47,相見えるまで 1
「…………え、私何やってんの?」
セレスタン宮殿の一角。ステラは一人で頭を傾げていた。
何故か豪華な客室で、白いドレスに身を包み薄化粧を施されている。
思い出してみよう、朝一に何があったのか?
あれはイライザの部屋で起こったことだ。
「ステラ嬢、今日はどちらへ?」
「今日は整体の先生のところに行こうかなと思ってます」
「整体? と言うと、どこか体の調子が悪いのですか?」
「最近ちょっと肩が凝って……」
わざとらしく肩を回して見せた。
常に身体を動かし、ストレッチを欠かさないステラが肩凝りなど、あり得ない。
昨日、ガザンに施してもらったツボと言うものを教わりに行きたいだけだ。
昨日の件以来、身体が軽くて仕方がない
もしを教えてもらえるなら、是非ともそのツボを教えていただき、国に持ち帰りたいのだ。
定期的に自分でも施せば、あるいはクロノス・カーニバルに向けて少しでも改善できるのではないか。
ガザンに教えを請おうと思ったが、どうも一カ所に留まるのを好まないらしく捕まらない。
ならば専門職に聞けば良いという結論に至ったのだ。
イライザは少し慌ただしく、鎧を着用しながらステラの話に耳を傾けていた。
「イライザさんは今日も忙しそうですね」
「そうなんです。昨日ゲパルが厄介なことを言い出したようで」
「その節はどうも……」
ゲパルという名前が出て、急に肩身が狭い思いになる。
昨日は地面を叩き割り、お説教から逃げてクラーケン退治。外灯をへし折ったことは不問とされたが、真っ白な道路をイカスミで汚したという失態の連鎖。
真っ黒けになったステラを見たカルバンの顔は、白亜の壁と同化しそうな程白かったという。
「クラーケンを倒した功績は大きいですよ。国王も大層お喜びになっていました。地面裂傷や道路清掃は大目に見るとおっしゃっていました。
そんなに気にしなくて大丈夫ですよ」
「国王様、太っ腹……‼」
公式的なお許しほど効果が大きい物はない。
それに今回は自己犠牲をしていないし、レオナルドから怒られることもない。
これ以上騒ぎを立てないと胸に誓っていると、鏡越しにイライザと目が合った。
その顔は、王国騎士団隊長としての顔だ。
「折角お許しが出たのだから、ゲパルも大人しくしていればよかったんですが……」
「それなんですけど、私ずっとゲパルさんと一緒にいましたよ? 特に何かやらかしたとか無かったんですけど……」
やらかし過ぎて感覚が狂っている、というべきだ。
「どこでのタイミングか私もわからないんですが、どうも何処かの女性に求婚したらしいです」
「球根」
「いえ、植物ではなく婚姻関係の方です」
違った。
人様の色恋沙汰に首を突っ込むのはよろしくないと、痛いほど学んできたがどうも腑に落ちない。
ステラは顎に手を当てて頭を捻った。
「思い出す限り、朝からずっと隣にいたんですけど……そんな素振り一切無かったですよ」
「ですよね。朝一で求婚したか……あのイカスミ事件の後というのは考えにくいですから」
「あれ落とすの、すっごい大変でした」
専用の洗剤を借りて、ヘチマで身体の隅々までこすって。
お陰で全身まっ赤っかになってしまった。
「まぁ詳しくは聞きませんが……。
しかもその女性も求婚を受けたらしいんです。それで今から準備があって、宮殿内は大騒ぎなんです」
「もう式を挙げるんですか⁉」
「式じゃ無くて……ああ、これもドルネアートにない文化ですね。
もしよろしければステラ嬢も見学に来てください。場所は……」
「あ」
思い出した。
場所を地図に書き起こそうとするイライザは、ステラの間抜け声に手を止めた。
「どうしましたか?」
「私、今日ゲパルさんと約束していたんですよ」
そうだそうだ、なんか魂を賭けた決闘? 約束していたのをすっかり忘れていた。
イライザは困惑したように、持っていた羽ペンを机に戻した。
「今日ですか?」
「はい、昨日クラーケンを倒した後に戦ってくれーって言われて……そこからイカスミ被ってなぁなぁになっていたんですけど」
「ステラ嬢、それはもしかして、」
約束を持ちかけたのは向こうだというのに、すっぽかしたのだろうか。
というステラも忘れて、整体を探しに行こうとしてたのだが。
頭の中で一日のスケジュールを組み直していると、ドアがノックされた。
「はい」
部屋の主であるイライザが開けると、そこには意外な人物が。
「おはようございます!」
「あ、ああ、おはよう」
宮殿の使用人達だ。
この寄宿舎にも使用人はいるが、この服は宮殿仕えの使用人が着る服だと教えられている。
そしてなぜだろう、ものすごくニコニコ顔である。
「さぁさぁ! 今日はめでたき日。早速準備に取り掛かりましょう‼」
「ほ?」
使用人は呆気に取られているイライザを押し退け、中でお菓子をつまもうとしていたステラの腕をガッチリホールドした。
ステラは訳も分からず、掴み損ねた焼き菓子は籠から転がってクロスを汚す。
「待て! ステラ嬢を何処に連れて行くつもりだ⁉」
「まぁまぁイライザ様! あなた様も隊長として準備がありますでしょう!」
あのイライザが押されている。
悪意が一切見えないが故、イライザも強く出られないのだろう。
「私も準備に行くが、何故ステラ嬢を連れて行く必要がある⁉」
「さぁ、頭の先から足の先までツルピカにして差し上げますわ!」
「腕が鳴りますね!」
「まぁほんとに素敵な瞳ですこと!」
「イライザさーん‼」
聞いちゃいねぇ。
誰一人イライザの質問に答えることなく、さっさとステラを部屋の外に連れ出した。
ステラもステラで、丸腰の一般人に拳を振るうわけにもいかず連れていかれるがまま。
この国に来てから強制連行された回数は何回になっただろうか。
頭の遠くでどうでもいいことを考えながら、半ば諦めて歩くのだった。
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