第87話 オカメ般若エクスプロージョン
ヘクトール学園グラウンド
アル・グローラの魔法の威力でグラウンドには広く大きな穴ができ、土砂が舞い上がる。舞い上がった土砂のせいで穴の様子は分からなかったが、数秒も経つとそれも落ち着き中の様子がわかるようになる。
「あ、あれは……『覇王の鎧』……」
穴の中央に立つNo.103レオンの頭上に浮かぶ赤みを帯びた紫色の鎧を見てアル・グローラは絶句する。この鎧まで冥王軍の手に落ちていたとは思いたくなかったからだ。
『覇王の鎧』とは、その名が示す通り魔大公“覇王”グランバーズの鎧である。『魔族最高の武人』と称されるグランバーズは、その有する魔力の全てを肉体強化に費やし、その武技は魔族随一と言われ、魔王ですら及ばないという。その反面、魔法には弱いとされ、その弱点を補うために魔王から下賜されたものが『覇王の鎧』と銘打たれた深紅の鎧だった。それをNo.103レオンは盾として星屑から身を守ったのだった--
--私が知る『覇王の鎧』と形状は同じ……。しかし色が……。
アル・グローラは『覇王の鎧』の色が変わっていることに疑問を抱く。アル・グローラが『覇王の鎧』を見たのは二度。冒険者時代に仲間のメディナ--魔族領から出奔した魔公女メディナリリー --がグランバーズの手の者に連れ去られたのを取り返すためにグランバーズと戦った時、メディナと目の前にいる生前のレオンの結婚式の祝いの品として届けられた時だった。
『こんなハデな鎧、着られないな』
鎧を受け取ったレオンはそう言って、オーヴェル男爵邸の奥にしまい込んだのをアル・グローラは覚えている。
「流石に今のはまずかった……。この鎧が無ければな」
「その鎧を持ち出すなんて……。そして、その色は……」
「冥王さまの祝福よ。『覇王の鎧』よ! 我が身を覆え!」
ガシャーン!
宙に浮かんでいた『覇王の鎧』が分解し、
ガシャ
ガシャ
ガシャ
No.103レオンに装着される。その姿からは魔王の魔力、冥府の瘴気、覇王の闘気が入り混じる。
「貴方、本気で私を……」
アル・グローラの目に驚きと怒りとも言えないような光が宿る。
「何を今更。私程度に倒されるようであれば、これからの戦い、何も守れず地に這うのみよ」
アル・グローラはNo.103レオンの言葉に違和感を覚える。
--冥王の配下となり、生前は纏うことが無かったその鎧を持ち出してまで私を殺そうとしているのに、妙な気遣いをするものね!
「魔王が動き出すというのかしら? それとも邪悪龍? 『真魔大戦』のように
『真魔大戦』とは、二百年前、魔王軍に邪悪龍と冥王が合流し、人類に多大な被害をもたらした大戦である。神王ゼウス、黄金龍アルハザード、そして古の大賢者アルネ・サクヌッセンムが終結のために力を貸したと伝えられている。
「『真魔大戦』の再現か……。既に世界はその段階を通り過ぎているのだ。『
--邪悪龍は開戦のきっかけの一つ……? それは『三王合意』のことを……? 妖精王、邪悪龍、冥王が語らったという『大賢者ゼニス回顧録』の秘匿部分の記述はやはり真実……。
『三王合意』とは、妖精王の居城、
「世界の在り方……? 冥王は何を企んでいる?」
アル・グローラはNo.103レオンに問う。冥王は『
「それについてはお前自身の目で見極めるのだな。だだ……、これだけは言っておこう。 我ら百三名、『その先』のため100年をかけ冥王さまの元に集ったのだ!」
--『その先』とは……。大賢者さまが言っておられた『災厄をもたらす者』との戦いのこと? まさか冥王がそれに加わるとでも言うのか?
「もう少し、具体的に話してもらえると助かるのだけど?」
「ふん。これでも、話し過ぎたわ。これ以上は剣で語るとしよう」
No.103レオンは右足を踏み出し、一足飛びに跳躍し突きを放つ。アル・グローラはNo.103レオンの右側に躱す。
--『星屑よ』!
アル・グローラは一粒の星屑をNo.103レオンの鎧に守られていない顔面に向けて召喚する。
No.103レオンは突きを横凪に変化させ首を狙う。
ガン!
アル・グローラが召喚した星屑はNo.103レオンの兜の面頬に。No.103レオンの横薙ぎはアル・グローラの首元に出現したオカメ面により弾かれ、横薙ぎを受けたことにより力を失ったオカメ面は地面に落ちる。
--いつ見ても面妖な物だな!
No.103レオンは心の中で吐き捨てる。オカメ面を彫るのはアル・グローラの昔からの趣味だが、それを実戦に耐えうる魔術へと昇華させたことは素直に称賛している。オカメ面による防御は一枚の面につき一度という事をNo.103レオンは長い付き合いで知っている。このため、魔術師らしからぬ接近戦はオカメ面が尽きるまでという事になる。
--ならば、面が尽きるまで攻撃あるのみよ!
No.103レオンとアル・グローラの戦いは接近戦となるのだった……。
◇◆◇
「何という戦いだ……」
ライナはNo.103レオンとアル・グローラの戦いを見て驚愕する。学園随一の実力と評価され、今、魔族との大戦が勃発したとしても活躍できると自負していたが、それが打ち砕かれてしまった。
「……私は手加減されていたのだな」
No.103レオンの剣はライナと戦っていた時よりも鋭い。また、No.103レオンはベルには奥義を出したが、自分には出さなかった。この事に思い至り、ライナにとって追い討ちになる。
「すごかったとしか思えなかったデュフが……」
ベルは先程のライナの戦いを見て、思ったことを口にする。ライナはNo.103レオンとアル・グローラの戦いを見つめながら口を開く。
「私はお前の方がすごいと思うがな」
「デュフ?」
「力量差で言えば私の圧勝だろう。にも関わらず、お前はあのスケルトンの斬撃から私を守り、奥義でさえ受けてみせた。お前の実力なら二度死んでいてもおかしくないはずだったのにな……」
--グラウンドで見たときはただの平民が見苦しくもがいているようにしか見えなかった。それが妙に癇に障り声をかけたことでこれが始まった……。
「私に同じことはできそうにない……。あの奥義を私は受けられそうにないからな……。お前を侮ったことを謝罪させてもらおう」
「いえ……、それには及ばないデュフ……」
ベルはそう返答するのが精一杯だった。
◇◆◇
ライナとベルが話している間もNo.103レオンとアル・グローラの戦いは続いている。
アル・グローラの魔法は『覇王の鎧』によって弾かれ、No.103レオンの剣はアル・グローラに躱され、またはオカメ面により弾かれる。
この攻防は永遠に続くかのように思われたが……。
ザッ……
No.103レオンの剣がアル・グローラの肩口を掠め、アル・グローラは後方に転移する。
「面が尽きたようだな! それでは終わりとしようか!」
No.103レオンがアル・グローラに止めの一撃を入れようとした瞬間、No.103レオンの足元が輝き出す。
--これは正八角形! 抜かった!
No.103レオンの攻撃を受けて地面に落ちたオカメ面が正八角形を形作り、結界が構築されたのだ。
◇◆◇
ヘクトール学園 学園長室
「宮廷魔術師長殿がアレを使わざるを得ない程とは……。『ノーライフ・ソルジャーズ』……侮れない連中のようですな。しかし、彼女がアレを使う以上、勝利は揺るがないでしょうな」
学園長室に集まった高位冒険者の一人、マゾフが断言する。
--確かにそう。古代龍ですら葬り去るローラ様の奥の手……。でも、この胸騒ぎは……。
「すみません! 私も加勢します!」
フィオナは『双龍剣』を携え、グラウンドに向かうのだった。
◇◆◇
ヘクトール学園グラウンド
アル・グローラが構築した結界は輝きを増す。その胸元に突き出された両手には右手にオカメ面、左手には般若面が現れ、その間に魔力が凝縮されていく。
--これはまずいな。ローラ必殺の……
「オカメ般若エクスプロージョン!」
超新星爆発を結界内に召喚するアル・グローラの秘術が炸裂……。
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