64,後悔しないと決めたから
「レオナルド君! 待ってくれ!」
「離してください‼」
「今ステラに追いつくと骨の一本や二本じゃ済まないぞ‼」
「そんな事言っている場合じゃないでしょう‼」
掴まれた腕を振り払った。
国王に対する態度に、フェリシスが口元を手で押さえ息を飲む。
「俺はこの先からずっとあいつと一緒に生きていくつもりです。
そのためにも、あの時犯した裏切りを今すぐ正さなければならない!」
「まだダメだ。その時期じゃない!」
「そう言って傷付けたままにしておくんですか⁉」
レオナルドの怒声に、言葉を失ったのはヒルおじさんだった。
ステラの傷ついた顔が、はっきりと瞼の裏に残っている。
レオナルドの言うことが正しいと、わかっているのだ。
「ようやく俺は、あいつの隣に立てると思った……」
本当は、昨日の想いを告げる前に謝らなければいけなかったのに。
レオナルドに後悔の念が押し寄せるが、後の祭りだ。
「ステラが傷付いたのは、紛れもない俺達二人のせいです」
「それは違う! あの子の傷の理由を君が背負う必要はないんだ!」
「セレスタン王、あなた一人のせいにするつもりはありません。
それに、ステラ自信も俺に対する不信感を抱いたでしょう。時間が経てば経つほど、理由を説明するのが難しくなる」
そう言い捨てて走り去るレオナルドを、ヒルおじさんは眺めることしか出来ない。
「説明するのは難しくなる……か……」
バレてしまった以上、隠すことは出来ない。
ステラが成人すれば全てを話すつもりだった。
遠かれ早かれ、ステラを傷付ける未来は間逃れなかった。
このことはステラが生まれたときから、ラナ達と何回も話し合って決めたこと。
その未来が、少し縮まっただけだ。
イグニスが肩で頭を項垂れた。
「申し訳ありません。私が昨日ステラに目撃されたようで……」
「かまわん、いずれわかったことだ。
それより今から忙しくなる。このことをラナと……。
……アーデルハイト王妃に連絡を頼む」
「承知しました」
元気を無くしたのは、ほんの一瞬だった。
主からの命を受けたイグニスは、生命の炎を宿す翼を広げる。
相棒が今から目指すのは、ここから遙か遠くにあるドルネアートの辺境。
さぁ、ラナからどんなお叱りが待っているだろうか。
小さくなっていくイグニスを見送ると、か細い声が下から聞こえてきた。
「セレスタン王、申し訳ございません……。我が国の皇子までもが、あのような……!」
「フェリシス嬢、先ほども申し上げた通り、あなたが何も気に病む事は無い。
ただ一つ。どうか私の願いを聞き入れてくれるなら、この一連の出来事は他言無用を願いたい」
「セレスタン王のお望みのままに」
あまりにも都合の良い願いだ。
どうせすぐに尾ひれを生やした噂が泳ぎ回るだろう。
肝心なのは〝誰が〟この噂を口にしたか、だ。
公爵家であるフェリシスが一言でも口を添えれば、噂は強力な力を持つ。
せめて微弱な噂で済ませるための、付け焼き刃だ。
「ジーベックド、悪いがフェリシス嬢の護衛を頼めないか」
「は……しかし……」
「俺は野暮用ができた。出来る限り早く戻ってくる」
「承知いたしました」
この異様な空気に、ジーベックドもノーとは言えなかった。
さて。
「(どう説明しようか)」
王国騎士団がヒルおじさんに道を譲って、宮殿への出入り口への通路を開ける。
だが肝心の門の前には、自分と同じ赤髪を持つ一人の青年が立っていた。
己の息子、エドガーだ。
亡き前王妃によく似た、自分とはあまり似ていない顔立ち。
唯一似ているとすれば、髪の色と琥珀色の瞳だろう。その瞳が、真っ直ぐ自分を貫いている。
「そこを通してくれるか」
「もちろんです」
誰も言葉を発しない、静かな宮殿前。
すれ違い様に、ヒルおじさんの耳に小さな音が入った。
「……僕は覚えています。ステラが生まれた頃、一度会っている」
「そうか……そうだよな……」
ステラが生まれて間もない頃、一度だけラナとステラを宮殿に連れてきたことがあった。
伝説のスピカの眼を持った娘が生まれたと、ご先祖様とガザンに報告するためだ。
もちろん、内密に育てると言うことも報告していた。
二人を村に帰そうとした時だった。
幼いエドガーが駆け寄ってきたのを今でもはっきり覚えている。
幼い息子に見せた、生まれたばかりの小さな命。
新緑の中に宿った蒼い星に、彼もまた感動していた。
本来であれば一緒に育てるべきだったのに、引き離したのは自分なのだ。
ヒルおじさん、否、セレスタン王はグッと眉間に皺を寄せた。
「ステラとレオナルド君を連れ戻す。宮殿は任せたぞ」
「承知致しました」
今日という日が、顎にアッパーカットをくらう日なのだろうか。
せめてナックル無しでお願いしたいものだ。
ケツアゴにならないことを祈りながら、ステラとレオナルドの走り去った方角へ足を進めるのだった。
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