60,初めて触れた
あの頃に自分が今の自分を見たらどう思うだろうか。
星空の下で数年前と同じように眼を輝かせるステラを、レオナルドは懐かしそうに噴水から眺める。
「一個ぐらい流れ星流れないかなー」
「流れた何を願う?」
「えー? 今はお腹いっぱいだしなぁ」
浮かび上がる願いを指折り数えて、思いつくがまま音にする。
「お母さんをまた旅行に連れて行ってあげたい、ヒルおじさんとガッツリキャンプしたい、ハイジ先生とお茶しながら一日中話したい、リタ達とクロノス・カーニバルに行きたい、ヴォルとアルローデン中のグルメを制覇したい、エドガー師範にもっと特訓付けて貰いたい、イライザさんやニーナさんと戦ってみたい、もっと警察として活躍したい」
「お前はいつでも願い事があるな」
「私は欲張りだから」
本当の願いは、口に出さないけれど。
ステラはレオナルドを振り返った。
「今回はどう? レオナルドは願い事、ある?」
「ある」
昔は迷いなく願い事を無いと言い切った。
だが今回は違う。
ステラは僅かに目を見開いた。
「昔の俺は、何も無かった」
吹かれた赤い髪が、視界を疎らに染める。
自由に舞う髪を軽く撫で付けた。
「そんなことないよ、レオナルドはいつも頑張ってる」
「そう言ってくれるが、本当につまならい人間だった。特別辛い過去も無ければ、輝かしい栄光も無い。
けど、今は違う」
まるでこの世界に二人っきりみたいだと、錯覚してしまいそうなほど静かだ。
僅かに早まる胸の鼓動が心地よい。
ステラは一歩ずつ、確実にレオナルドへ近づく。
「幼い頃から誰よりも第二皇子という立場に囚われてきた。
兄上のサポート役として、何処かの公爵家婚姻を交わして王国騎士団に入団する。そうやって中身の無い自分であり続けることに、俺自身が呪いをかけていたんだ。
だからステラと出会った時は衝撃だった」
「型破りだった?」
「それもある」
まるで繊細なガラス細工に触れるように、ステラの頬に手を伸ばした。
「空虚な世界に現れたお前は、鮮烈だった。
夢があって真っ直ぐで、そのための努力を惜しまない。
気高くて眩しくて、烏滸がましくも羨ましいと思い手が届かないと感じていた」
「買いかぶりすぎだって……」
「本当のことだ」
見下ろしていたのに、いつの間にか立場が逆転している。
立ち上がったレオナルドの髪が、ステラの頬を擽った。
出会ったばかりは殆ど身長も変わらなかったのに。
薄々変化に気付いていたけれど、置いて行かれるようで口に出すのが怖かった。
「初めて会ったときから、その強い瞳に惹かれていた。
今の俺が星に願うことはただ一つ。
立場や積み上げてきた物を擲ってでも、ステラの隣が欲しい」
しっとりとした感触が、ステラの唇を覆った。
「……星は俺の願いを聞き入れてくれると思うか?」
「星に聞いてみなよ……」
「だから聞いているだろう」
「星違いです」
中毒性のある幸福感に身体が満たされ、溶けてしまいそう。
こんな甘くて脳の奥までヒリつくような気持ちは初めてだった。
このままでは離れられなくなってしまう。
そうなる前にレオナルドから離れようとしたが、許されはしなかった。
「じゃあ、ステラ。俺はまだお前からの返事を貰えないのか?」
「私……」
離れた唇が寂しいだとか、恥ずかしくて離れたい矛盾だとか。
あらゆる方向から一貫性の無い感情が襲いかかってくる。
「私、も……」
普段の強気なステラからは考えられない、頼りなく尻窄みになっていく言葉。
至近距離に居るレオナルドにすら、耳を澄まさなければ聞き漏らすだろう。
「(ここで言ってしまえば、きっとこの幸せが続く)」
出す予定の無かった、心の奥底に仕舞い込んだ願いが顔を覗かせる。
隣にいたい、と一言言ってしまえば済む話だろう。
だがもう一人の自分が、その願いを封じ込めた。
「……ごめん、まだ返事は待って欲しい」
「理由は?」
「私、自分が何者かわかっていない」
レオナルドの胸を押し返した。
「私のために王族から籍を抜いてくれるって言ってくれたの、本当に嬉しかった。
だからこそ、私もちゃんと自分のルーツを調べたいって思った。
知らないお父さんのことを調べて、この眼と向き合わなきゃって。
本当にスピカの眼かどうかわからない。けど、この国ならなにかヒントがあるかもしれない」
スルリ。
緩んだ腕から擦り抜けるのは簡単だった。
ステラは踊るように、中庭の階段を駆け上がる。
「ドルネアートに帰ったら、きっと言うから」
「ステラ、」
引き留めようとする声を振り切った。
自分勝手な我が儘だとわかっている。
成人して父親を周りから教えて貰っても、結局死ぬまでこの眼と付き合っていくのはステラ。
いつか扱い方を考えていかなければならない。
ならば欲しいもののために、今から探すしか無いのだ。
「ハァ……ハァ……」
中庭から寄宿舎まで、結構ある距離を走ってきた。
レオナルドが追いかけて来る気配は無かったが、気恥ずかしさから少しでも早く逃げたいという気持ちがあったのだ。
息を整え、胸を撫で下ろす。
「はぁ……。
…………? なんだろ……」
早くイライザの部屋に戻って寝てしまおう。
そう考えた矢先だった。
窓の外に、赤く燃える〝何か〟が飛んでいた。
「――イグニス?」
ここに居るはずのないヒルおじさんの使い魔に見えたのは、きっと疲れたからだ。
試しに目を擦り、次に瞼を開けるとその炎は居なくなっていた。
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