81,恋敵 2
「ご多忙の御身かと存じます。私のような者に「そんな堅苦しい挨拶は不要ですわ」」
あーこわ。
椅子に座ったフォリシスに傅くも、一蹴されて終わった。
「あなたも座ったら?」
「いいえ、私はここで結構です」
座ったら熱々の紅茶が飛んできそうだ。
フェリシスの目は冷たい光を宿し、ステラを睨んでいる。冗談ではない、ガチで紅茶が飛んでくる。
「ではそのまま。
まずセレスタン王に対するあの態度はなんですか」
「あの態度とは」
「とぼけないでいただきたいわ。あなたが宮殿を走り去る前よ」
エドガーがセレスタン王を紹介しようとしてた時のことだろう。
ステラは目を細めた。
「挙げ句の果てには逃走を図り、セレスタン王だけでなくレオ様にまで迷惑をかけて。
そんな大怪我までして、余程かまって欲しいのかしら」
「返す言葉もございません」
実はセレスタン王が自分の父親代わりだったとか、レオナルドがそのことを知っていたとか。
フェリシスに話して何か変わるのか? 否、変わらない。
ならばここは迅速かつ穏便に終わらせるため、自分を殺してサンドバッグになるのだ。
「エドガー様にもずうずうしく師範だなんて。あのままゲパル様と結婚していた方がよかったのでは? 女としての幸せがあったのにもかかわらず、自分で潰してしまうなんて」
「ゲパル……様は素晴らしいお方です。私なんてとてもではありませんが、妻として務まりません」
「本人はその気に満ちていてよ。お似合いの二人と称えたら喜んでいたもの。それに魂を賭けた決闘だって、祝いの気持ちとして両国に連絡すると伝えたら飛び上がっていたわ」
なに勝手に外堀埋めてんだ。
目の前に居るのが王族で無ければ拳骨していたぞ。
一度深呼吸をし、怒りを空気の中に織り交ぜて吐き出した。
「お心遣いに感謝いたします。ですが先ほども申し上げたとおり、私は身を固めるにはあまりにも未熟です」
「そうやってのらりくらりして、レオ様を引っかけたのね」
これが本題か。
ステラは一層心を無にした。
「あなたが現れてからレオ様は可笑しくなったわ。アルローデン魔法学校を卒業した直後にわたくしとの婚約を解消したりして。
あなたにこの屈辱がわかる⁉」
「それは……」
当たり障りの無い回答が、見つからない。
ルカの帰国パーティーで教えてもらった「パーティーを乗り切るさしすせそ」は使えないし、下手なことを言って逆上させてもいけない。
そんなステラをよそに、フェリシスはヒートアップする。
「ルカ様が帰国された際に開かれたパーティーではっきりわかりましたわ。
レオ様はわたくしでなく、あなたを選んだのだと。その上王族から籍を抜くなんて、馬鹿げた話まで!」
あ、これは黙っておこう。
全て事実です、なんで言えば紅茶をかけられるどころじゃないぞ。
レオナルドの顔が頭に浮かんだが、直ぐに靄がかかる。
「(でも、レオナルドだってヒルおじさんの正体隠すのに片棒を担いでて……)」
王族から籍を抜いてまで一緒になりたいと言ってくれた彼の言葉がわからなくなってしまった。
信じたい気持ちとギレットの話が、心の中で色が混ざって汚くなった絵の具のように渦を巻く。
「あのパーティーの後、直ぐにあなたのことを調べさせてもらいましたわ。
あなた、父親がいなくって?」
心臓が口から転がり出るかと思った。
レオナルドのことより触れられたくない、一番デリケートな話題だ。
ステラの表情がこわばったことにも気付かず、フェリシスはツラツラと続ける。
「辺境な田舎地で母親と二人暮らし。生まれたときから父親はいないと公言済み。アルローデン魔法学校に入学後、アルローデン警察署へ入署。
絵に描いたような庶民だこと」
「おっしゃる通りです」
「あなたの父親……誰なのかしらね。それも認知されていないんですって?」
産毛が逆立った。
「あなたの母親、行きずりの男の子供を身籠もったんじゃなくて? ああ! そんな女の子供だからあなたもレオ様を誑かせたのね!」
「……さい……」
「それでかしら。エドガー様に媚びを売るのもお上手だったわ。もしかして母親が水商売でもしていたのかしら。だったらその男を悦ばせる才能を受け継いだのね」
「うるさいっ‼」
テーブルを叩き割らなかっただけ褒めて欲しい。
拳を握りしめたステラは、肩で息を繰り返しながらフェリシスを吊り上がった目で睨む。
「お母さんはそんな人じゃない‼ あんたに何がわかる⁉」
「いやですわ、そんな乱暴な言葉を使って」
ヒルおじさんの正体を母が知っていたとしても、ここまで育ててもらった大恩は覆らない。
知り合いも誰もいない土地で、子供を抱えて生きていくことを決めた。
それがどれだけ大変なことだったか、大人になって様々な人間を見てようやく少しわかってた。
そんな母を侮辱するなんて、絶対許さない。
「フェリシス様、あなたがここで私に何を言おうと現実は変わりませんよ」
もういい。
サンドバッグになるのは、スピード違反の箒を取り締まって八つ当たりしてくる市民だけで十分だ。
「レオナルドのことはレオナルドが決めたことです。私やあなたがとやかく言うことではありません。
彼が私のことをどう思っているか、聞いてはいないんですよね? なんならご自身で確かめてみては?
ああ、ついでに聞いてもらってもかまいませんけど、誑かしてなんかいませんから。私、誰とも付き合ったことありませんし、なんならあなたが想像している〝男を悦ばせる〟方法というのもフェリシス様の方がよくご存じかと思います」
きっと嫌な顔をしているんだろうな。
フェリシスの顔がだんだん赤く染まり、唇が震えている。
眼が熱くなった。
「馬鹿にしないでちょうだいッ‼」
バシャッ
とうとう紅茶がステラにぶっかかった。
「(温くなっててよかった)」
頬からしたたり落ちる紅茶を手の甲で拭った。
未来は視えていたが、ここで避けるのはなんとなく癪だった。
興奮した様子のフォリシスを、ステラはまっすぐ見つめる。
「このわたくしを侮辱するなんて、なんと烏滸がましい‼ 双獣の誓いが使えたところで、所詮あなたは庶民‼ レオ様と一緒になったところで捨てられるに決まっていますわ‼」
「失礼します。審問の間の準備が……ステラ嬢⁉」
「フェリシス様‼ いかがなさいましたか⁉」
「少し手が滑りましたわ」
嘘つけ高飛車女。
すれ違い際、二人の視線が絡み合った。女の闘争心剥き出しの目だ。
渾身のムカつく顔をしてやろうかと構えたが、イライザや護衛の手前引くべきか。
「大丈夫ですか⁉ 火傷は⁉」
「冷めていたから平気です」
「ではステラさん。くれぐれも体調に気をつけてくださいね」
「(厚化粧女め)」
先ほどまでの取り乱し様はなんだったのかと疑いたくなる。
変わり身の早さに、ステラは心の中で悪態を付いた。
「女の戦いとはよく言ったものよ……」
なお人の何倍も耳が良いウメボシは、部屋の隅で丸まっていた。
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