第92話 孤児院③

「この孤児院は、魔王、邪悪龍、冥王を信奉する邪教の輩! だから、法の保護なんてありゃーしねえ!! そして、穢れた地は消毒されるんですよ!!」


 借金取りの高笑いが孤児院、そしてスラム街に響き渡る。


「『邪教の輩』ってどういうこと?」


 アーシェが笑い終わった借金取りに尋ねる。


「この孤児院には『七柱の真なる王』たちの神像があるんですよ」


「『七柱の真なる王』たち……。それのどこが……。まさか!」


 アーシェはこの孤児院が神殿に問題視される理由を察した。

『七柱の真なる王』たちとは、


 ・神々・天界を統べる『神王』ゼウス

 ・海界を統べる『海王』ポセイドン

 ・魔族を統べる『魔王』リュツィフェール

 ・ドラゴン・竜人を統べる『龍王』

  --黄金龍アルハザードと邪悪龍ヴァデュグリィ--

 ・エルフ・妖精を統べる『妖精王』ニヴィアン

 ・冥界を統べる『冥王』ハデス


の世界の運営を担う七柱の神々をいう。


 ただし、魔王リュツィフェールと邪悪龍ヴァデュグリィについては、人間たちと敵対しているため、忌避される存在として扱われている。

 また、冥王ハデスについては、アーシェたちの担任である『冥王』とは別の存在であると人間たちの間で扱われているため、魔王と邪悪龍ほど忌避されてはいない。しかし、『冥王』は『冥王を僭称する魔族』とみなされており、冥王ハデスはこの魔族が冥王を僭称すること、200年前の『真魔大戦』の暴虐を放置したため、忌避する者が一部に存在する。


 このような事情から、人間たちが『真なる王』を祀る場合は、『神王』ゼウス、『海王』ポセイドン、黄金龍アルハザード、『妖精王』ニヴィアンの四柱の神々となるのが一般的で、魔王リュツィフェールと邪悪龍ヴァデュグリィを祀る者は『邪教の輩』という烙印を押されることになる。


--魔王リュツィフェールと邪悪龍ヴァデュグリィを祀る『邪教の輩』であることのみを理由とする迫害は王国法で禁止されているのに……。


 20年前の『神託戦争』を受け、アステリア王国ではアルバート王とマリアンヌ妃の主導で信仰を理由とした迫害は禁じられることとなった。

『神託戦争』は結果だけを見ると武具の製作に長けるドワーフ七支族の国々が『冥王』に服することになった戦争である。このようなことになった原因は、40年前の大戦、『混沌カオス戦争』の発端となった『無道戦役』においてドワーフ七支族の国の一つである黒土国シュパッツェブルクが他のドワーフの国々に滅ぼされたことにある。その理由は黒土国シュパッツェブルクの者たちが邪悪龍ヴァデュグリィを信仰していたことが主な原因だった。

 このとき、『冥王』は黒土国シュパッツェブルクの王子キールを保護、養育し亡国の再興に力を貸した。この再興に異を唱えるドワーフの国々が侵攻した際に『冥王』は王となったキールに更に力を貸した結果、キール王は他のドワーフの国々の覇者として君臨することなった。

 ドワーフ七支族の覇者となったキールが『冥王』を至上の神として崇めたことにより、ドワーフたちは『冥王』に服することになったのだった。

 これに対して、他の国々は黙っている事しかできなかった。神王ゼウスが各国に雷を放ち神託を下したからだ。

 --理は冥王とキール王に有り。故に攻めることは許さぬ--と。


 このようにドワーフ七支族の国々が『冥王』に服することになった原因を『信仰を理由とした迫害である』とみたアルバート王とマリアンヌ妃は『信仰のみを理由とした迫害こそが混乱を生む』として、かかる迫害を禁じたのだった。


 これに対して神殿は『魔王リュツィフェールと邪悪龍ヴァデュグリィを祀る者の存在を許容することはできない』と反発した。更に『冥王を僭称する魔族』でありながらドワーフ七支族の国々を手中に収め、かつ魔王軍の大幹部でもある『冥王』を、ここに至っても放置する『冥王ハデス』に対する反発心から、『冥王ハデス』を忌避する『四王派』が生まれ、この20年で台頭してきた。台頭する過程で手当たり次第に金策するようになり、同時に堕落していったのだった……。


 ◇◆◇

--口ぶりからすると、神殿の『四王派』……。この孤児院にあるという魔王、邪悪龍、冥王の神像を問題視している……。しかも借金取りの口ぶりと辺りから漂う油の臭い……。スラム街ごと孤児院を焼き払うつもり?


 アーシェは事の大きさにどうするべきか迷う。孤児院やスラム街が焼き払われ、目の前にいる孤児たちが奴隷となるのを見過ごしたくない。しかし、自分が神殿と事を構えることになると、Zクラスの友人たちやトゥール侯爵家で自分に良くしてくれた父の遺臣たちに迷惑をかけるかも知れない……。


「逃げな」


「これは俺らの問題だ。アンタらには関係ねえ」


「今なら、騎士たちも見逃してくれるよ」


 セタ、ディル、タークがアーシェたちに入り口を見ながら言う。


「あんたたちもだよ! セタ!」


 赤毛の孤児の少女が目に涙を溜めながら叫ぶ。


「そうです! ディルさん! これ以上は貴方たちが……」


 シスターと呼ばれていた少女も続いて叫ぶ。


「タークおにいちゃん……」


 小柄な少女が首を横に振りながらタークを見つめる。


「それはできない」


「中途半端なマネはしないって決めたんだ」


「そういう訳だから……ね」


 セタ、ディル、タークが孤児院の少女たちに微笑みかける。


 アーシェたち五人も視線を合わせる。


「そうですか、そうですか〜。嬢ちゃんたち、坊っちゃんたちは覚悟は決まったってことですか〜。なら、聖騎士の旦那がた! やっちゃって下せえ!」


 聖騎士たちが孤児院になだれ込み、アーシェたちはポケットから棒を取り出し、臨戦態勢に入る。


 そこに--


「お待ちなさい!」


 孤児院の屋根の上に紫の法衣を着た男と四体のスケルトンが現れたのだった……。

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