75,暖かな掌


 聞きたくない声第二弾だ。


 ステラは首を僅かに持ち上げて、ウメボシの上から人形を仰ぎ見る。

 〝何か〟が彼らの動きを制限している。まぁ考えなくてもわかるが。

 それもでギレットの命令に従ってステラ達を襲おうとしているのだろう、プルプルとそのボロボロの身体が震えている。


「その娘をそれ以上傷付けないでやってくれ」


 その後ろから現れたのはヒルおじさんだった。

 その頭上に浮かぶ塊を見て、さらに驚く。


「人形達が……!」

「まるで団子だな」


 重力魔法によって丸い塊になった人形があちらこちらに浮かんでいた。

 オゼンヴィルド家に現れた人形の数倍はいるだろう。それをものともせず捕らえてみえるのは、国王たる所以か。


 朝方見たシルクの服を靡かせ、一本の指でステラ達を襲おうとしていた人形達を抑え込んでいる。


 少し離れた場所でギレットの爪を受け止めたレオナルドは、自分の置かれた状況にも関わらず安堵の息をつく。


「よそ見、ヲするぅな!」

「チッ……力が増したか……! ウル!」

「ハッ!」


 金色の美しい猛獣の尻尾に、金色の炎が灯る。

 

「オーロ・ギュロス‼ (黄金の戒め)」


 未だかつてあんなに明るい炎を見たことが無い。

 ウルの尻尾から放たれた金色の炎はギレットに巻き付き、その動きを封じ込める。

 まるで罪人を取り締まるかのような炎は、やがてその異常なまでに膨れ上がった腕を包み込んだ。

 

「ぎゃあああぁぁああ‼」

「焼き尽くして差し上げますッ‼」


 とどめと言わんばかりに、ウルの口元へ金色の炎が集まる。


「ウルッ‼ 捕らえるだけだ‼」

「ですが‼」

「まだこいつには聞き出すことが山ほどある‼」


 レオナルドの剣に灯った炎が勢い良く燃えさかる。


 その輝きが、正気を失ったギレットの獰猛な眼に赤く映る。


「いつモお前がジャマすル……前もぉ……そウ……‼」

「フレイム・グラウス‼ (豪火の剣)」

「がぁぁああぁ‼」


 レオナルドが呪文を唱えるのと、ギレットが捕らえられた腕を振り下ろすのは同じタイミングだった。




「(レオナルドッ……‼)」


 いくら心を傷付けられたとはいえ、押される想い人から目を背けるほど生半可な気持ちじゃ無い。


「これ! 動くでない!」

「離して……!」


 行かなくては。

 こんなことに巻き込んだのは自分なのだ。関係無いレオナルドを巻き込むのは許されない。


 藻掻くステラを、ウメボシの尻尾が幾重にも重なって制す。


「ウメボシ。すまないがそのままステラを保護していてくれ」

「早いところ決着を付けてはくれぬか。このままだと小生の尻尾が噛みちぎられそうなのだ!」

「そこまで聞き分けの悪い……部分もあるなぁ」


 今まで好きだと思っていた温かい掌が、頭に置かれた。

 何度安心し、何度もっと撫でて欲しいと強請っただろうか。


 しかしギレットから聞いた話が頭を巡回し、唇をきつく噛む事しかできなかった。


「二人とも腹が空いただろう? 直ぐに帰ろうな」

「…………」

「心配するな、おじさんが今すぐあんな奴追い払ってやる!」


 安心させるための言葉が、ささくれた心を逆なでする。


 腕を振り回しながら横を通り過ぎる背中を、静かに睨んだ。




「さぁ、そこの君。レオナルド君から離れるんだ」

「ぐぅっ……ガァ‼」

「うぐぁッ‼」


 レオナルドが、押し負けた。


「レオナルド様‼」

「おっと。大丈夫か?」


 吹っ飛ばされたレオナルドを軽く受け止めたのはヒルおじさん。

 流石と言うべきか、決して華奢ではないレオナルドの体躯をいとも簡単に支えた。


 もちろん、レオナルドとしては不服だろう。


「……ありがとうございます」

「はっはっは。そんな悔しそうな顔をするな」


 声こそは穏やかだが、目は笑っていない。

 息を飲み、レオナルドは一歩その場から引いた。


 憤怒している。


 ウルがレオナルドの側に駆け寄った。


「ご無事で!」

「ああ」


 いけない、と本能が告げる。

 今この男の攻撃範囲に入ってはいけない。


 この男、というのはギレットではない。ヒルおじさんのことである。


 咄嗟にウルの前に腕を翳した。


「随分と変わった術を使うんだな。属性が見えないな」

「ロス……こ、ココこコろすぅ……‼」

「会話も出来なくなったか」


 不意に剣が揺れた。

 何事かと視線を落とすと、炎が震えている。


「レオナルド君、その炎を貰えないか?」

「ならば新しい物を」

「構わんよ、そこに残っている物でいい」


 その視線はレオナルドに向けられること無く、ギレットから離れない。

 素直に剣を上げると、僅かに残った燃えかすのような炎が迷い道すること無くヒルおじさんの掌に集まっていく。


「(なるほど)」


 吸収された炎は命を吹き返したように燃え上がる。

 今にもこの世から消えそうになっていた儚い光は、ヒルおじさんによって高く火柱を上げる。





「重力魔法特有の使い方だな」

「なんでヒルおじさんが炎を扱えるの? 一人が扱えるのは一つの種類の魔法だけじゃ?」

「お主の言うことはもっとも正しい。しかし相性によっては相乗効果でその魔法を取り込むことも出来るのだ。

 例えばあの炎」


 ウメボシの沢山なる尻尾の内、一本がヒルおじさんの持つ炎を示す。


「消えかけた炎に重力で操った酸素を取り込むことで、より大きな炎を燃やすことが出来る。風魔法も同様の芸当を出来るだろうが、二酸化炭素より比重の思い酸素を効率よくかき集めることが出来る重力の方が……」

「うっ……痛い……」

「あばらか? 頭か?」

「あばらだわ。酸素が二酸化炭素より重たいことくらい知ってるよ」


 レオナルドに負けないために、散々学生時代に炎と重力の関係について勉強したのだから。 それを重力魔法に実践しようとまでは思いつかなかった、そこはヒルおじさんが一枚も二枚も上手なのは当然なのだが。


「ウメボシ‼ ステラは⁉」

「レオナルドか、存外ピンピンしておるわ」

「いつもの意固地だろう! 鎖を解くぞ!」

「あいたたたた!」


 今までずっと肩を可笑しな方向に曲げて固定していたのだ。それを急に動かそうとしたのだから関節が悲鳴を上げ、連動してあばらも貫くような痛みを訴えてくる。

 珍しい気弱な声に、レオナルドの手が止まった。


「クソッ……! やはり専用の器具が必要か……」

「む。ヒル殿が動いたな」


 痛みで歪んだ顔を、ウメボシの背中から上げた。


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