』
赤竜は体に張り付いた俺を振り落とそうと暴れる。俺はツルに加えて
さあ、仕上げだ。
「【召喚:『大地ノ穴土竜』『水ノ重亀』】」
召喚したのは俺の手持ちの中でも特に重量を持つ二体。
それを――赤竜の翼の真上に出現させる。
『!?!?!?』
赤竜は混乱したように暴れ狂う。
だが、二体の召喚獣は意地でも赤竜の翼から離れない。
『大地ノ穴土竜』は爪を立て、『水ノ重亀』は噛みついて抵抗する。
さすがの赤竜も翼にここまでの重石をつけられては飛び続けられない。
落下する。
『グガァッ……!』
赤竜が地面に叩きつけられ、動きを止める。
これで終わりだ!
「シル! 赤竜の弱点を教えろ!」
『うん! えっと……首の下!』
「了解!」
あらゆるものを探知するシルの指示を受け、俺は赤竜の弱点目がけて斬撃を放つ。
「うおおおおおおおおおおおおおっ!」
首の下にある一枚だけ逆向きに生えた鱗。
そこを的確に切り裂いた俺の一撃に、赤竜はびくりと体を震わせ――
『よくぞ試練を突破した。汝を我の主と認める』
脳内に声が響く。
『我が名は『煉獄ノ雌竜イオナ』。汝の呼び声あらば力を貸そう』
そして俺は難敵だった赤竜と契約することができたのだった。
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