68,形の無い魂


 それは、二度と見たくない魔法陣だった。

 けれども嫌というほど目に焼き付いた魔法陣。

 忘れたくても忘れられない光景だ。


 言葉を失うステラの前で、〝彼〟はゆっくりと地面から現れた。


「そいつッ……⁉」

「私の可愛い人形ちゃんよ。 あんたは……もちろん知ってるわね?」


 知っているところではない。 

 乱雑に縫われ、色違いの布でつぎはぎに作られた顔。

 人間という形を模しているのか、申し訳程度につけられた二つのボタンは取れかかった目のよう。

 ところどころほつれた腕や肩は、中から虫が湧いている。


 見間違えるものか。

 こいつらはオゼンヴィルド家に侵入した人形だ。


「なんでその人形がここに⁉ まさかあの襲撃の犯人はあんただったの⁉」

「イッエース! あの時はオゼンヴィルド家の婆さんを餌に捕らえて、勘当された娘をおびき寄せてからあんたを芋づる式に引きずり出そうとしたのよ。

 時間がかかると思っていたからビックリしちゃったわ! 辿り着くまでに意外なところであんたが転がり込んできたから、その時ばっかりはラッキーだと思ってたのよ。

 お陰で作戦が短縮されたんだからね」

「私が転がり込んだって、」

「そうそう。いきなり最終目的まですっ飛んだから嬉しい誤算だったわぁ。

 まさしく飛んでいる火になんとやら、ってね」


 つまり直接的な狙いはオゼンヴィルド家でもその娘でもなかった。

 目的は自分だった?


 まだ靄掛かる頭を、必死に動かす。


「どういうこと? なんで私が目的?」

「そんなこと教えるわけないじゃなーい!」


 やはりそこは教えてくれないのか。

 動かない腕に魔力を込め、ようやく気が付いた。


「(嘘っ……魔力封じの鎖⁉)」


 しかもこんな大量に。

 貴重な魔力封じの鎖は華奢な物なら何度も見かけたし、なんなら強盗犯に掛けられたこともある。

 こんな太い鎖、余程の人間じゃないと手に入れられないだろう。


 冷や汗を垂らすステラを他所に、オネエさんの隣に人形が音もなく擦り寄る。


「帰、レるぅ?」

「は? あぁ、帰れるわよぉ。だからいい子に私の言うこと聞きなさい」

「わかッタぁ……」 


 会話している。

 片言の言葉で、僅かな単語ではあるが確かに二人の間で意思疎通が成立している。


 息を殺してそのやりとりを見守っていると、そんな様子のステラに気が付いたオネエさんがニタリと笑ってみせた。

 その狂気じみた顔に悪寒を覚える。


「私の自慢の人形ちゃん、可愛いだけじゃなくて賢いでショ?



 当然よね。だって人間だったんだもの」


 何度もオネエさんの言葉が頭をリフレインするが、なかなか言葉が落ちてこない。

 元は人間……いやいや、どう見ても無機物だ。


 オネエさんは小馬鹿にしたように、ステラを鼻で笑い飛ばした。


「呆れた、あんたほんとに頭の回転が遅いのねー。情報通りの脳筋!」

「殴った感触は確かに人形だった! どう見ても血が通っていないし、関節だって人にしてはおかしな方向に曲がっていた‼」

「殴った? 野蛮ねぇ‼

 言った通り、この子は人間よ。



 〝元〟ね」


 ますます意味がわからない。

 人形が持つレイピアが、月明かりを受けて不気味に青白く光る。


「これは私とご主人様が編み出した魔法をかけてある人形なのよん。

 生きた人間の身体から魂を引き剥がして、この人間に憑依させるのよ。それもすっごい手間かかるんだからぁ!


 痛いのかなんなのか知らないけど、魂を取り出すときに暴れるわ叫ぶわで大変!

 そこから魂をすり潰しーの分散しないように魔法をかけーの……。色々加工して、ようやくこの人形に擦り込まるのよん」


 この人は何を言っているのだろう。


 生きた人の魂を引き剥がす……そんな非現実的なことが出来るのだろうか。


「その、魂が引き抜かれた人は……?」

「ただの肉塊に用はないでしょ。さっさと燃やすか豚の餌ね」


 胃袋が捩じれるような感覚に陥る。


 なんと非人道的。

 吐き気がせり上がってきて、口の中が酸っぱくなる。

 きつく巻かれた鎖が、肉に食い込む痛みすら忘れてしまう。


「最初は〝ハミダシモノ〟を使ってたんだけど、実験に使い過ぎて頭数が少なくなっちゃったのよ。

 あ、私、幻術魔法が得意なのね。それでここいらにいた頭のおめでたいセレスタンの人間達を蛍に似せた幻覚魔法で誘ってここに連れてきていたってわけ!」

「誘拐事件まであんたが企てていたのか‼」

「そんな怖い顔しないでよお。ちょっと実験に協力してもらっていただけじゃなあい」

「人の命をなんだと思っているっ‼」




 バキッ!




 目から火花が出るところだった。


 数秒遅れて、ステラの頬に強烈な痛みが走る。


「うぐっ……!」

「さっきからキャンキャンはうるさいわねぇ。


 ほら、さっさと足を切り落としておしまい」

「ハいぃ……」


 ゆらゆらとレイピアが掲げられて、狙いが放り出された脚に定まる。

 鎖のせいで一歩も動けず、何も抵抗が出来ない。


「ちょうどいいわ。あんたのせいで私の美しい顔に傷が入ったんだもの。ご主人様からのお仕置きは嬉しいのよ? だから恨みは全てあんたに向けることにしたの。

 これでおあいこにしましょ」

「(こんのド変態め……)」


 なんて口に出したら、恐らく眼も持っていかれる。


 絶対に悲鳴なんて上げてやるものか、と唇を噛み締めた時だった。


 複数の足音が外から聞こえ、不気味な音を立てながら扉が開いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る