第21話
話すことは沢山あった。小さな村や、溶けるほど暑いシャクネツ地方。海底にある王都に、真っ暗な森、そして見渡す限りの花畑。広大な敷地を持つアルカナ王国のことも。
当然、正体がバレないために、詳細はでっちあげた。
正直、話していて楽しかった。今まで、こうして話し合える相手が居なかったからかもしれない。皆んな真面目に聞いていてくれていると思っていたが、一人だけ、ぼーっと窓を見つめている生徒がいた。レンだ。あいつが他の誰かと一緒にいるところを見たことがない。レンは結構強いらしいけど、誰かと共闘はしなさそうだな。そんな気がする。
「ほらほら、早く座って。授業を始めますよ。」
白髪のおばあさんが、ゆっくりとした足取りで入ってきた。確か、次は文学だったな。
生徒達が一斉に席につく。教師は教壇に上がった
「うんしょ、どこまでやりましたっけ。」
「ヨーロン文字の五十二番までです!」
どこかから声が上がる。
ヨーロン文字って何だ? 漢字的な文字かな?
「そうでしたね。」と言うように、教師はゆっくりと黒板に文字を書いた。
『食べる』
と、大きく黒板に書かれた文字を見る。うん、『食べる』だな。まさかこれが分からない生徒がいるとは言わせないぞ。ここ、中学校だもんな。
「はい、これがわかる人。」
誰も、何の反応も示さない。嘘だろ。ここまで知らないのか? いや、意思疎通は取れたんだけどな。
「『食べる』です。」
仕方がないので俺が言う。おおっ、と声が上がった。んー?
「予習もバッチリですね。」
教師が文字の上に小さく、『食べる』と書く。ん? 待て待て。『食べる』が分からないのに、なんで上に『食べる』って書くんだ? なんかおかしいな。
目が霞んでいるのかと思い、よーく目を凝らすと、二つの単語はぐにゃりと歪み、それぞれ全く違う文字? のようなものに変化した。どーいうことだこれは。今まで言葉には困らなかったけど……。
「じゃあこれはどうですか?」
黒板に大きく『かぶら矢』と書かれる。再びの沈黙。
「流石にこれは……。」
「『かぶら矢』です。」
仕方なく答えると、教師は目を丸くしていた。再び目を凝らすと、全く違うものに変わる。
ははぁ、この世界の言葉が俺の知ってる言葉に翻訳されているような感じかな。道理で言葉に困らなかった訳だ。で、それぞれが違う言語でも自動的に翻訳してしまう……と。
めっちゃ便利じゃん。とりあえず文学は余裕だな。
授業が終わり、次の準備をしてぼーっとしていると、一枚の紙が黒板に張り出された。誰も居ないうちに見に行く。
『体育祭迫る!
各生徒は自分の参加種目を二つ以上決めること!
・個人戦
・団体戦
・水中旗取り
・
へー。四つのうちから二つ選ぶのか。種目が少ない気がするけど、なんかありそうだな。
授業が始まる。今回は読心学だ。担任の元気な教師が入ってくる。
「はい、今日は体育祭にでる種目を決めてもらいまーす!」
え、教科書いらないじゃん。
「私が切り出すのを忘れて、あと一週間なので、悩んでる暇はありません!」
何やってんの、この人。
「因みに、私も皆さんと同じ一年目なのでよくわかりません!」
やばすぎ。いや待って、こんな風に三段階でツッコませたのはお前が初めてだよ、おめでとう。
もうちょっと準備くらいしてこいよぉぉぉぉ!
俺の心の中の声なんて当然届かず、教師は小さな紙を配っていく。
『希望調査票。』
と、大きく書かれたその紙には、四つの種目と、チェック欄があった。
「とりあえずやりたい種目を二つ以上選んでください。」
二つ以上ね~、どうするかな。極論、全部やりたいんだよなぁ。もうやる機会ないだろうし……。いいや、全部チェックしてしまえ。
ペンですべての項目にチェックを入れる。
「じゃ、種目の紹介をしていきます。」
え、順番違くないか? 普通は紹介してからじゃね? 担任はカンペのようなものを見ながら説明を始める。
ざっとこんな感じだった。
個人戦
個人で戦う。枠の中から出たり、続行不能になったら負け。トーナメント形式。
団体戦
団体で戦う。個人戦のルールとほぼ同じだが、メンバーが全滅だけでなく、リーダーという、同じチームにしか分からない人が倒されたら負け。
水中旗取り
水中でやる団体戦。各グループに一つある旗を相手の陣地から自分の陣地まで運ぶと、相手は脱落。バトルロワイヤル形式。
流鏑馬
走る馬の上から的を射る。一人につき三回できる。一番ポイントが高ければ優勝。
なるほどね、全部興味あるな。まぁこのままでいいか。
「決まった人から持ってきてください。」
すぐに前に出しに行く。教卓に紙を置くと、担任がそれを取る。
「欲張りですね。ま、今年だけでしょ? 上手くやっとくから。」
こんなこと言われたらもう、感謝しかない。ありがとう、顔は憶えておくよ。
席に戻る。そういえば最近、目立った事件が起きていないなぁ。まぁ、平和だしいいんだけど。
窓から外を眺める。清々しい程の青空が、太陽を際立たせていた。
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