83,遠い人 2


 まるで裁判だ。


 一歩、審問の間へ踏み込んだ感想だった。

 神聖な場所。厳かで、争い事を許さない空間なのだ。


 まず視界に入ったのが、女性の形をした大きな像。聖母のように慈愛に満ちた表情で、手を組んでいる。

 像のため瞳の色は残念ながらわからないが、髪の長い若い女性だということはわかる。

 あれがスピカだろう。


「病み上がりに呼び立ててすまない。怪我の具合はどうだね?」

「お気遣いいただきありがとうございます。国王陛下の計らいにてこの通り、全快いたしました」

「そうか、ならよかった」


 いつまでもスピカに釘付けではいけない。

 像から視線をスライドさせると、少々ひるんだ。


「では早速ですまないが、森で起こったことと、犯人が何を話したか。教えてくれるかね?」

「は、はい」


 ステラの想像ではほんの数人、いて十人程かと想像していた。

 しかし予想は大きく外れ、なんと三十人は軽く超えている。


 向かって正面に座るのはヒルおじさん、改めセレスタン王。

 後ろにはジーベックドとニーナが立っており、セレスタン王のサイドにはガザンとエドガーも鎮座している。


 そして周りを囲むように設置された席には、初めましての顔触れ。この人物達が大臣達だろう。


「(……あ)」


 レオナルドが座っている。それも隣にフェリシスまで。

 思わず舌打ちが出るところだった、危ない。


 何故、と一瞬考えたが、彼もまたその場に居た関係者。居てもおかしくない。フェリシスはおかしいが。


「君は被告じゃない、そう堅くならないでくれ」

「はい」


 ちょっと声がひっくり返った。

 ヒルおじさんを前にして、もっと心が乱れるかと思っていたがそれ以上に緊張が勝っている。

 何故ならこれでもかと言うほどの視線が、ステラに突き刺さったからだ。


「あれが噂の……」

「確かに色味は伝承通りですね」

「しかし未来は視えるのか?」

「はっはっは……それ以上先はお伽噺でしょう」


 さざめくような会話がステラの耳に転がり込んできた。

 責めているとかではなく、ステラの瞳の色に興味があるようだ。


「(そんなにスピカ様のこと、信仰しているんだ)」


 もう一度、スピカの像を見上げた。

 この世界と救ったとされる、最も尊い姫君。

 同じ眼を持っているだけで、ステラがもてはやされる理由は無い。


「(私はあなたじゃないのにね)」

「ではステラ・ウィンクル。君が犯人と接触する前から教えてくれるか?」

「はい」


 あくまでセレスタン王と被害者だ。個人的な感情を押し殺す場である。


 嘘偽り無きよう。


 スピカが見守る中、ステラの供述が始まった。




 ******




「なんと……」

「あの人形が人間の魂を移されたものだと⁉」

「ではここ数日で行方不明になっていた者達は……!」


 あまりにも惨い事実に、多くの大臣が動揺を露わにする。


「静粛にせんか。お嬢ちゃんや、では連日連れ去られている誘拐犯はそのギレットという男で間違いないんじゃな?」

「はい。自らそう言っていました」


 ギレットは幻術魔法を得意としていること、青い蛍は森の中へおびき寄せる幻術魔法だったこと。そして今回捕獲に成功した人形は、人間の魂を無理矢理引き剥がして造られた、悲しい存在だということ。

 赤いガラス玉を噛み砕くと腕が巨大化した話も忘れない。


「最悪の結果じゃな……。この調子じゃと、浚われた者が戻ってくる可能性は低いのう」

「ですがゼロではありませんぞ。

 ジーベックド、捜査部隊の編成を」

「は」


 低い響めきが広がる。


 足下のウメボシが、ステラの肩に上った。


「重っ」

「失敬な。……よいのか」

「なにが」

「ギレットの目的だ」


 咄嗟にマズルと掴んだ。


「むぐっ」

「しっ。黙ってて」


 その会話は反響する大臣や官僚達の声にかき消される。

 だがレオナルドとセレスタン王だけは、ステラを見つめたままだった。


「ギレットの魔法、青い蛍を近くで長時間目視していると意識が朦朧としてしまいます。

 遠くで見るとその効力は薄まるかと。私がこの国に着陸した当日、ブティック店員から目撃証言をもらっています」

「それは何処のブティックか覚えているかい?」

「領収書を取ってあります。後ほどお持ちいたします、エドガー皇太子」


 そう、ここにいる全員が案じているのは消えた国民。

 その国民を守るためだけの情報を渡せばいい。

 身を乗り出したエドガーに微笑んでみせた。


「幻術魔法か。ならばそれの特化した上で対策を練ろう。

 そしてギレットという男は、正式に国際指名手配犯として捜査されることとなった」


 賢明な判断だ。

 掴んだウメボシのマズルを離し、高座に座るセレスタン王を見上げた。


「ギレットを指名手配かけたが、その目的がわからんな。人形の他に捕らえたギレットの部下がいる。奴からもある程度のことは聞き出せるだろう」

「ではあとはその男を尋問にかけるしかあるまいな。

 お嬢ちゃん、まさかとは思うが目的なんて聞いておらんじゃろう? ギレットという男とも初対面じゃな?」


 再び数十人の視線が突き刺さった。


 しかし人間の視線より、スピカの像の方が気になった。


「(嘘偽り無く……)」


 同じ眼を持つスピカ様。あなたならどうしますか?


 ゆっくりと視線をセレスタン王に移す。

 彼はこの眼を知っている。そしてレオナルドと裏で繋がっているのであれば、オルガナビアの街でギレットと接触していることも伝わっているだろう。


「(私が目的だってことは、この眼があること前提の話。

 でも……)」


 ヒルおじさんだってこの眼を内緒にしているはずだ。

 しかしギレットが話したステラの両親が本当なら、外部に漏れている可能性だってある。

 ここで言うべき? 約束を破る? だってヒルおじさんだって、騙していたじゃないか。

 何が正しい? どうするのが迷惑をかけない?


「ステラ・ウィンクル。どうかしたのかね?」

「わ、私は……」


 苦しい。

 ヒルおじさんの問いかけが、自分を責めているみた。


 わからない。誰を信じたらいいのか、もうわからない。


 震える声で視界が滲み始めた時だった。


「もういい」


 視界が暗くなった。


「どういうつもりだね。


 レオナルド皇太子」


 愛おしい匂いに、ボロボロと涙が零れた。



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