69,続く裏切り
「ギレット様、馬車の準備ができましたぜ」
「あらん、思ったより早かったわね」
助かったと、胸を撫で下ろすべきなのだろうか。
振り降ろされる直前だったレイピアの動きが止まった。
オネエさんの奥にある扉から、低い男の声が聞こえる。
「取り込み中でしたかね?」
「ちょっとねん。薬嗅がせて体力を落としたつもりだったんだけど、まだ余裕がありそうだったからサ。一本足をちょん切ってやろうと思ったのよ」
「ははん……」
仲間がいたのか。
向こうに人数が増えれば増えるほど、こちらは不利になる。
そんな中で一つ分かったことは、このオネエさん。どうやらギレットという名前らしい。
彼……彼女? の後ろから現れた顔を見ると、ステラは牙を剥いた。
「お前はっ‼」
「本当にあの時の警察官だ」
薄気味の悪い微笑を浮かべた男が、ネチネチとした視線でステラを見下ろしていた。
その顔は忘れたくても忘れられない。セレスタンに来る直前に、ドルネアートで捕まえた筈の強盗犯だった。
「そっか、あんた顔割れてるんだっけ」
「思ったより接近しちまいまして」
「あーぁ……あんたも目くりぬかれるんじゃない?」
「勘弁してくだせぇ、情報漏らさずこうやって必死こいて逃げてきたんでさ」
強盗犯はステラの前にしゃがみ込むと、まじまじとその顔を眺める。
鎖さえなければ、思う存分拳を振るっていたというのに。
ほどけないとわかっていながら、乱暴に鎖を震った。
「なんであんたがここに⁉ ドルネアート王国騎士団から逃亡して行方不明になったって……‼
ただの泥棒じゃなかったの⁉」
「国外にいるのにもう情報が入ったのか。流石仕事熱心な公務員様なことだ」
嫌味がたっぷりと込められた物言いに、また煽られる。
頼むから三発殴らせて欲しい。
リタを怖がらせ、己を辱めようとした落とし前はまだ付けていないのだから。
ギレットが擦り寄るように、強盗犯の肩に手を滑らせる。
「この子、良い働きをしてくれるのよぉ。自慢の部下なの。
ほら、私とあんたってあの燈月草の時くらいしか話したことないじゃなぁい? もうちょっと確かな情報が欲しいと思っていたのよね!
だからこの子達をあんたの近くで泳がせて、チョコッと観察させてもらったってワケ」
「じゃあ私と接触するのに随分と時間がかかったんじゃないですか? パトロールする道はランダムですからね」
「ええ? そんなことないわよぉ。私がこの子を派遣したのはあの日が初めてヨ」
ゾッとステラの背筋が冷たくなった。
「事前に情報が入ってきていたわよぉ。あの日の昼下がり、アルローデン商社の前をパトロール予定ってね。
だからこの子達を忍び込ませたんだから!」
「情報って、さっき言ってた裏切り者から……⁉」
「さぁねぇ。案外近くにいるんじゃないの?
私に、あんたは泳げないって情報を寄越したのと同じ内通者が」
一度悪いことが起こると引き寄せられるように悪いことが続く。負のカルマ、というやつか。それはこの世に存在する一つの法則。
一体何時になったらこの悪夢は終わるのだろうか。
顔を背けたかったが、強盗犯がソレを許さない。
顎を掴まれ、強制的に顔を上へあげられた。
「お前のお陰でドルネアート王国騎士団には随分と苦汁を舐めさせられた。ギレット様が助けてくださらなければ、俺達は一生をあそこで終えるところだった」
「私の可愛い部下にそんな辛い思いさせるわけないじゃなぁい!」
「カハッ‼」
お姉さんの尖ったブーツの爪先がステラの腹に食い込んだ。
まるでタバコの火を消すかのように、グリグリとヒールが埋まっていく。
「聞いたけど、ずいぶんと可愛がってくれたみたいね。けど単細胞で助かったわぁ! ちょっと目の前でオトモダチを虐めただけで、双獣の戦士だって呆気なく尻尾を出したんだもの。
おかげで魔法封じの鎖をこーんなに用意出来たわ。
転んでもただで起きない。優秀な部下で鼻が高いわぁ‼」
「(そういうことか……)」
この用意周到な鎖は、こいつらのせい。
強盗の時に使われた鎖とは比べられないほどの高品質な材質。ウメボシがこの場にいたとして、相殺できるかどうかすら怪しい。
「ほら、さっさと足を切っちゃって」
「ギレット様、待ってください」
止めたのは意外な人物だった。
とうとうかと覚悟を決めた矢先、再びレイピアが止まる。
「五体満足でなくていいんですかい?」
「別に構わないわよ。ご主人様は生きていたらいいって言っていたんだもの。足が無くなろうが腕が無くなろうが、知ったこっちゃないわ。要はこの眼があればいいのよん」
「ってことは。犯してもいいんですかい?」
「国境を越えたらこっちのもんよ。何、こんな小娘に興味があるわけぇ?」
「身体は割と良かったんですよ。血まみれの女を抱くのは萎えるんで、見逃してもらえませんかね?」
「やだ獣ォ‼」
胸糞悪いことに、ステラの意思云々よりも強盗犯の性欲が優先されたことで足は救われたのだ。
「ま、ご褒美はあげないとね。感謝しなさいよ、小娘」
まるで奴隷だ。
壁にかかった鎖を外され、言われるがままに外に出る。
魔法が使えないステラは、ただの一般人と同じだ。
小屋の外に止まっていたのは、小さな馬車だった。
周りには蒼い蛍が飛び、何処か不気味だ。
御者の席で、もう一人の強盗犯が座ってステラを見下ろしている。
「ざまぁねぇな。あの時一発ヤらしてくれたら、少しは丁寧に扱ってやったのによ!」
「んまー揃いも揃って‼ こんな乳臭いガキの何処がいいワケェ⁉」
地獄のような会話だ。
長いこと床に座っていたせいで痛む足を、ボロボロの馬車にかけた。
すると背中をどつかれ、狭い車内に押し込められる。
「もっと奥に詰めなさいよォ‼」
「(香水くさ……)」
ここにウメボシがいなくてよかったと、場違いな考えが浮かぶのは絶望からか。
ステラが一番奥の席に座ると、ギレットはふんぞり返って手鏡で化粧が崩れていないかチェックする。
「あんたたちィ。準備出来たのぉ?」
「へェ! 撤収できました!」
「じゃあサッサととんずらこくわよん。セレスタンの奴らに見つかったら大変!」
「そんな焦らなくても、誰も追いかけてきませんよ」
自傷的に鼻で笑ったのはステラだ。
眼に浮かぶ星に影が落ち、いつもの煌めきはくすんで濁っている。
「この国の人間でも何でも無い旅行客が一人帰って来ないだけで、誰も心配しませんよ。自分を探す旅を謳歌する自由な女、として処理されて終わりです」
無慈悲に閉まる扉を、ステラはなんの感情もなく見つめる。
「そう? よくわかんないけど、セレスタン王って慈悲深いんでしょ? 実の娘が帰って来なかったら心配して追いかけて来そうなもんだけどねぇ」
「……は?」
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