62,燃える翼が止まった先は
なんだか、ちょっと気まずい。
ふわふわな子犬を抱きかかえ、ステラはベンチに腰掛ける。
隣に座っているジーベックドの膝にはウサギのちょこんと座っており、軽くパラダイスである。
「ステラは今日は何処に?」
「えっと、スピカ様のことを調べに行こうと思っていました」
「あぁ……そういえばゲパルがそんな事を言っていたな。
そういうことなら、一度国王に謁見してみてはどうだろうか」
「国王様に、ですか」
結局一度も会うことが叶わなかった、セレスタン国民の憧れの的。
幾度と無く接触を図ろうと試みたのだが、うまくタイミングが合わず挫折したのだ。
今日までその御尊顔を知らずに、宮殿に滞在させてもらっていた。そろそろ礼の一つも伝えたいというものだ。
「国王様に謁見したら何かヒント貰えるんですか?」
「お前が知りたがっていることかどうかはわからないが、セレスタンの王族が所持している森からクロノスの木へ続く道がある。我が国はその森の管理を任されてな。
そこへ行けば何かを感じ取れるのではないか」
「クロノスの木へ……⁉」
露骨にスピカと関係があるじゃないか。教えてもらえるならぜひとも教えてもらいたい。
しかし……。
ステラは頭を捻った。
「王族が管理するような土地に、一般人の私が入れてもらえるものなんでしょうか」
「前国王のガザン様に認められたんだ、可能性は無きにしも非ずだろう」
ジーベックドの肩に止まっていた青い鳥が飛んだ。
何にも囚われない自由な羽ばたきを、ステラは目を細めて見上げる。
「(行ってみる価値はある、のかな)」
「今から丁度外出される時間だ。ついてこい」
「え、ちょっと‼」
話が前向きに転がっていく事はありがたいが、当の本人を置いていくのはどうかと思う。
ステラは子犬達の頭を撫でると、風を切って歩くジーベックドの後ろを小走りに追いかけた。
「待ってください! まだ心の準備が出来ていないです‼」
「そんな恐れなくても大丈夫だ。国王様はお優しい。一度会えばお前も国王の人の良さに惚れるだろう」
「それは知っていますけど!」
ゲパルやイライザから聞いた情報を、一つ一つ取り出してみる。
「えっと、慈悲深くて凄く強くて……子供好きでよく街の子供達と遊んでいて、たまに王国騎士団の方達と拳を交えられる、と教えて貰いました」
「そうだ、俺もたまに指南を受ける。
武術にも長け、誰もが着いていきたいと思えるような方だ。
その血を継いでおられるエドガー様も、最近では片鱗が見られるようになってきた」
「さっすが師範!」
聞けば聞くほど、セレスタン国王の印象が身近なものになってゆく。
その人柄を熱く語るジーベックドの顔は、以前聞かされたイライザとゲパルに似たものがある。
本当に心から敬愛しているのだと、異国から来たばかりのステラにも良く分かった。
「国民のことを第一に考え、必要とあらば自らの足でその地に赴き策を考える。俺も、よく目をかけていただいた。
……だからこそ、早く心労から解放されて欲しいものだ」
ジーベックドが、その薄い唇を噛み締めた。
「なにかあったんですか?」
「蛍の件は聞いているだろう」
「あ……」
毎夜毎夜蛍が出てきて、国民を浚っていくという事件のことか。
折角和やかに話が流れるようになってきたが、また居心地が悪くなって視線を落とした。
「イライザさんから聞いています。
そのせいで夜になると国民は、特に森の方に外に出てはいけないと」
「その通りだ。
蛍はセレスタンの名物でもあり、国王達も愛しておられる国の財産の一部。
一日でも早く解決しなければならないのだが、中々手口が掴めず難航している」
「私にも何かお手伝いできれば良いのですが……」
「その気持ちは嬉しい。ぜひ国王にも伝えてやってくれ」
ほんの少しだけ、ジーベックドの口元が緩んだ。
空気が重くなったところで、宮殿の入り口が見えてきた。
そこに佇む人物に、ステラは足を止める。
「エドガー師範……?」
「国王の見送りに来たのだろう……おい!」
ステラが手すりに飛び乗った。
エドガーの姿が見えただけながら、廊下を走っていけばいいことだろう。
だが、別の理由がステラの足を突き動かしたのだ。
慌てて声を荒らげるジーベックドぼ制止も空しく、ステラは生い茂る木を伝って最短ルートでエドガーの元に辿り着いた。
「あれ? どうしたの?」
「し、しはん……」
寝起きの体に急激な運動は良くない。
心臓がポンプのように、ドクンドクンと五月蠅い。
「木を伝ってきたの? 頭に葉っぱが着いてるよ」
「葉っぱ、は、よくて……」
整わない息が煩わしい。
少し震える手で、エドガーの腕を指差した。
「……その鳥、イグニスじゃないですか……?」
「え、知ってるの?」
ステラが急いだ理由。
それはエドガーの腕に止まった燃え盛る一匹の鳥だった。
「ステラ……」
「イグニス! やっぱりイグニスだ‼」
疑いは確信へ。
というより、こんな不思議な鳥、この世に一匹しか居ないだろう。
やはり昨日の夜に見た炎はイグニスだったのだ。
ステラが腕を伸ばすと、イグニスは翼はためかせステラの腕に移った。
「なんで師範と一緒にいるの?」
「それは……」
「あっ! もしかしてヒルおじさんと仕事でこの近くに来てるとか⁉ だったら会いたいんだけど、今どこにいるの?」
「ステラ……」
矢継ぎ早に繰り出される質問に、イグニスがたじろぐ。
その期待に満ちた瞳が眩しく、イグニスの黒い瞳に反射する。
「ちょっと待って」
そんな二人の間に待ったを掛けたのが、エドガーだ。
「イグニスのことを知ってるの?」
「はい! この子は私の父親代わりの人の使い魔で……」
ステラが言い終わらないうちに、イグニスが空へ舞い上がった。
その姿は実に優美で、こんな状況で無ければ賞賛を送っていただろう。
しかし、今離れられるのは困る。
「待って!」
欲しい答えがすぐそこにあるのに、このチャンスを逃すわけにいかないのだ。
ステラが追いかけようとすると、イグニスは思いのほかすぐそこ止まった。
「感激ですわ。まさかセレスタン王自ら街を案内していただけるだなんて」
「こちらこそ身に余る光栄だ。フェリシス嬢には、是非とも我が国の良さをドルネアートに持ち帰っていただきたい」
「この数日間で見て回りましたが、それでもやはり国王からの言葉が一番重みがあるというもの。有意義な時間になりそうですわ」
宮殿の方から聞こえる、華やかな声。
止まってくれたのはいい。だが、問題はその止まった先だ。
現れたのは、ヒヤシンスブルーのドレスに身を包んだフェリシスだ。その後ろには表情のないレオナルドが、数名の王国騎士団と共に現れる。
燃える翼が止まったのは、彼らでは無い。
フェリシスの横でにこやかに話す、一人の男の肩だった。
赤いベストには金の刺繍、練り絹のサルエルは豪華さと共に機能性も備わっているようだ。
首元や腕には、富裕層のみが手に入れることの出来る豪奢な装飾品。
男の赤い髪は綺麗に後ろに流されており、一目で位の高い人間だということがわかる。
その明るみに出た顔を見て、ステラの世界は音を失った。
「ヒルおじさん……?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます