84,雷鳴轟く
「彼女は目覚めたばかりでまだ混乱しています。これ以上話を聞くのは無理でしょう」
「しかしのぉ……お嬢ちゃんはもう帰ってしまうんじゃろ? 今聞いておかんと国を跨いでのやりとりはややこしいじゃろう。
なんならドルネアートに連絡して、お嬢ちゃんの滞在期間を延ばしてもらおうと思ったくらいじゃ」
「それは不可能です。
彼女は来月開催される三国交流大会の選手として選抜されています。
双獣の戦士としての役割を果たすため、一日でも早く帰国せよとアーデルハイト王妃より連絡がありました」
初耳なんだが。
思わず一瞬涙が止まった。
「それに目的を聞いていれば真っ先に報告するでしょう。これ以上は心の傷を抉るだけです」
「む……それもそうじゃが……」
今のうちに、と庇われた広い背中に隠れて涙を拭った。
まだ終わっていない。
この流れに便乗して切り抜けなければ。
「取り乱してしまい申し訳ありません」
「いい、出てくるな」
「退いて」
レオナルドのことだって、まだ許していない。
少し前なら庇われたことに胸を高鳴らせていただろう。が、そのときめきはスッカリ陰に隠れてしまった。
元々レオナルドが座っていた席の隣では、フェリシスが憎々しげに目元をゆがませていた。
「(〝ご主人様〟とやらは、フェリシス様でもなかった)」
イライザ達と宮殿にやってきた日から、フェリシスがステラに敵意を抱いていたことはわかっていた。
だから「もしかしら?」くらいに思っていたのだが、それにしては事件に関する反応が薄すぎる。
余程演技に長けているのかと思ったが、ステラの軽い挑発にすぐ乗るくらいだ。とてもじゃないが女優には向いていない。
大きく息を吸い、吐き出す。
そして。
「ギレットという男とは面識もありませんし、目的も聞いておりません」
堂々と嘘をついた。
「そうじゃったか……」
ちょび髭をなで、ガザンは深く椅子に座り込む。
「無差別の犯行か……」
「こうなってくるとますます気を引き締めねば」
「観光業界にも関わってきますぞ」
再びざわめく審問の間。胸がチクリと痛んだのは、気のせいだ。
「だ、そうじゃ。他に聞きたいことがある者は?」
シーン……
さっきとは打って変わり、沈黙が広がる。
「ステラ、殴られたと報告があったけど、嫌なことも言われていないかい?」
「はい、大人しくしろ、と脅されて魔法封じの鎖で縛られただけです」
嫌なことって、どこからが嫌なことだろう。
言われすぎて境界線が曖昧だ。
「ヒルベルトよ、どうやらお嬢ちゃんが知っておるのはこれくらいのようじゃぞ」
「……」
「どうした、早く閉廷をせんか」
セレスタン王を見ることなく、ステラはスピカ像を見上げる。
「(嘘ついちゃった)」
これは証拠偽造罪になる。
警察官としてあるまじき行為。そして神聖な場での冒涜。
あの場にいたセレスタン王はしっかりとギレットから〝ご主人様〟というワードを聞いているし、ステラを奪うと宣言したのも聞いている。
目的なんてバレバレだ。
そこを掘り返すのは、セレスタン王のお心のままに、ということだ。
「……では、これにて閉廷する」
「(納得してないね)」
それくらいわかる。
ステラは扉が開くと同時に頭を下げると、ウメボシを抱え上げた。
「庇ってくれてありがとう。じゃあね」
「おい……!」
まだ、その顔を見る勇気は出ない。それにあまり長居すると不利になる。
「(ごめんなさい)」
最後に、スピカの像に心から謝罪を。
そのまま外にいるイライザに声をかけると、ステラさっさと宮殿の出口を目指した。
******
「お疲れ様でした。あまり中の様子は聞けませんでしたが、早く出てこられて安心しました」
「全くダ。こっちがハラハラしたゾ」
「だって私が知っていることは殆どありませんから」
側を歩くウメボシは黙りを決め込むようだ。
ステラは持ってもらった荷物を受け取ると、肩に担いだ。
「本当にいいのカ? 港まで送ろうカ」
「大丈夫ですよ。それにこういう時に魔法を使わないで、何が魔法使いですか」
「確かに軽くなっていたガ、道ハ? わかるのカ?」
「ゲパル、ステラ嬢が大丈夫と言っているんだ。ここまでにしよう」
雲行きが怪しい。
スン、と鼻を鳴らすと雨雲の匂いがした。早く船に向かった方が良いだろう。
「短い間でしたが、本当にありがとうございました! 向こうに着いたら手紙を書きますね!」
「待ってるゼ。滞在したのはそんなに日も無かったガ、濃い時間だったナ」
「半分の原因はお前だろう。
それよりステラ嬢、どうか私からお願いがあります」
イライザのツッコミに激しく同意。全くもってその通りだ。
しかし直ぐに続いたイライザの寂しそうな顔が、ステラの上下に動いていた頭を止めた。
「イライザさんからのお願いなら、法に触れるギリギリまで聞きます」
「よシ、俺の嫁になるよう言ってくレ」
「寝言は寝て言え。
この国で、楽しい思い出より辛い思い出の方が大きいのでは、と少し心配になりまして」
「あはは……」
まさしくその通りである。
しかも〆がスピカの像の前での審問ときた。
正直セレスタンの街並みが、記憶の中から薄れつつある。というか、母とこの街を歩いたのが遠い昔のようだ。
イライザに苦笑いを返すくらいしか出来なかった。
「折角の旅行がこのような形で終わってしまっては、セレスタンが楽しくない思い出に残ってしまうのかと思うと忍びないです。
だから、どうかまたこの国に遊びに来てくれませんか?」
「それは同感だナ。このまま嫌な印象のままセレスタンを去られるのは後味が悪イ」
「それは小生も思うぞ」
魔法で軽くなったはずの荷物が、ズシッと重くなった。犯人は一匹。
今まで黙っていたウメボシが、荷物の上に飛び乗ったのだ。
「まだ特産物を全て食べておらぬ! このままでは死んでも死にきれぬぞ!」
「相棒も言ってるゼ」
「本当に食い意地が張ってるなぁ……」
少しだけ、気持ちが晴れた気がする。
「必ずまた来ます。その時は、もっとこの国のことを教えてください」
「俺とも魂を賭けた決闘をしようゼ‼」
「それはしません」
「どうか道中にお気を付けて」
人はこれを往生際が悪いというのだ。
重たくなった荷物を抱え直し、見送られる中宮殿の門を潜ろうとしたときだった。
「待て‼」
いささか別れ話が過ぎた。
捕まらずこのまま帰国するつもりが、どうも叶いそうにない。
遠くで雷鳴が聞こえた。
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