63,ひび入るは信頼
「ヒルおじさん……だよね? なんでそんな格好してるの?」
「ステラ……」
今確実に自分の名前を呼んだ。というか、ステラがヒルおじさんを見間違えるはずがない。
身に着けている調度品や髪型こそ見慣れないが、その顔や声、仕草は間違いなくステラの知るヒルおじさんそのままだった。
彼の前に、一匹のパピヨンレターが飛んできた。
それは、ついステラがヒルおじさんにと飛ばしたばかりのパピヨンレターだった。
レオナルドの顔色がサッと変わり、口を開閉をするがステラの視界には入っていなかった。
「や……。
やだなぁ! どんなドッキリ⁉」
何とも言えない空気の中、一番に声を出したのはステラだった。
いつもの通りの明るく、故郷でヒルおじさんと喋るときのトーンと全く同じ声だった。
「なにその格好……レオナルド達まで巻き込んでさぁ……」
覚束ない足取りで、一歩ヒルおじさんに近づく。
足が震えているのは、ただ驚いたからだ。
「この国に来ていたんなら連絡ちょうだいよー。お母さん、もう帰っちゃったよ」
今自分はうまく笑えているだろうか。
震える唇で思いつく限りの世間話を練り出すも、内容が頭の中に残らない。
「昨日の夜、イグニスが飛んでるのが見えたからさぁ……」
「止まれ」
ゆっくりと近づくステラの前に、長く太い槍がクロスする。
護衛の王国騎士団だ。
動揺は苛立ちに変わり、行く手を阻む槍を荒く掴んだ。
「これ、退かしてください」
「これ以上国王に近づく事は許さん」
「国王って」
誰のこと?
言葉が詰まった。
その先は、聞いてはいけないような気がした。
一度口を閉ざし、意を決してその答えを求めようとした。
しかし、後ろから肩を掴まれてバランスを崩す。
「あっ!」
「ステラ、いくらなんでも不敬だ」
その犯人はジーベックドだった。
ステラが背後を捉えられる事は滅多にない。
それほど動揺しているのだ。
ヒルおじさんの後から飛び出してきたレオナルドが、尻もちをついたステラを助け起こす。
「セレスタン王、申し訳ございません」
定まらない視界の端で、ヒアシンスブルーが揺れた。
この声はフェリシスだ。
「どうか我が国の浅学な娘お許しください! このお詫びはわたくしが……!」
「フェリシス嬢、私は何も気に留めていないよ。
ただ……」
耳が痛い。
うまく息ができない。
「(うそだ……)」
のろのろと顔上げると、ヒルおじさんと目が合った。
その琥珀色の目には、強い罪悪感と動揺が手に取るようにわかった。
手元にあった雑草を、強く握る。
「ステラ、一旦部屋に戻ろう」
レオナルドの声が、ぼんやりと聞こえた気がした。
肩に触れる熱い熱は、彼のものだろう。
『おじさんはいつだってステラのことが大好きだし、どんな時も味方だ!
困った時や疲れた時はいつでも連絡してくるんだぞ、いつでも助けに行くからな!』
『初めて会ったときから、その強い瞳に惹かれていた。
今の俺が星に願うことはただ一つ。
立場や積み上げてきた物を擲ってでも、ステラの隣が欲しい』
奥歯を噛み締めた。
自分を愛していると、好きだと言った二人。
曇り無き愛を示してくれた彼らが、手を組んで自分を欺いていたのか?
そうだ、考えてみれば彼らがオルガナビアの街で出会った時から態度が可笑しかったじゃないか。
じゃあ母は?
あの人もこのことをずっと黙っていたのか?
皆が皆、自分を退け者にしていたのか。
……あまりにも、惨めだ。
「待て‼ ステラ‼」
怒り、悲しみ、憎しみ。
黒い感情で自分が塗りつぶされていく。
目の前がぼやけるステラは、振り返ることなく王宮から走り去った。
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